雨景
処女作。
初めて書きました。
記憶の片隅に顔を出した景色を文章にしたくて書きました。
突然のゲリラ豪雨に立ち往生した金曜の昼下がり。
駅頭で、それぞれに雨が止むのを待つ人々。
雷鳴と、アスファルトに打ち付ける雨音。
準備よく傘を広げた女子高生が走り出していく。
その後ろ姿にふと、頭の奥をノックされた気がした。
でもそんな感覚は、雨が止み雷鳴が遠のいて歩きだした頃には、忘れてしまっていた。
横断歩道わきの水たまり。
大人は誰もが避けて通るその水たまり。
小さな女の子が黄色い長靴で走りこんでいく。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
黄色い小さな傘。
黄色い小さな長靴。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
『パパ!』
遠くから声がした。
また、頭の奥をノックされる。
パシャパシャ。
水たまりが、黄色い長靴に乱されていく。
『パパ』
雨音が、女の子の声にかき消されていく。
振り返り僕を見上げるその女の子は。
パシャパシャ。
『見て見て!〇〇ちゃんの長靴!!』
パシャパシャ。
パシャパシャ。
雷がまた、近くで鳴っている。
黄色の傘がくるくる回る。
水たまりを跳ねる女の子。
空を割る雷鳴。
頭の奥をノックする何か。
くるくると回る黄色の傘。
黄色の小さな長靴。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
ここは何処だ?
『パパ』
女の子の声が近くなり遠くなり。
『〇〇ちゃんの長靴汚れちゃった』
雷鳴が遠くなり近くなる。
『〇〇ちゃんのお洋服濡れちゃった』
雨音は聞こえない。
ただ。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
汚れたら洗えばいい。
濡れたなら乾かせばいい。
あの日。
あの雨の昼下がり。
小さなその手をひいて歩いた。
水たまり。
女の子は僕を見上げて。
『パパ!水たまり入ってもいい?』
パシャパシャ。
パシャパシャ。
黄色い小さな傘。
黄色い小さな長靴。
『うん。遊んでおいで』
パシャパシャ。
パシャパシャ。
大きな揺れ。
足元でひび割れるアスファルト。
悲鳴。
悲鳴。
悲鳴。
『パパ!』
黄色い小さな傘が飛んでいる。
くるくる。
くるくる。
さっきまで小さかった水たまりは、それがそうだとはもうわからない。
黄色い長靴がひとつ。
声はもう聞こえない。
目の前の景色は、色を持たない。
頭の奥をノックされている。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
空を割く雷鳴。
女の子はもういない。
声も聞こえない。
雲が割れて、あの日と同じ様に陽が大地に差し込む。
黄色い小さな傘は回らない。
黄色い小さな長靴は、片方が見つからないまま。
女の子はもういない。
声も聞こえない。
あの日、黄色い小さな長靴を手にしたまま。
僕は立ち尽くしていた。
そして今も探している。
小さな女の子を。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
読んでくださりありがとうございます。