EP.1 眠りネズミの微睡み - 4
日も傾き始めた、十八時。赤坂。
弓たちは二十時から始まる生放送の出演に備えて楽屋で待機していた。
鏡台の前で愛理はスマホをいじり、木乃香はゲーム……と、各々好きなことをしていたのだが、座敷でだらしなくと寝転がっていた双葉がボソリと声を漏らす。
「はぁ……なんで今日披露する曲が【糖蜜プラシーボ】なのかなぁ……。昨日お披露目したばっかの【め茶く茶Darling】だってよかったはずなのに」
ごろん。寝返りを打って、そのまま仰向けに。その傍らには台本を確認していた梓がいる。
「最新シングルやからやん。目立ちたがりなんはええことやけど、諦め」
「梓ちゃんのいけずぅ。あーあ、生放送でセンターはまだお預けかァ」
「糖プラは弓ちゃんがメインのえちえち曲だもんね。双葉ちゃんじゃちょっとえち感が足りなくって……いやそういう需要が一定層にあるのもわかってますケド。」
双葉の胸元を見ながら木乃香はにやにやしている。
「双葉だって! お色気曲いけるもん!」
「うぅーん、それは弓ちゃん越え宣言ですか? と、とととちょ、あ、デッキミスったー」
「……双葉にはまだ無理じゃないかしら」
「愛理まで! もう! もうーーーーーーっ!!」
むきーっと両腕両足をバタつかせながら全身で悔しさを表現する双葉を眺め、弓はどうしても気になった単語を唇でかたどった。
「……えちえち…………?」
口にすると思ったりよりも恥ずかしいソレに弓の頬が熱くなる。
「おぉーーー⁉⁉ あの弓ちゃんにも恥ずかしさがあるんですかぁ⁉ パフォーマンス中は木乃香までドキドキギンギンになるほどえっっっちな弓ちゃんが!!!!」
「木乃香の言い分はどうかと思うけど、そういう珍しい反応はグループの未来のためにも収録でやってほしいわぁ」
片やゲームを放り出し息も当たりそうな至近距離に迫ってきて、片や愉快そうに分析を始める。弓はしどろもどろになりながらも、自分の考えを口にした。
「あれは……仕事だから」
「ほぉおおお。あのえちえちはプロ意識の高さから……これがプロフェッショナル、仕事の流儀……」
「くそまじめ」
愛理の言葉が楽し気に響く。未だふくれっ面の双葉も本心から怒っているわけではない。そんな光景に弓は心の中で安堵する。
つかず、離れず。程よく。
――弓にとって、この仕事仲間たちが有難い存在であることは確かだった。
それでもどうしても、彼女はこの場所に対してぼんやりとした膜のような壁を感じていた……いや、ここだけの話ではない。大学でも、あまつさえ家にいても、どんな時も彼女は自分の存在が曖昧だった。
それは……まるで眠りネズミがティーポットの中で瞳を閉じるように、現実と微睡みのはざまをふわふわと揺蕩うように。
もしくは――自ら眠り続けることを望むように。