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第七話 この門をくぐる者(前)


白亜の巨大な市壁の前には大勢の〈人間〉が列を成して入国の審査を待っている。

見たところ、わたしの前には百人ほど、後にも百人ほど並んでいるだろうか。

本来なら〈人間〉の行う審査に関わることなく、空からすんなりとアガペの街中に降り立つところだが、この都市にも天使の関与が予想される以上、肉体に身を隠し〈人間〉に混じって、おとなしく彼らの規則に従う方が賢明だろう。






ーーー半時間ほど経っただろうか。

わたしの前にはまだ五十人ほどの〈人間〉が並んでいる。

わたしは空を見上げたり、草原に寝そべる豚の群れを眺めたりして時間を潰す。

・・・我ながら時間を潰す、という言葉が浮かんだことに驚いた。

わたしはこの肉体を纏った時に窮屈さや息苦しさといった苦痛を覚えたわけだが、時間の経過にさえ、それを感じているのだ。



そしてわたしは今、新たな苦痛をもう一つ覚えた。

わたしの後に並ぶ〈人間〉。

まだ振り向いていないから何者か分からないが、わたしの腰辺りに、故意的な接触を感じる。

意図は不明だが、腰から肉体全体に広がるこの感覚は明らかに不快だ。

警告するべきか。

しかし入国の審査前だ、下手に騒ぎになると面倒でもある。


さて、どうしたものか・・・。



「こらっ!」

男の低い怒鳴り声が背後から聞こえた。

振り返ると、大量の石材を載せた荷車をひく若い男を口髭を生やした中年の男が叱りつけている。

「この馬鹿者が! 奴隷の分際でなんと大胆なまねを! 身の程を知れ!」

「す、すみませんご主人さま。」

「謝る相手を間違えるな!」

中年の男はムチで若い男の背中を打つ。

一回、二回、三回ーーー。若い男は膝をつき、倒れる。

それと同時に積まれた石材の一部が地面に滑り落ちる。

「全く、これくらいでどうしようもない奴だな、お前は。さっさと起き上がって石を積み直せ。」

「は・・・はい。」

若い男はか細い声で返事をする。

中年の男は息を整えると、嫌らしい笑みをわたしに見せた。

「お嬢さん。うちの奴隷の無礼をお許し下さい。」

「無礼? 何のことですか?」

「お気づきでなかったと? あいつはあなたの腰を撫でまわしていたのですよ。ほら、このように。」 

中年の男はわたしの腰を撫でてみせる。この触り方、さっきのは間違いなくこの男の仕業だな。

「あの方は荷車を引かれていたのですよ? それもあれだけの量の石材を載せた荷車を。どうしたらそんなことが出来るでしょうか?」

「細かいことを気にする必要はありません。本人に聞いてみればいいのです。おい! お前! このお嬢さんに悪さを働いたのは誰だ! 言ってみろ!」

「はい・・・。私です。」

「だ、そうです。お嬢さん。この奴隷の主人として私も責任を痛感しております。そこでお詫びといたしまして、今夜の食事にぜひあなたを招待したいのです。アガペの豚肉料理は絶品と聞きますよ。」

「あなたが責任を感じる必要はありません。やったのがあの方だというのなら、あの方がわたしに対して責任を取るべきなのです。奴隷の主人さん。あなたもそう思いませんか?」

「それはご最もですが・・・」

「あなた、お名前は?」

「・・・スクラです。」

「スクラさん。あなたはお詫びとして今夜わたしと食事を共にして下さい。あ、主人さんはお金を出して下されば結構です。どうぞ、宿でお休み下さい。スクラさん、いいですね? アガペの豚肉料理は絶品だそうですよ。」

列の前後からクスクスと笑いが起こる。

中年の男は怒りで真っ赤にした顔のまま、捨て台詞も吐かないで後に下がって行った。

自然、スクラと目が合う。

「ありがとうございました。」

誰にも聞こえないような小さな声で、彼は確かにそう言った。


次回 12月25日 投稿予定

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