昔のお話
今日は、冒険のお話をしようか。
私にまだ髭がなくて、皺もない若造だった頃……青年探検隊にいた時の話だ。
あれは、身を切るように寒い冬の日のことだった。私たちの探検隊は虹が逆さにかかるという森を探していた。
三月十日さ迷い歩いても、その森は一向に見つからなかった。なにせその虹を見た奴は少なくて、夢幻だとすら言われていたのだ。
粉砂糖のような冠雪の山の麓を通っていた時のことだ。山の向こうから恐ろしい速さで暗雲が立ち込めてきた。瞬く間に天気は崩れて、探険隊は行くも戻るもできないような猛吹雪に飲まれてしまった。想像できるかい、数センチ先にいる仲間の顔も見えないんだ。
どうしようもない若造の私は、凍てつく吹雪の中を仲間の名前を叫びながら歩き回った。経験したことのない状況に混乱してしまったんだよ。
どこをどう歩き回ったのか、寒さと疲労でもう動けなくなった時、ようやく吹雪が弱まってきた。
周囲を見渡すと、そこは森の中のようだった。私はどうやら獣道に入ってしまったようで、奥の方へ細い道が続いていた。
寒さに震えながらゆっくり先の方へ進んでいくと、道の真ん中に赤毛の狐が座り込んでいた。不思議な狐は私の目を見ると、まるで先導するように尾を振って歩きだした。
私はどうしてだか、その狐を追わなければならない気がして、さらに歩みを進めた。
そのうちに、また、雪が強くなってきた。私は狐を見失わないように歩みを速め、ついには走り出していた。それでも狐の姿は遠く、近く、曖昧な距離を保って見えた。
そうして、もう足が動かないほど疲れ果てた時だった。
目の前が開けて、頬に暖かな風が吹き付けた。
「……!」
私は思わず言葉を失い、疲れていたことすら忘れてしまった。
目の前には美しい紅葉が広がっていた。真冬の澄んだ空気と、暖かな枯れ葉の匂いが混じり合った、不思議な香りがする。
そして、その向こう。空の上には、大きな逆さの虹が架かっていた。
私はその情景にしばらく見惚れていたが、ふと、木々や茂みの間から動物たちがこちらの様子を窺い見ていることに気がついた。
ゆっくりと体を回転させて周囲を見渡すと、先ほどまでの雪はどこへ消えたのか、私の背後には秋めく山の景色が広がっている。
もう一度前を向くと、そこにはいつの間にか赤毛の狐が座り込んでいた。驚いたことに、その狐は私が手を伸ばしても逃げることはしなかった。私の手先の匂いを嗅ぎ、私の目を見つめて、なんと私に笑いかけたのだ!
あまつさえ、
「大丈夫ですか」
と、声をかけてきたのだから、私はさらに驚いてその場に尻餅をついてしまった。
「もし、人間さん、大丈夫ですか」
「あ、ああ」
赤毛の狐は私を労るように傍によると、心配そうな面持ちで私の胸に鼻を寄せた。
「キ、キツネさん。人間は怖いよ、危ないから早く離れなよ」
弱々しい声がしてそちらを向くと、大きな熊が木陰から顔を覗かせていた。
「平気ですよ、クマさん。こんなに凍えて弱っているのだから、助けてあげましょう」
「いいや、クマ公が喰っちまえばいい!」
茂みから出てきたアライグマがそう言うと、今度は木の上のヘビとコマドリが
「怖がりグマには無理だろう」
「私はキツネさんに賛成ですわ」
と、言い出した。
「これは、どういうことなんだ……うわっ」
その光景に私が唖然としていると、頭の上に軽い衝撃が走った。慌てて頭に手をやると、すばしっこいリスが頭の上から下りてきて、私の膝の上で大笑いした。彼は私の頭上の木の枝からダイビングをしてきたんだ。
「あっはは、人間てどんくさい動物!僕でも斃せそうじゃない」
「こら、リスさん。おやめなさい」
「お人好しのキツネさん、これはただの遊びだよ」
赤毛の狐が後ろ足で立ってリスを抱えあげるのを見て、私は、これは夢だと強く思った。
きっとひどい吹雪の中で、私は疲れて倒れてしまったのだ。これは私が見る最後の夢なのだ、と。
だって、動物たちが人の言葉で話したり、後ろ足で立ちあがって器用に歩くなんてことはあり得ないだろう。
「ごめんなさい、人間さん。普段はいい方たたちなのだけど、みんな人間が怖いのです」
「君は、怖くないのかい」
「怖いです。けれど、放ってはおけません」
「ああ、いい夢だ。逆さ虹を見ることができて、こんなに親切な狐に出会えるなんて」
「何か私にできることはありますか」
「ああ、とても疲れているんだ。どこかで横になりたい……」
「では、いい場所にご案内しましょう」
四つ足で歩いていく狐に付いて行き、私は巨大な木々の根が折り重なった場所で横になった。
夢の中の睡魔は強力で、私はすぐに、眠りについた。