2.校内人権失墜
2話目を読みに来てくださりありがとうございます。冴英皇たちが絶体ハーレム聖遷を始めるまでもうしばし時間がかかりますが気長にお待ち下さい
m(*´ω`*)mペコリ
あの日は雨が酷かった。鋭い水滴はグラウンドの土をえぐり、校舎の塗装までも侵食していた。校庭に咲いていた美しい花々もその花弁を剥ぎ取られ無残な姿に変えられる。
そこに1人の少女が紫陽花を庇うように傘をさして座り込んでいた。
「こんなところに長いしてたら風邪ひきますよ。」
冴英皇の声に少女が振り返る。桃色の傘の中から、その美しい顔があらわになった。白い肌、大きな瞳、ほんのりと紅潮した頬、シルクのように艶やかなストレートの黒髪。
見上げる彼女の慈愛に満ちた眼差しに冴英皇の心臓はどこかへ飛んで行ってしまいそうだった。
紫陽花のもとに彼女がやってきたはずなのに、まるですべての紫陽花が彼女の為に咲いているのではないかとさえ思った。
「紫陽花って短い間しか咲けないでしょう。それなのに大雨のせいで短い命までも奪われてしまうのは可哀想。」
彼女の細い指が優しく花びらに触れる。
心なしか雨がさっきよりも強くなっているような気がする。
その後冴英皇は心配で何度も彼女に声をかけたが桃色の傘はゆらゆらと横に動くばかりだった。
彼女は頑なに校庭から立ち去らなかった。
冴英皇は数日後、風の噂で彼女の名が神崎 美琴だと知った。その日以来その名が頭から離れなくなった。
散々モテ男を気取っていた冴英皇だが実は恋をするのは初経験。もちろん誰かと付き合ったこともない。以外にも彼はスーパーピュアな人間なのだ。
「うぅぅ―――」
保健室のベットのシーツを冴英皇の涙が濡らす。ショックで意識を失い倒れてしまった冴英皇は運び込まれた保健室のベットに横たわっていた。
「好きだったのに―。振られるなんて思ってなかったのに―」
涙は止まらない。
「恋は水物とかなんとかいうだろ。勉強になったじゃん、こういうこともあるって。元気出しなよ。」
心の優しい青野は抜け殻のように憔悴しきった彼のことを二時間も付きっきりで慰めている。
一時は振られてしまえと思っていたほどだが、こうも落ち込まれると不憫に思えてくる。
「神崎さんには思いが届かなかったけど世界には38億の女性がいるんだよ。素敵な恋はこれからたくさん見つかるよ。」
「………」
全く反応がない。
―まいったな、これは。
プライドの高い人間ほど挫折には弱いというが、今の冴英皇は典型的なそれである。
「いつまでもくよくよするなって。お前は学年一の人気者だろ⁈テストもいつも学年一位だし、身体能力テストだって満点だったじゃないか!」
その言葉に冴英皇の肩がピクリと動いた。
―お、反応あり!これはいけるぞ。
青野は畳みかける。
「お前はかっこいいんだ!お前のことが好きな子はたくさんいるんだ!」
青野が冴英皇一人のために大演説をする。冴英皇の目に輝きが戻り始めた。(その騒がしいやりとりを保健の先生はさっきから怪訝そうな目で見ている。)
冴英皇がベッドから体を起こす。
「そうだ、オレは自分が世紀のイケメンだということを忘れていた。このままオレが落ち込んでいたら全人類の損失じゃないか!」
青野は曖昧に頷いた。
―別にそこまでは言ってない。まぁ、いいか。理由がどうあれ元気になってくれたのだから。
青野がこれほどまでに冴英皇の単純さに感謝したことはなかった。
「あー、やっと復活したの。じゃ、早く教室戻って。」
保健の先生は鬱陶しそうに二人を追い出そうとする。
そのとき……
「号外だ!号外だ!」
廊下が何だか騒がしい。
「え、冴英皇振られたってマジ⁈」
「あいつかっこつけてるけど意外と大したことないじゃん。」
「しかも自信満々に講堂まで借りてバラの花束持ってきたらしいよー。かっこわる~。」
「何それー、うけるんですけどー。」
冴英皇の失恋をネタに新聞部やマスコミ研究会(通称マス研)が騒ぎ立て、学年中の生徒がその話題に飛びついているようである。
二人は保健室のドアの前で立ちすくむ。
「…晃汰、お前さっきさ、オレのこと、学年一の人気者っていったよね?」
「………」
―うかつだった。冴英皇ほどの有名人の失恋がニュースにならないはずはない。どーする、オレ?この中を突っ切っていく度胸はないぞ。
「こーたぁぁぁあ!オレはどうすればいいんだ!振られただけじゃなくて校内の人権まで失墜してるじゃなか!」
冴英皇は青野の肩を乱暴に揺さぶる。
人気者であるということがある種のアイデンティティであった冴英皇にとって、自分が笑いものにされるということはとても耐えられることではなかった。
「とりあえず、もうちょっとここに置いてもらうことは?」
青野が媚びるような目で保健の先生を見る。
「できません」
それだけ言って先生はドアを開けると二人を廊下に投げ出した。
保健室にはすでにけがをしている他の生徒がいたため、元気になった冴英皇たちにこれ以上居られたら迷惑なのだ。
二人の体はふわりと宙に浮いたかと思ったが次の瞬間乱暴に床にたたきつけられる。痛めた体をさする二人の背後でバタン!と保健室のドアが閉まった。その音に廊下で騒いでいた野次馬どもが振り返る。
「あ、いたぞ!」
二人に気づくなり雪崩のように生徒が押しかけてくる。
「『月間学校の恋愛事情暴露マガジン』です。この度どうしてこのような結果になったのでしょうか。」
「『週間文冬』です。今の気持ちをお聞かせください。」
学校に数多く乱立している新聞部とマス研が傷口をえぐるように容赦ないインタビューをしてくる。
必死で逃げる冴英皇だが無理やり制服を掴まれ取材陣に引きずられていく。
その姿は今朝まで大量のラブレターを抱えた学年―の人気者などではなかった。
引きずられてゆく冴英皇の瞳に、廊下に大量に貼られた自分の失恋に関するゴシップ記事が移りこむ。
―なんなんだよ。なんでオレがこんな扱い受けなきゃなんねぇんだよ。
助けを乞うように伸ばした手も青野には届かない。
なぜなら残されたは彼はとめどないシャッター音とフラッシュに頭がくらくらしてしまっていたからだ。
こうして地獄の学校生活がスタートするのであった。