第2話
第四居住区へと到着し、緊急車両から降りた討伐班の眼前には、狼を模した漆黒の魔獣の群れが街を闊歩する光景が広がっていた。
幸いにして第四居住区とは名ばかり居住区。魔導研究所の他は強度不足で打ち捨てられた『元住居』ばかりであり、人的被害はほとんどないと予測されるものの。
「おいおい……15体って話じゃなかったのかよ……」
眼前に彷徨くは50体にも及ぶであろう狼の群れ。青木オペレーターと3人の『魔力適合者』とのブリーフィングは現地に向かう車両の中で討伐班とも共有されている。当初の魔力反応の大きさと動きから、魔獣は統率個体含め15体と予想されていたのだが。
『申し訳ありません。ひと固まりで行動する魔獣を別カウントできていなかったようです。まさか魔獣が3体1組で行動するなんて……』
青木から無線通信が入る。彼女の言う通り、魔獣達は3体が1個の塊となって行動しているように見えた。
「全くコナマイキな魔獣どもだ。人間サマの真似してスリーマンセルってか」
「はんちょー。奴ら『マン』じゃないっすよ。犬っすから」
「うるせえぞ佐藤。じゃあなんだ、『スリーワンセル』とでも言やいいのか」
「うわ出た班長の親父ギャグ。つまんないからやめたほうがいいですよ」
軽口を叩きながらも、彼らには一切の油断が見られない。冷静に、魔獣の数を効率よく減らす道筋を立てていく。通常個体を一体でも多く足止めして、あわよくば撃破する。彼らは己の役割を良く理解していた。
「よし、作戦開始だ。俺たちの役割は陽動だ。カートリッジを起動して通常個体を引き寄せる。その間に統率個体を魔法少女たちがやっつけてくれる」
『新堂班長、こちら魔導班幸田りんねです。あと3分ほどで統率個体の直上に到着できると思われます』
「了解!いいタイミングだ。よーし討伐班!魔法少女たちが到着早々敵に囲まれちまわないように、よく引き付けるんだ!赤坂、佐藤、富山は左方に展開、久田、根元、山田は右方。残りは俺と一緒に中央で待機!よし散れ!」
応、との返事のあとに、討伐班の面々は作戦行動を開始する。それぞれの配置に向かいながら、彼らは背負ったカートリッジを起動した。
ぶうん、と低い音を立ててカートリッジが起動し、魔力供給が開始される。彼らが身に纏う黒ずくめだったボディアーマーに、彼らが持つ武器のように紫に発光する線が走る。
すると、魔獣にも動きがあった。これまで討伐班など全く眼中にも無いかのように、ただ辺りを嗅ぎまわるのみであった狼が、一斉に討伐班へと顔を向ける。
魔獣は魔力に反応する。魔力を持つものは彼らにとって「餌」か「敵」であり、いずれにせよ彼らが注意を払うに値する対象であった。
狼がぐるる、と低く唸る。それが開戦の合図であった。
「魔導砲撃、開始!先手必勝だ!」
討伐班班長の新堂の合図に合わせ、ずどん、と腹の底に響く音を立てて、彼らが持つ大口径の銃から紫色の光弾が放たれる。
「撃てるだけ撃て!出し惜しみはナシだ!」
ズドドズドドドド!ドドドド!
10の銃口から無数に放たれる光弾が、不意を打たれた狼の群れに襲い掛かる。果敢にも討伐班に襲い掛かろうと飛び上がった狼の腹に光弾が突き刺さり、狼はそのまま吹き飛んでいった。吐血のごとく黒い靄を吐きながら吹き飛び、地面に墜ちる。普通の生物ならしばらくは立ち上がれないような衝撃を受けたはずであるが、それでも魔獣達は立ち上がる。
「グルルル……」
「ちくしょう、やっぱ一斉掃射くらいじゃ死んでくれねえか」
それならそれでよし、と新堂は考える。討伐班の役割は陽動、足止めであるのだから、狼共の注意を十分に引き付けている以上、十分に目的を果たしている。
「さあ陽動作戦だ!いいかお前ら!死んでも魔法少女たちの方にこいつらを行かすんじゃねえぞ!」
魔法少女達3人を乗せたヘリは、魔導研究所上空に到着していた。
「青木さん、こちら幸田です。作戦区域上空に到着しました。現在の戦況は?」
『現在、討伐班が陽動作戦を実行し、通常個体と交戦中です。通常個体はだいぶ散開しているようです』
「いいね、統率個体を相手しながらの複数相手は私達も難しいからね」
『その統率個体ですが……やはり、魔導研究所の方に侵入しようとしているようです。現在単体で行動しており、出現地点からほぼ一直線に研究所へ向かっています』
「こっちの討伐班が陽動なら、あっちの通常個体も陽動ってことか。人間サマみたいな生意気なマネをするもんだね」
「あかりん、新堂さんのがうつってるよ」
「おっと……」
『あかりさん、りんねさん、ますみさん。貴女たちには統率個体の予測進路上に降下してもらいます。行けますか?』
「はい、いつでも大丈夫です」
『あと30秒ほどで目標地点です。降下準備を』
「「「はい」」」
降下準備、と言ってもやることはほとんどない。魔法少女は自ら魔力を生成し行使することができるので、討伐班のような武器を持つことはない。そして、『着装』によって身に着けた衣装は彼らのボディアーマーの強度を遥かに上回る。
「毎回思うんだけどさぁ、ヘリから生身で飛び降りるのってヤバいよね!はたから見たら自殺志願者じゃない?」
「それで適当に着地しても捻挫すらしないんだから、私達もなかなかのバケモノだよね」
「ほら、まーちゃんもあかりんも駄弁ってないで!降りるよ!」
開け放たれたヘリの扉から3人の少女たちは飛び降りる。ヘリはそのまま、回頭して詰所の方へと戻っていく。
「さーて、どうやら統率個体のお出ましのようだねえ」
あかりの間の抜けた呟きに呼応するかのように、彼女たちの前に小山ほどの大きさもある狼が出現する。通常個体と同じ漆黒の姿ではあるが、彼の魔力が黒い靄となって彼の身体を覆っている。眼だけが爛々と赤く輝いており、より禍々しいものとなっていた。
「サクッとやっちゃうよ!『ウインドカッター』!」
ますみの得意とする、風属性の魔法が放たれ、目に見えない真空の刃が狼に襲い掛かる。通常個体であれば、数体まとめて両断していたであろうそれは、統率個体に対してはその表皮に薄く傷をつけるに留まる。
「うっそー……結構な魔力込めてたんだけど」
「それ、『ファイアバレット』5連撃!」
間髪入れずにあかりが火魔法を。5連の火球が狼に向け放たれるが、狼は身を翻して難なくそれを避けてしまう。
「ぐる……グオオオオオオオオオオッ!」
「きゃっ!」
突如として狼が天に向かって吠える。狼が身に纏う黒の靄が棘のように固まり、四方八方に発射された。彼女たちは難なくそれらを避け、自らの魔法で打ち消しやり過ごしたが、地面に刺さった棘を見て絶句。路面のアスファルトが粉々に砕け散っていた。
「あれをマトモに食らったら、私達もタダじゃ済まないってことですね……」
一方、この攻撃で目の前の障害物を除去できたと思っていた狼も、未だ健在なそれらの様子を見て、いよいよそれらを自らの敵と認識したようであった。
1話初めの主人公ちゃんがまだ出てこない……




