第1話
初投稿です。
「はぁ、はぁ、はぁっ…………」
深夜2時。おおよその人々なら眠っているであろう時間帯に、少女が一人駆けていた。
その後を追うは3体の漆黒の狼。その体高は逃げる少女の腰ほどもあり、口内には獲物を容易く食い殺せるであろう鋭い牙が覗く。
「はぁ、はぁっ……誰か、誰か助けて……っ!」
「グルル……」
「グルァ!ガウ!」
助けを求める少女の叫びに応えるものはなく、ただ暗闇に空しく声が消えていく。背後に聞こえる狼共の唸り声から、いよいよ彼らが接近していることに気づかされる。
このままでは助からない。きっと彼らに無残にも四肢を噛み千切られ、腸を啜られ痛みとともに死ぬのだろう。そんな確信にも似た予感が少女の脳裏を過った。
いやだ。死にたくない。
生き物なら誰もが持つ生存本能によって、限界を迎えつつある少女の脚は未だ動く。だが、その動きはだんだんと鈍くなり、いずれ追いつかれてしまうことは明白であった。
直線での速さでは絶対に敵わない。故に少女は曲がり角に入り、直角に曲がる。ジグザグの動きを続ければ、少しは時間を稼げるだろう。でも、その後は?
「どうして、こんなことに……」
どうして。一度抱いた疑問は、じわじわと少女の心に広がっていく。どうして、私はあの恐ろしい彼らに追われているのだろう。どうして、私はこんなところに一人でいるのだろう。此処は、一体何処なのだろう。そしてそもそも。
わたしは、だれなのだろう?
自分のことが分からない。名前も、どこに住んでいたのかも、家族の名前も。そのことに気づき、少女の脚から力が抜ける。くたり、と硬く冷たいアスファルトに膝と掌をつき、荒い息を吐く。もう、限界だった。
自分が置かれた状況も、どうすれば助かるのかも、自分のことすらも何もわからない。年端もいかない少女の心を折るには十分だった。
「誰か……」
少女の言葉を聴く者はいない。
「グルル……」
獲物を一時見失った狼が、すんすんと鼻を鳴らして臭いを追う音が聞こえる。きっと、ちょっと路地裏に入っただけの彼女の場所など直ぐに見つけてしまうだろう。そうなれば、その後の運命は分かり切っている。
私は助からない。ここで、何も分からないまま、たった一人で死ぬのだろう。もはや立ち上がる気力も体力も無く、諦める他ない。でも、そんなの……
「いやだ。だれか……おねがい。たすけてよ……」
「お困りのようだね?」
時はやや遡り、深夜1時。
「第四居住区にて魔力反応検知!魔獣出現と思われます!討伐班は、出撃の準備をお願いします!」
詰所のオペレータールームで魔力観測モニターを監視していた年若い女性オペレーターが、魔獣の発生を検知した。すぐさま、『討伐班』……魔獣討伐の専門部隊へと、出撃要請が下る。
「了解した。……第四居住区か。確か、魔導研究所があるところじゃないか?」
「まさにそこです。魔導研究所からの救援要請はありません!衛星画像では現状無事なようですが……」
「いかんな。魔導研究所の魔力を嗅ぎつけられれば、連中は確実に襲撃するぞ」
突然の警報に、騒がしくなる詰所。正式名称を、「国防軍 魔獣災害対策課 第一機動部隊」という。彼らの任務は、どこからともなく発生する魔獣を駆除し、国民を守ること。日夜関係なく、魔獣が出現すればすぐに出撃できるよう、24時間体制で監視を行っている部隊である。
「魔導兵装の準備ヨシ!いつでも出れます!」
「予備カートリッジと爆弾は!?」
「ここに!」
人間の頭ほどもある金属製の缶を4つほどぶら下げ、先ほど『討伐班』と呼ばれた若手男性隊員が叫ぶ。彼らはみな一様に黒々としたボディーアーマーを身に纏い、紫の発光部のある奇妙な大口径銃を背負っていた。
「よし、準備は整っているな。俺たちは先に出撃する。青木は魔法少女達を起こしておいてくれ」
「こんな夜中にですか?」
「仕方がないだろう。悪いとは思うが、俺たちでは足止めが精いっぱいだ」
「ですが……」
「……ふぁ。何の騒ぎ?」
『討伐班』の男性とオペレーターの女性に声をかけたのは、詰所に隣接した宿舎に繋がる通路から、この場には似つかない15歳ほどの少女であった。
「起こしてしまいましたか?あかりさん」
「……この騒ぎだからね。りんとまーも降りてくると思うよ」
「そいつは何よりだ。魔獣が出た。俺たちは先に行く。お前らも準備できたら追いかけてきてくれ。『討伐班』、出る!」
「はーい……」
「ご武運を」
魔導兵装に身を固めた10人の討伐班が出撃すると、オペレータールームはやや静かになる。残されたのは女性オペレーター……青木と、「あかりさん」と呼ばれた少女一人。
「で、今回は何体出現したの?」
「少々お待ちください。……ええと、今回は獣型のみ15体が確認されています。魔力反応の大きさからすると、うち1体は大型の統率個体のようですね」
「そりゃマズいじゃん。統率個体いると面倒だよ」
「ですね。『討伐班』にはすでに出撃してもらいましたが、彼らでは通常個体の各個撃破が精いっぱいでしょう。『魔力適合者』の皆さんにも出撃をお願いせざるを得ない状況です」
状況にそぐわないややのんびりとした現状確認が行われる最中、2人の少女がオペレータールームに到着した。
「第一機動部隊『魔導班』、幸田りんね到着しました!」
「同じく『魔導班』、酒田ますみ到着!」
「やっと来たかー、りん、まー……」
「あかりちゃんが早すぎなんだよ!警報なりだした瞬間に飛び出してったじゃん!」
「まーちゃん落ち着いて!とりあえず青木さん、状況を教えてください!」
「はい。もう一度、順を追って説明しますね……」
青木により簡易な状況説明が済むと、少女三人はそろって顔を顰めた。
「これ、私たちが統率個体をさっさと倒さないと終わらないってことだよね?」
「そうなるな」
「その通りです。『魔力適合者』の皆さんには、地上からではなく直接上空から急襲して統率個体を叩いてもらいます」
「あー、いつものやつね……」
「状況は分かりました。私たちはすぐ出撃できます!……行けるよね!?まーちゃん、あかりん!?」
「はいはい、行けますよっと」
「すぐ出れるよ!」
緊張感にやや欠けたやり取りとは裏腹に、少女たち3人はすぐに『着装』を終える。『討伐班』のごつごつとした装備とは趣の異なる、ヒラヒラふわふわとしたドレスのようなその衣装は、まるでかつて流行したサブカルチャーの『魔法少女』であった。
「すでにヘリは離陸準備に入っています。皆さんは屋上へ!」
「はーい!行ってきまーす!」
「こら!まーちゃん!出撃の挨拶はちゃんとして!『魔導班』3名、出撃します!」
「しまーす」
3人の少女が屋上へ繋がる階段を駆け上がっていくのを見送り、青木はほぅ、と息を吐いた。
(あんな女の子たちを、『魔力適合者』だからって魔獣と戦わせるなんて……ちょっと前ならさんざんメディアに叩かれていたんでしょうね)
いっそ自分が適合者であれば、こんな風に頭を悩ませなくて良かったのかもしれない。そんな考えを振り払うようにピシャリと自分の頬を叩き、青木はモニターへと向かう。
現在時刻1時15分。『討伐班』接敵まであと5分であった。
説明のない用語をたくさん登場させてすみません。