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恋愛短編集

アオハルは、苦くて甘い夏の一時

作者: みやじい

 「甘い」


 先輩の奢りのミックスジュース。小さい頃は好きだった筈なのに、今はこの甘さが無性に気に食わない。奢ってもらったのだから文句は言えないけれど、珈琲とかが今は飲みたかった。苦い苦いブラックのコーヒーが飲みたかった。我慢して半分ほど飲みきった。半分ほど飲んだが、とてもじゃないが飲めたものでは無い。ノルマはクリアしただろう。


 「あっ……」


 白々しく声を零す。ミックスジュースの中身も全て零れ出る。


 「すいません、せっかく買うてくれはったのに」


 残念そうに先輩に零した旨を伝える。わざとなのに。


 「しゃあないやっちゃのう、もう1本買ったろか?」 


 「先輩金欠や言うてはりましたやん。大丈夫です」


 「せやねんなぁ、ドンマイ、しゃーないわ」


 「すいません」


 「ええよええよ、気にすんな」


 先輩は優しい。甘っちょろい。俺のせいで最後の大会が終わったのに恨み言の一つもない。悔しくて仕方がない筈なのに、暑さでフラフラになった俺と校舎の陰で休んでくれる。それだけでなく『おつかれ』という労いの言葉と共にジュースを買ってくれる。理想の先輩像だろう。そんな先輩が好きじゃなかった。


 「あっついなぁ……」


 「…………ですね」


 蝉の聲があちらこちらでうるさく響く。


 「今日の試合、本気やなかったやろ」


 疑問形ではなく断定の形で聞いてくる。演技は上手いと自負していた。


 「先輩の最後の大会やのに手なんか抜きませんよ」


 「いらんいらん、そういうんは。ほんま大根やのう」


 間髪入れず打ち負かされる。


 「………………先輩のそういうさといとこ、ほんま好きやないです」


 「面と向かって言わんといてーな。ガラスのハートが傷つくやん」


 「…………怒らないんすか?」


 「何を怒んねん」


 「手、抜いたことです」


 「何で怒んねん。どうこの大会を過ごすかは個人の勝手や。ほら、体調不良のやつに無理強いはできひんやん?お前はちゃうんやろけど」


 「先輩はこれで最後なんすよ」


 「でもお前はまだ1年ある」


 その一言が、何故か、無性に癇に障る。何かが剥がれ落ちる。


 「悔しくないんすか? 最後なんですよ、これが、本当に。それに俺は、本気になってる先輩を格好悪いと心の中でわらってた………………やのに、せやのに、何で怒らへんねん」


 剥がれたのは、敬語だった。


 「お前の敬語、やっと消えたな」


 「目上の人にはきちんとした言葉遣いせえって習ったんで」


 落ち着いたからか敬語が戻る。


 「いっちゃん最初に敬語やなくてええって言うたんやけどなぁ。ほら、敬う気ないやつからの敬語ってごっつい気持ち悪いやん?」


 少し、いつでも笑ってるその表情かめんの奥が見えた気がした。


 「お前、何とでも距離置こうとしとるやろ、せやから敬語が余計気持ち悪いねん」


 蝉が、煩い。


 「お前な、絶対才能あんで。でな、凡人な俺からしたら才能あるお前をどうしても翔ばせたいねん。翔んで欲しかってん。それこそ、最後の大会を賭してまで」


 蝉が五月蝿い。


 「才能あるやつが本気で努力すれば凡人には到底観れへん、魅ようとすることさえ出来へん景色せかいが観れんねん。俺はそれを遠くからでも、観たかった。やけどお前はどうしてか本気を嫌ってる、毛嫌いしてる。どうにかしてその殻破ったろ思った」


 ミックスジュースには蟻がたかっている。


 「最後の大会を捨て駒にしてでもお前が本気を出すようなきっかけを、それこそわざと怒らせて造った。そこまでしてでも凡人は空を観たがんねん」


 蝉が飛び立つ。


 「なあ、翔んでみいひんか?空はお前の思ってるよりも遥かに広い。でもお前には翼がある」


 その瞬間、蝉の聲が止み、世界に空白ができる。


 「本気も案外悪いもんちゃうで」


 開いた空白にその言霊は沁み込んだ。


 「来年の大会、呼んだってな」












 「あっ!! 見っけた!」


 汗の雫を少し垂らしながら、彼女が走ってこちらに来る。


 「何しとったん?終わってから見当たらんかったからもう帰ったんかと思ったわ」


 校舎の陰で先輩の言葉を思い返していたら大分時間が過ぎていたようだ。


 「おつかれ」


 何も疲れてないのに、皆労いの言葉をくれる。罪悪感がふつふつと湧いてくる。今更なのに。


 本気を出さなかった時、必ず後悔する。後悔は後にするものだから先には立たない。


 「もうちょい、やったね」


 本気を出せば進めたのかと考える。次の、更なる高みへ。けれど『本気』はひどく恐ろしい。本気で、全力で、一生懸命、一所懸命、命を掛けて、それでも届かなかったら、もうそこで終わってしまうのだから、全てが。


 「本気で何かをするって、格好ええと思うで」


 唐突に、そんなことを彼女は言う。


 「本気でやって負けたって、終わらへんで。絶対に終わらせたくなくなるから」


 彼女は気紛れで核心を突く。もしかしたら全てを見透かしているのかもしれない。人の気も知らないで。


 「終わりっていうんは止めたときに来んねん」


 また、蝉の空白が出来る。


 「負けても、どれだけ負けても、成長すれば100%の値は大きくなる。そしたら負けた相手にも勝てる。せやから負けても終わらへんよ。終わりは諦めた時に来んねん。止めたときに来んねん、『本気』を」


 また、直に言葉が刺さる。今、無防備だから、余計に。


 「まあ頑張りたまへ、少年」


 冷たい。背中に何かを入れられた。




『みっくしゅじゅうちゅ』




 字面がまず甘い。でもその甘さが今は欲しい。案外、人生っていうのは甘っちょろいのかもしれない。止めなければ負けないのだから。



   


     そんなことを想いながら、俺は 『みっくしゅじゅうちゅ』を飲み干したのだった。

 

お久しぶりですー

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― 新着の感想 ―
[一言] はへ~何だぁこれは。たまげたなぁ。 (訳)いや、こんだけ話書けるって凄いですよ。たまげました。
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