第20話 サンドバッグごっこ
翌日。
成瀬は昼休みに入った途端に新野を捕まえ、いつもの校舎裏に連行した。
勿論、加藤と広田も引き連れて。
周囲に人がいないことを確認すると、新野の右手首と右肩を加藤に、左手首と左肩を広田に押さえさせ、動きを封じる。
「な、成瀬くん……何を……?」
怯えた顔で、怯えた声音で新野が訊ねてくる。
そうだ。それでいい。
お前は所詮、俺を楽しませるためだけに存在するオモチャにすぎねぇ。
女のために格好つけて俺に刃向かうなんて、許していいはずがねぇ。
(そうだなぁ……今度あの女の前で、こいつの情けないところをたっぷりと見せてやるのも悪くねぇ。そうすりゃあの女も新野に愛想を尽かすだろうし、女にフラれて泣き叫ぶ新野が拝めれば……ぷぷっ。こりゃいい。決定だな)
そんな邪悪なことを考えながら、新野の目の前で、これ見よがしに拳を握り締める。
「何をって、勿論いつもどおり、ただの遊びをするだけさ。サンドバッグごっこって名前のな」
それを聞いた瞬間、新野の顔がこれ以上ないほどに青ざめる。
「や、やめて……成瀬――ぐふぅッ!?」
容赦なく、かなり本気でボディブローを叩き込む。
一撃で半泣きになる新野の情けなさが、実に小気味良かった。
「え? なんだって?」
聞こえなかったフリをしながら二発目のボディブロー。
堪え性のない新野の目尻から早速涙が零れるのを見て、加藤と広田がゲラゲラ笑う。我ながら、良い舎弟を持ったものだと心の底から思う。
それから三発四発と新野にボディブローを叩き込み、
(そろそろだな)
そう判断した成瀬は、
「加藤。広田。次でラストだ。俺が殴った後はすぐに離してやれよ」
それだけで委細承知した二人は、頬を楽しげに歪めながら首肯を返す。
「はぁ……はぁ……もう……やめて……」
口の端から涎を垂らしながら懇願する新野に、成瀬は最高に歪んだ笑顔で応じた。
「あぁ。やめてやるよ。この一発でなぁ!」
最後に、全力でボディブローを叩き込み、すぐさま飛び下がる。
ほぼ同時に、加藤と広田も新野を解放しながらすぐさま離れる。
直後、
「おぉえぇえぇぇええ……」
成瀬全力のボディブローによって胃の中のものが逆流した新野は、両手で腹を押さえて蹲りながら吐瀉物を吐き出した。
「ギャハハハハッ! 汚ぇな、おいッ!」
「昼飯食う前でよかったなあ、新野ッ!」
「俺たちの優しさに感謝しろよッ!」
ゲラゲラ笑う。
最早胃液しか出なくなった新野をゲラゲラ笑う。
吐瀉物の痕が残ってしまうのは少し問題かもしれないが、まあ、その程度の危険は日常を潤すスリルとしては丁度いいだろう。
「あぁ……しっかし臭えなぁ」
「やべ。俺ちょっともらいゲロしそうかも」
「おいおい加藤。大丈夫かよ」
「昼飯前に俺たちの食欲をなくすなんて、ひでぇ奴だな新野ぉ」
言いながら、成瀬はいまだ蹲っている新野を蹴り、仰向けにさせてから制服の内ポケットに入ってある、彼の財布を奪い取る。
「俺たちの気分を害した慰謝料、お前の財布から抜いといてやるよ」
そして、中に入っていた一〇〇〇円札二枚を見て、成瀬はふと思う。
一回くらいなら桁を増やしても大事にはならないだろう――と。
「おいおい、女とデートする金がある新野くんの財布の中身が、たった二〇〇〇円だけってのは、ちょ~っとおかしいよなぁ?」
その言葉に、新野はわかりやすくビクリと震えた。
「明日は諭吉持ってこい。それで慰謝料はチャラにしてやるよ」
そう言って、わざと財布を吐瀉物の真っ只中に投げ捨て、加藤と広田と一緒にゲラゲラ笑いながら新野のもとを去っていった。
その一部始終を、学校の敷地外で身を隠しながら撮影していた少女の存在にも気づかずに。