表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

必要じゃない。けど、

作者: まきなる


 ここに最後に来たのはいつだったろうか。1年、5年、いや10年も経っていた。荘厳に見えていた本殿は今となってはより身近に見える。相も変わらず、人がいないこの場所の風は心地よいものではなく、何もかも透過していくような感覚をさびれた体は覚えていた。



 コケだらけになっていた狛犬の隣に立つと、昔見上げていたはずなのにとても小さく見える。体はそれを拒否するように違和感を与え続けるけれど、それはきっとこの伸びた世界のせいだ。背丈ではない、私の心は汚れて伸びきってしまったからだ。



 思春期の頃は何もかもが塗りつぶされて、私は周りが見えなくなって、時間を本当に浪費した。腐っていても時間は待ってくれないし、後悔も塵みたいに積もるしかない。時間の浪費癖は今でも治っていない。何もかもが輝いて見えたのも違いはない。色々なことを経験した。興味を抑えることができなかった。結局は現実逃避ってどこかで思っていることも、いつかこの経験が役に立つと思ってるのも、そんな白と黒が混ざりきっていた。



 こんな思いの吐露も、悩みも、憂いも、全部全部、懐かしいって感情のせいだ。どこか安心する。結局はここに来る。なんだかんだ地元が好き。そんな感情はすべて懐かしいって思うから、私は未だこの場から離れることができない。



 石階段に腰を下ろす。本当にここに来るまでいろいろあった。裏切られた。騙された。人に傷つけられた。泣かされた。理不尽な目にもあった。感情を殺された。強制された。嘘をつかれた。その全てが辛かった。逃げ出したくなるくらい、胸を痛め続けた。


 それは当然だ。だってそれと同じくらい、私は人を裏切った。人を傷つけた。泣かした。理不尽な目にも合わせた。感情を殺させた。強制した。嘘をつき続けた。本当に、情けない。



 本当に何もない。私には何もない。今までを振り返って、ゴミすらない。ただの空虚、それが私にはふさわしい。空っぽを埋め続けた結果がただの空虚じゃ、あまりにも喜劇じゃないか。



 ポケットからスマホを取り出して、目の前の光景を撮り、SNSにアップする。

”懐かしいと感じたらいいね”とコメントを添えた。アニメの一部を切り取ったような写真の各々の数字は増えていき、同じように虚しさも増えていった。



 耳のそばに蜂が飛んできて、つい反射的にその場所を離れた。感情に整理なんてついていない。前向きに慣れた訳じゃない。それでも、簡単に立ててしまった。あの風も私の体を撫でる。石階段を駆け下り、低くなった枝にぶつかり、石の鳥居をくぐり抜けた。



 鳥居の前にはもう数段、階段が続いていた。確かめるように下っていく。私は気づいた。もしかしてと思って振り向くと、目線はちょうどあの頃の身長と同じぐらいだった。何もかも大きく見えた。10年経っても、私の中では大きいままなんだ。変わってない。何も変わっていない。



 煙草を取り出して、口に運ぶ。銘柄はピアニッシモ。こんなところで吸うなんて飛んだ罰当たりだ。それでも、私にはこれぐらいでちょうどいい。


 言い訳も吸い飽きて、今ここに居る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ