ワレワレはミタ
いつも通り、何のことはなく朝食をこなし、テレビをつけた。それが見たい物かはさておいて、ニュースを見るために。
開いた口がふさがらない。辺り一帯爆撃でもされたのか?リビングで手に持っていたマグカップを落とし、俺は何も聞こえなくなっていた。ただ余りにも衝撃過ぎた。
【ワレワレはミタ】
何かに焦っているかのようなプロペラの音。カメラを構え、テレビ局の人間が撮す先に煙が立ち上っている。地上から見た者は噴火でもしたのか疑うだろう。実際は逆。遥か遠い宙からの隕石が、日本の小さな無人島に大きなクレーターを作ったのだ。早朝4時半のことである。
俺はテレビを両手で鷲掴み、食い入るように画面を睨んだ。
「間違いないあいつだ。やっと来た」
二年前。俺はこの星に来て、日本の新居が建ち並ぶ住宅街の一軒を買って住み始めた。俺は日本の中学三年生男子になった。親は必要な時のみ人形に演じさせている。
そして現在、男子高校生として行動している。今のところ完璧に男子高校生だ。驚くべきは俺に彼女がいるということだ。ここまで自然に男子高校生ができるのも俺らの文明の利器の賜物だ。
地球に来た理由は、ここに生物がいるからだ。侵略だとか調査だとか旅行だとか、そんな理由ではなく、一番分かりやすく言えば、動物園に動物を観察しに来た、と言った感じだ。実を言うとそれもどこか違う。近い意味を持つ日本語が無いから、そう言わざるを得ない。
日本は別に選んだつもりもない。たまたまのたまだ。俺らは人間より技術や科学が進んでいるわけだが、どうやら俺らの方が後に出現したようだ。俺らが俺らの星で出現した時、日本には仏教が伝来していたらしい。
俺らには感情という概念がない。近い物は持っているが感情とはやはり全くの別物である。故にこの肉体を得て後悔している。俺らは後悔することはないのに。人間として行動している以上、人間になるのが手っ取り早いと考えたんだが。感情と言う物は非常に厄介な物だ。俺らは厄介と感じることはないのに。
感情のせいでひどく損している気がする。それは人間としての幸せが、俺にとって何の意味も成さないからなのだろう。恋や友情、喜怒哀楽。実にダルい。
今日は学校を欠席する。俺は今、仲間を回収するためにUFOに乗って無人島へ向かっているから。別に円盤型でも、俺にとって未確認飛行物体でもないが、UFOに乗ってるって言うとなんだかかっこいいだろう?
到着。UFOと俺の姿は見えないように細工してある。当たり前だ。俺はレーダーを使って確認しながら、隕石の、仲間である部分をそうでない部分から発掘している。
「まったくもう。隕石で来るなんてどうしようもない奴だな」
返事は無い。当たり前だ。
「あああ。めんどくさいなあ」
翌日。俺は彼女と仲良く学校へ足を運んでいた。他愛ない雑談をしながら、時々彼女の笑顔に心がざわつく。今すごく幸せだ。
仲間は今ごろ俺の家で療養中だ。復活するまで、丸めて専用のケースに入れてるだけだが、復活まで一週間弱ってところだろう。隕石化から復活専用ケースに。
学校では昨日の隕石の話題で溢れかえっていた。時々宇宙人が乗ってきたなんて声が聞こえると、
「実はそうなんだよ。本当に宇宙人が地球にやってくるために──」
なんて教えてあげたくなる。
彼女を家まで送った後の一人の帰り道。赤で止まっていると、向こうの横断歩道、男が少女と手を繋ぎ楽しそうに渡っていた。父親と娘だろう。
特に変わった様子はない。でも、ものすごく寂しく感じた。俺は一人だ。俺には愛を注ぐ対象が無い。付き合っている彼女は人間だ。そうじゃない。人間としてではなく。
俺らに感情は無い。だから愛の行く先は真っ暗な宇宙でどこにも向かうことはない。この地球に来たのはたまたまだ。たまたま降り立ったこの地球で今、俺は俺の愛を問う。
愛とはなんだろうか
こんな思考をするつもりはなかった。人間とは不思議だ。人間のような生命と俺らは決して相容れない存在なのだろう。
俺は顔を上げた。赤くなった空。長く伸びる影。窓に反射した、やっぱり赤い空と雲。風の匂いに、どこかの家の揚げ物の匂いが混じっている。遠くで子どもたちがはしゃぐ声。綺麗に隣り合って並び、どれも違う顔の家々。その家々の一つ一つに家族を想起する。一人深呼吸。もう見慣れた我が家のドアノブに手を掛け、言い慣れない言葉をかけた。
「ただ……、ただいま」
それから季節は夏になった。仲間は人間の少女に姿を変えたが、まだ意識がはっきりしていない。今は本当にただの少女だ。
「お兄ちゃん暑~い」
高校二年の兄と小学一年の妹という設定だ。アイスを買って帰っている途中、ふいにあの親子を思い出した。僕は買い物袋を片手に妹の左手を優しく握った。精一杯強く握り返し、明るい笑顔を見せた妹。二人で家まで手を繋いで帰った。
「ワレワレハウチュウジンダ」
回る扇風機の羽根が妹の声を面白おかしく震わせる。