おばけ公園の桜の木
「幽霊は絶対にいる!」
タケルはムキになって叫んでいた。
「どこに?」
「だーかーらー! おばけ公園の隅に桜の木があるだろ。そこに女の幽霊が出るんだって!」
「あーうん、それで?」
「春休み、張り込もうぜ! ヒマだろ? ホントに幽霊が出るか確かめよう!」
卒業式を近日に控えた教室は、賑やかだった。
そんななか、タケルは必死に友達を誘っていた。
「それって夜だろ? 僕はムリだよ。親にバレたら怒られる」
「うちもダメ、アパートだから抜け出そうとしても絶対見つかっちゃう」
「えー、ノリ悪いなあ」
「ノリとかじゃなくてさ。タケル。俺たちもう中学生になるんだぜ。ガキみたいなことはやめよう」
「なんだよ! みんなして! 俺たち、少年探偵団だって言ってたろ?」
「ははは、いつの話だよそれ」
その日の帰り道、タケルは肩を落として歩いていた。
「なんだよ、アイツら。ノリわりーな」
ついこないだまでは、馴染みのメンバーでしょっちゅう遊んでいたが、最近では集まりが悪い。
私立の中学に行くからって遊ばなくなった奴もいる。
なんだかみんなに置いていかれるような、自分は全く成長してないんじゃないかと、タケルはそんな不安を日々感じていた。
「はあ、みんな幽霊見たくねえのかよ」
おばけ公園にある桜の木の下に、夜になると出るという髪の長い女の幽霊のウワサ。
ちょうど桜が咲き始める頃に出ると言われている。だが、実際に見たという話を聞くことはほとんど無い。
幽霊が出る公園だから『おばけ公園』。子供たちの間で、10年ほど前からそう呼ばれていた。
タケルは、帰り道にちょうどおばけ公園に差し掛かり、問題の桜の木の下まで来てみた。
桜のツボミはぷっくらと膨らみ、今にも咲きそうになっている。
「ちょうど今が狙い目なのになあ」
小学校卒業後の春休みは長い。ようするにタケルはヒマなのだ。
「よし、決めた! 一人でもやってやる。今夜から張り込みだ!」
タケルはそう決心すると家に帰り、父親のデジカメをこっそりと拝借した。
「見てろよアイツら、中学に上がったら心霊写真を突きつけて、参加しなかったことを後悔させてやる!」
タケルは幽霊とのツーショットを撮ることを目標にして、夜を待った。
夜10時になり、こっそりと家を抜け出したタケルは、デジカメを握り一人でおばけ公園に向かった。
一時間ほど桜の木の下で時間を潰したが、おばけどころか猫一匹出なかった。
「まあ、こんなこともある。まだ一日目だし、明日があるさ」
しかし次の日も、幽霊は出なかった。桜の花もまだ咲いてなかったし、寒かったので10分ほどで家に帰った。
「何やってんだろ俺……」
三日目、幽霊探しに既に飽きてしまったタケルは、今日で張り込みは最後にしようと決めて公園へ向かった。
桜の木の下に到着すると、桜の花がポツポツと咲き初めているのがわかった。
「はあ、出るわけねえか。帰ろ」
そう思って後ろを振り返ると、そこに一人の子供が立っていた。
「うわ! ビックリした! えっ! 誰?」
その男の子はタケルと目が合うとニッコリと微笑んだ。
その子はツバサと名乗った。
ここで何をしてるのか聞かれたので「幽霊を探してる。クラスの誰も信じやしないけど俺は信じてるんだ」とタケルは言った。
ツバサは、おもしろそうなことをしてるね、と言って、話に乗ってくれた。それからツバサとはいろいろな話をした。
聞くとツバサは五年生らしい。あまり学区内で見たことない子だったが学年が違うとそんなもんだ。
一時間ほど話したあと、タケルは「また明日も会おうな」と言って別れた。
ツバサも、うん、また会おう、と言ってくれた。
次の日もツバサは来た。
タケルは好きなアニメの話をした。少年探偵団に憧れていることを話すとツバサは自分もそういうのが好きだと言ってくれた。
二人はとても気が合い仲良くなった。
桜の木は五分咲きほどになり、もうすぐ満開を迎えようとしていた。
次の日も、その次の日もツバサと会って話をした。
お互いの家族のことも話した。ツバサには姉がいること。タケルは一人っ子で、ツバサみたいな兄弟が欲しかったことを話すとツバサは喜んでいた。
ツバサに会ってから一週間が経ち、その日、桜の木は満開を迎えていた。
ツバサは、タケルが中学生になることをとても羨ましがっていた。タケルは、そんなツバサに対して、「ずっと子供のままでいたいよ」と愚痴をこぼしていた。
別れ際、「また明日な!」と言うとツバサは返事をしなかった。
次の日の晩、桜の木の下で待っていてもツバサはいつもの時間に来なかった。
ツバサが昨日返事をしなかったことを思い出して、なんとなくもう来ないんじゃないかと思った。
その時、後ろに人の気配を感じて振り返った。
「ツバサか? 遅いぞ!」
そう言って振り返ると、そこには髪の長い女が一人、立っていた。
「うわああぁ! でたああぁ!」
「きゃあ!」
ビックリして大声をだすと、その女性もビックリしていた。
「えっ、君、今ツバサって言わなかった?」
「えっ? あれ? お姉さんおばけじゃないの?」
「ふふ、落ち着いて。私はおばけじゃないわ」
「そうなんだ。ついに幽霊が出たのかと思ったのに」
「君、ツバサって子を知ってるの?」
「ツバサは友達だよ。ここで知り合って毎日会ってるんだ。今日は来てないけど」
女性は「そっか」と呟いて、しばらく黙った後、
「ツバサと仲良くしてくれてありがとう」
そう言って、涙を流した。
その女性は、ツバサのお姉さんだった。どうやらツバサは10年前に交通事故で亡くなっていたらしい。
お姉さんからツバサの話を聞いて、本当に驚いた。タケルがツバサの話をするとお姉さんも驚いていた。
ツバサはこの桜の木が大好きでよく木の周りで遊んでいたようだ。
お姉さんは毎年桜の開花時期になると、一人でこの公園の桜の木を訪れては、ツバサの事を思い出していたらしい。
なるほど、その姿を幽霊と見間違えられていたわけだ。
今年はツバサが亡くなってから、10年の節目とあって、そろそろ訪れるのを辞めようと思っていたらしい。
しかし、どうしても来たくなり今夜が最後と決めて来たそうだ。
お姉さんの話を聞きながら、タケルは桜の木を見上げていた。
そこには鮮やかなピンク色の桜の花が咲きほこっていた。
4月になり、中学校に入学したタケルは結局誰にもこの事を話さなかった。
それから毎年桜の季節になると、おばけ公園の桜の木を見に訪れている。
あれから、女の幽霊のウワサも無くなったみたいだ。
おばけ公園という呼ばれ方も徐々にされなくなるだろう。
ツバサと遊んだ時間はほんの僅かだったが、タケルは彼との思い出を一生忘れないだろう。
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