表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/9

第三話 亡国の王子(前)


都市国家アガペ。


あの貴族の男が共感し、また感化された思想の源泉を辿るため、目下、わたしはその都市を目指し飛行を続けている。










ーーー途中、海岸沿いを飛行していると、一つの都市が見えてきた。


都市は、わたしが近くにつれてどんどん大きくなっていく。

金属製の巨大な門、平地を独占するように囲む円形状の巨大な市壁、そして、その中に密集した無数の巨大な建築物・・・。

この規模からして十万人か、あるいは二十万人ほどの〈人間〉がここで生活しているのだろう。


ここが都市国家アガペ・・・なのか?

まだ距離があるように思ったが。



わたしは都市の様子を探るため、街の中心辺りまで移動する。

直上から見る都市は曇り空のせいか、都市全体が黒ずんで見える。


人影は・・・。


「おお、これは。これは。」

思わず声が漏れる。

わたしは都市中央の広場に、大きな噴水があるのを見つけた。


わたしはすぐさま広場へ降りる。






その噴水には白い石材を用いた巨大な彫像が数体、噴水の中心でそれぞれ特徴的な姿態をとって配置されている。

水瓶を持つ女。

槍を構える女。

牛を引く女。

麦穂を抱える女。

鉄槌を握る女。

松明を掲げる女。

そして片膝をつき、手を伸ばす男。その手の先は松明を掲げる女のようだ。





この彫像たちが何を表しているのか、また誰を見本として制作されたのか、わたしには分からないが、〈人間〉にこれほど精緻な彫刻技術があることには驚いた。

いや、精緻さというよりも、美しさ、にだろうか。

この美しさをわたしが感じたのは、わたしがこれらの彫像に対して〈永遠〉に近い印象を抱いたからだろう。

無論、『生成世界』に〈永遠〉はないと理解している。

ただ、だからこそ『生成世界』に生きる、死すべき〈人間〉は〈永遠〉の美を求めてこれらの彫像を制作したのかもしれない。

自分たちはいずれ死にゆくが、その精神は永遠に残るのだとか、そんな感じだろうか。

だとすれば、この都市は今、彼らの精神を実によく体現しているのかもしれない。




ここは都市の中心地。

だというのに、〈人間〉の姿は人っ子一人見当たらない。

いや、正確には生きている〈人間〉の姿、というべきだろうか。


老若男女問わず、広場には黒ずんだ無数の死体が転がっている。


よくみると、周囲の地面や建築物も煤や灰で黒ずんでいる。

どうやら曇り空のせいではなかったようだが、これは・・・


火事? しかし建築物自体が燃えた痕跡はないように見える。

戦争? でもないだろうな。それなら市壁や門が破壊されていないのは不自然だろう。


いずれにしろ、この都市で何らかの異常が発生したのは間違いなさそうだ。

あの思想との関連性は不明だが、〈人間〉の運命を選択する身としては、都市内の調査を行わないわけにはいかないだろう。



だが、その前に、わたしはこの噴水で成すべきことがある。


沐浴だ。


天使にとって『生成世界』という生死の入り混じった空間はどうやら『穢れ』そのものらしい。

少し前から、腕や顔や髪や翼、どこを触ってもベタツキのような不快を感じるのだ。


わたしは噴水の水に触れてみる。

うん・・・やはりこの水は清潔そのものだ。

川から引いた水なのか、地下から汲み上げた水なのか、とにかく清潔なのは間違いない。

わたしは衣を脱いで、噴水の中に入る。

腕を擦ると『穢れ』が落ちていくのがよくわかる。


死体や灰や煤に囲まれた環境で『穢れ』を落とすというのも何だかおかしな話なのだが。

これは気分が良い。

今後、沐浴を欠かすことは出来ないだろう。











「いたぞ!」「捕まえろ!」


遠くから〈人間〉の声が聞こえる・・・。

なんだ、生きている〈人間〉がいたのか。

わたしは水中から顔を出して、声のする方に向き直る。




男が三人。

東の大通りから広場の方へ駆けて来る。

先頭は・・・少年。その後を小太りの男ら二人が続く。


状況から見るに、先頭の少年を後の二人組が追いかけているようだ。


「捕まえたぞ!」

広場に入ったところで小太りの男が少年にのし掛かる。

「ぐっ・・・。放せよぉ!」

少年は腕を振り回したり、足をばたつかせたりして、激しく抵抗しているが、相手はせせら笑うくらいに余裕があるようだ。

じきにもう一人の男も追いついてきた。

「良いのが残ってたな。」

「ああ。コイツはかなりの上玉だぜ。」

「売れば金貨100枚、いや200枚だってありえる。」


「助けて下さい!」

少年は噴水の方に手を伸ばして叫んでいる。

・・・?  

誰に向かって助けを求めているのか?

この広場には彼ら以外に〈人間〉はいないというのに。


二人組も笑っている。

「ははははっ。どうした? 恐怖でおかしくなっちまったか?」

「何が助けて下さいだ。情けねぇ!」

少年は伸ばした手の人差し指を、さらに真っ直ぐに伸ばす。

「助けて下さい! 天使さま!」


・・・驚いた。

わたしは『存在を示す意志』など持っていない。

それなのに、少年にはこのわたしが見えているというのか。

「少年。わたしの声が聞こえるか?」

「はい! もちろん聞こえます! 聞こえてますから、は、はやく助けて下さい!」

少年の迫真の哀訴に二人組は急に不安になったにか、周囲を警戒し始める。

「・・・。」

「天使さまっ!」

わたしは少年に言う。

「少年よ。男たちの注意がそれている。左手を横に回しなさい。そうすれば、男の帯革にさしてある短剣を掴むことが出来るだろう。」

「そんなの無理ですぅ・・。た・・助け・・・」

少年の瞳に溜まった涙が頬を伝って地面にこぼれ落ちる。

首根を腕で押さえつけられて息苦しいのだろう。

声も次第に聞こえなくなる。


少年は睨め付けるような目でわたしを見詰める。


わたしは髪の手入れをしながら少年を見詰め返す。


そして、わたしがいよいよ本当に助ける気がないことを悟ったのだろう。

少年の表情はがらりと変わった。


少年は左手を横に回す。

短剣の柄が指先に触れ、そこを感覚頼りで握り込む。

少年は流れのままに、引き抜いた短剣で持ち主の横腹を、次に後ろにのし掛かる男の腕を斬る。

「痛えぇ?!」

男は怯み、少年の背中から転げ落ちる。

少年は体勢を立て直し、切っ先を男たちに向ける。

攻撃を予想していなかったのだろう、二人組は悲鳴を上げながら走り去っていった。






少年はトボトボと噴水の縁まで歩み寄って来た。

「あの・・・。」

「なんだ。少年?」

「どうして、助けてくれなかったんですか?」

「・・・? どうして、君を助けなくてはいけないのだ?」


はぁ、とため息をつく少年。

こうして近くで見ると、〈人間〉にしては、なかなか美しい顔立ちをしている。


「でも、まあ、いいです。おかげで僕も決心がついたというか、腹を括れたというか。」


言って少年は噴水の縁に足を掛け、今度はわたしにその切っ先を向ける。


なるほど。やはり罠だったわけか。


あの二人組、この少年を捕まえた時、腕を自由にさせたままにしていたのは気掛かりだった。

もし、わたしが少年を助けに近づけば、あの短剣はわたしに向けて使われたのだろう。


「仲間の二人は加勢に来ないのか?」


少年は眉をピクリと動かす。

「へぇ。気づいていたんですね。でも、安心して下さい。あの二人はお金で雇ったただのならず者です。それに予定外のことをしてしまったので、たぶん戻って来ませんよ。」


「君一人でわたしを相手に立ち回るのか?」


少年はふふっ、と笑ってみせる。

「僕を近づかせのは慢心ですよ。ここからちょうどあなたまで歩幅十歩以内ってところですが、この距離なら僕の方が速いですから。天使なんかよりも、ずっとね。」

彼の言葉の節々に自信を感じる。

はったりというわけではなさそうだな。


「一応聞くが、目的は何だ?」


「罪を償ってもらいます。この国を滅ぼした罪を。」



次回、 11月27日 投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ