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001 遭難!見知らぬ地

 今年は全国的に暖冬である。

 今日は2月で一番寒い日曜日であるはずなのに、あまり寒くない。

 そんな冬なのに暖かい日の、気温が低くなるはずの夜に、会社員の本村真司(もとむら しんじ)は近所のコンビニに弁当を買いに行こうと外に出た。

 

 全然寒くないな。


 黒のジャージという適当な格好でアパートの部屋からでた真司はそんなことを思いながらコンビニに向かって歩き出す。社会人になって、この街で一人暮らしを始めて5年、いつもの冬なら外に出るときにはジャンパーかコートを羽織らなければ厳しい。だが今年は、薄手のジャージでも余裕で外に出ることができる。


 今日はカレーが食べたいなあ……


 晩ごはんのメニューを考えながら、真司は横断歩道に差し掛かる。

 真司は自炊ができないわけではない。一昨年ぐらいまでは自分で近所のスーパーで肉や野菜を買って、簡単な料理を作って食べていた。しかし近所の歩いていける距離にコンビニが出来てから生活が一変した。

 基本的に、本村真司という男は怠け者である。

 一度だけ、と思ってコンビニ弁当で一日の食事を済ませたところ、三食コンビニ弁当の日がだらだらと続いてしまった。そしてついに、真司は自炊の習慣を捨てた。その結果として真司の体重は増大し、ふくよかな体格となってしまった。分かりやすく言えば『デブ』だ。今ではちょっと走るだけでも疲れてしまう。健康診断では肝臓が悪いと言われ、医者からは運動を強く勧められている。

 しかし、怠け者の真司はそれでは動かない、怠け者である。

 自炊も運動も面倒くさくなった真司は、週五日適度に手を抜いて働いて、休みの日は自堕落な日々を過ごしていた。

 

 ああ、もう休みも終わりかあ。


 また明日から仕事だ。真司は憂鬱になる。

 真司は今の仕事が嫌いだ。上司はうるさいし、何より自分が今の仕事に向いていないという自覚がある。

 転職も考えたが、真司にはその勇気がなかった。今よりも良い条件の仕事につける保証は無い。

 歩行者用信号が青に変わる。真司は前に向かって踏み出し、


 「あいたっ!」


 何かにつまずいてこけた。受け身を取ろうと、とっさに前に出したジャージの袖が土まみれになる。


 「え? 土……?」


 当たり前だが、横断歩道が描かれている道路はアスファルトで舗装されている。それなのになぜ袖が土まみれになるのか。

 真司は体を起こし、自分が倒れた道路を見る。

 そこに横断歩道はなかった。アスファルトで舗装されている道路もなかった。

 真司は、土の道にいた。


 「え……?」


 周囲を見渡すと、畑だった。夜なので暗くてよく見えないが、月明かりを頼りに真司はそう判断した。今、真司の周りには広大な畑が広がっている。

 真司の住むアパートの近くに畑はない。民家や商店が並んでいるはずだ。少なくともこんな一面畑なんかじゃない。


 「ど、どうなっているんだ……?」


 確かに、真司は街中にいたはずだ。それが横断歩道でこけて気が付くと畑の中にいた。

 意味が分からない。どこに移動した要素がある?

 

 「そ、そうだ、スマホで位置を!」


 真司はスマホを取り出し、マップアプリで自分の現在地を特定しようとする。自分がどこにいるかさえわかれば、タクシーを呼んで帰れるはずだ。

 

 「GPSが、機能していない……」


 そんな考えは木っ端みじんに打ち壊された。

 ここは電波は全く通じていないようだった。ネットはおろか電話も通じない。スマホは使い物にならない。 

 

 「ここはどこなんだ……俺は一体どうすればいいんだ……」

 

 急に孤独感と無力感に襲われる。真司は全く動くことができなかった。頭が混乱していて、何をすればいいのかわからない。

 

 誰か、誰か人さえいれば……

 

 真司は周囲を見回す。当たり前だが、人影はない。明かりも見えない。

 

 詰んだ。

 

 真司は舗装されていない道の真ん中に座り込んだ。

 

 ここはどこだ?

 どうして俺はこんなところに飛ばされたんだ?

 どうやったらこんなところに飛ばされるんだ?

 明日の仕事はどうする?

 これは誘拐事件なのか?

 近くに人はいるのか?


 「あのお……」

 「うわああああああっ!」


 いろいろなことを考えていると、突然後ろから声をかけられた。真司は大声を上げて後ろを振り向く。


 「あの……大丈夫ですか?」


 真司の目の前には、ランプを持った中学生くらいの少女がいた。彼女が声をかけてくれたのだろうか。どこの誰かは分からないが、真司は勇気を出して彼女と話をしてみることにした。


 「き、君は……?」

 「私ですか? 私はエレナです」

 「エレナ……さん……」


 少女の顔を見つめる。

 日本語を話してはいるが、日本人の顔じゃない。欧米の人の顔だ。

 外国人だろうか?


 「あの……エレナさん、ここはどこですか?」

 「ここはイニファンの街です。そういうあなたは、誰ですか? なんでこんなところで座り込んでいるんですか?」

 「私は本村真司といいます。神隠しにあったみたいで、気が付くと家の近所からこの場所にいました」

 「は、はあ……?」

 「まあ、いきなりこんなこと言っても信じてもらえませんよね……それよりもイニファン……聞いたことがない地名だ……?」


 イニファン。

 日本の地名じゃなさそうだ。外国だろうか?

 でも目の前のエレナは日本語を話している……

 何かの愛称だろうか?

 

 「ええと、シンジ……さん……? ここは危ないので、一緒に教会に向かいませんか? 私が案内しますので」

 「教会……! 助かります! お願いします、エレナさん!」


 助かった、これでとりあえず家に帰ることができる。

 真司が喜んだ次の瞬間、周囲の畑からガサゴソ、という物音がした。

 誰かいるのだろうか?

 

 「危ない!」

 「うわっ!」

 

 真司が不思議に思い畑に近づこうとした時、エレナに思い切り手を引っ張られた。

 エレナは驚く真司の手を引いて全速力で走る。


 「ど、どうしたんですか、エレナさん?」

 「ゴブリンです! この街は今、ゴブリンの襲撃を受けているんです!」


 え? ゴブリン?

 ゴブリンってあのゴブリン? ファンタジーでよく見るあの人型のモンスター?

 エレナに手を引かれて走りながら、真司は後ろを振り向く。

 真司の後ろから、棍棒を手にした3体のおぞましい人型の怪物がうなり声を上げて追いかけてきていた。

 ゴブリンだ……本物のゴブリンだ。

 特殊メイクには見えないし、何より奴らの殺意がひしひしと伝わってくる。

 このままじゃ殺される!


 「ひっ! ひいいいいいいっ!」


 恐怖に駆られ、シンジも必死に走る。

 だが、日ごろから全く運動をしていない真司には、すぐに限界が近づいてくる。次第に息が上がってくる。


 ヤバい! ヤバい! ヤバい!


 それでも懸命に走る。命がかかっているのだ。きつくても走り続ける。火事場の馬鹿力だろうか、痛みは感じない。普段なら全速力で走ればすぐに足が痛くなって走れなくなるはずなのに。


 「ウガアアアアアアッ!」

 「うわああああああっ!」


 横からもゴブリンがうなり声を上げて飛び出してくる。辛うじてかわすが、追いかけてくるゴブリンが増える。より危険な状況に陥ってしまった。

 そんな時、エレナの足が止まる。

 

 「あ……ああ……」

 「エレナさん? なんで急に止まっ……て……」


 エレナが声を震わせる。真司も恐怖で全身がこわばる。

 真司たちの前には、5体のゴブリンがいた。

 待ち伏せされた。

 後ろにも5体のゴブリン。

 真司とエレナは10体のゴブリンに囲まれてしまった。

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