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M6

 イドラの行方について、色々と探してみたら、わかったことがあった。そいつはーーなにもしない。


 なにも、害になることを、していないのだ。誰も殺していないし、誰も傷つけていない。どこを探しても、見つからないわけだ。だって、なにもしていないのだから。


「はは。こりゃあどうにか、できそうにないな」

「どうにかって、どうするつもりだったんだよ」

「それを言うわけないだろ」

「言わなきゃわかんねーだろ」

「はは。そうだな。言わなきゃわかんないよな。傑作だ。わかんないから言わないじゃなくてな」

「お前はわかんないから言わねーんだろ?」


 さあて、これからどうしますかね。こんなとこで止まっていたら、先が思いやられる。なにか。なにか、打開策はないのか。解決は、誰がしてくれる。


「解決はしねーよ。だれかが譲歩して解決したと思い込むだけだ」

「エレナたん。それ深いなあ」

「お前も少しは考えろよ」

「考えるってどうしたらできるの。ぼくわかんない」

「そんなんじゃダメだろ。お前はダメだ。ダメ人間だ。ダメダメダメ男だ。死んじまえ」

「デレて」

「よくそんな生物で今日まで生きながらえてきたな。私だったら、自死を選択してる。こんな、欠陥人間初めて見たぜ。人間失格」

「デレて。ねえ」

「入水しろ。全人類にお前と同じ人間だという恥をかかすな。自爆しろ。切腹しろ」

「……デレない」

「なんて言ってごめんね。私、八代夢黒くんのこと愛しちゃってるから、ついからかい半分で、こんな酷いこと言っちゃうんだ。お詫びになんでも言って。お願いごと、なんでもご奉仕しちゃうから」

「デレた!」

「てのは嘘に決まってんだろうが、ああん!? もしかして、本当だと思った!? クソ死ねよカスが」

「……」


 もう、なにが本当でなにが嘘なのかわからない……。色々と入り乱れすぎてる。お願いだから、一貫していてくれよ。デレるところはデレる。ツンツンするところはツンツンする。メリハリ大事だよ。


「仲がよろしいのですね。憧れます」

「リザたん!? この関係に憧れちゃだめだよ! この関係がどれだけ危ない橋を渡っているか、綱を渡っているか、ああ、想像するだけでおぞましい」

「八代様はエレナさんのことが、きっと、お好きなんでございますね」

「べ、べ、べ、べべ、べべべ、べ」

「べがどうかいたしましたか?」

「うん。嫌いなんだ。ベが。ベが嫌い」

「はあ」


 また変な会話をしてしまった気がする。意味のない会話だったかもしれない。そもそも、俺達のやっていることに意味なんてあるのだろうか。そんな疑問に、ぶち当たりどうしたらいいかわからなくなって、苦悶する。そして、いつか意味がないものが意味があるように感じて解決する。そうやって日常が過ぎていく。


 意味なんて、誰にでもそこにあるかのように捏造ねつぞうできる。そんなものに、自分は価値を見出していけるのか。異世界で生きていくことに、どれほどの価値があるのだ。災厄を退治して、それが、絶対的な正義として祭り上げられて、それで、そんなんで、世界は大丈夫なのか。イドラよりもっと、悪いものはないのだろうか。例えば、だれとは言わないけど。だれとは言いたくないけれど。そんなのわからないじゃん。だれも明言しないじゃん。反論できちゃうじゃん。そんな、わかんないことだらけな世界で、だれも傷つけたくない。


 世界は面白い。不安があるから、その反対がある。時間とともに、俺はいったいなにを感じるのだろう。


「はは。まじ卍」


 俺は笑った。と、そこで、薪を持ってきた守屋森がやってきた。今日は外でキャンプファイヤーでもするのだろうか。フォークダンスもするのだろうか。まあ、そんなことはしないわけだけど。外の魔物がいるフィールドでフォークダンスってどんな浮世離れした奴らだ。


「薪に火を起こして、かまどでご飯を炊くんだ」

「原始的だなあ」

「そうか? 現時代的だろ」

「うまくできそうか?」

「やってみないと、わからない」

「初めてのチャレンジかよ!」

「違う。初めてじゃない。やったことはあるんだ」

「なんかその言い方では、信用できないな……」

「ねえ。まだなの、ご飯」


 エレナが待ち遠しそうにしている。……まだ火を点けたばっかりだというのに。それにしても、どうやってかまどをもってきたんだ。加熱するための土台とか、ここまで持ってくるの大変だっただろう。


 しばらくして、ご飯ができた。米だけで、おかずがない。だけど、感動的にうまかった。生命危機の極限状態で食べる白米ってこんなに美味しいんだ。


「つくってくれた人に神感謝」


 こういうときに、守屋森が仲間になってくれてよかったなと感じる。あのとき、頑張って仲間にしてよかった。炊事が得意だなんて、見た目では、全くそういうようには見えなかったからびっくりだ。


 俺達は腹を満たしてから、近くの洞窟で眠りについた。よくこんな野外で、眠りにつけるよなあと思う。魔物は火が嫌いなのだろうか。全く近くに魔物の気配がしない。もし、魔物以外に襲われたらどうするんだって感じだが、みんな、平然としている。寝付けないのは俺だけか。


 近くに無防備に腹を出して寝ているエレナがいた。寝相が悪いせいで、毛布はそばに落ちている。それを拾って、腹にかけた。しかし、すぐに、蹴り飛ばされてしまった。いったいどういう仕様だ。一メートルくらい毛布が飛んでいったぞ。それをわざわざ、取りに行って腹に被せてみたら、やっぱりすぐに蹴り飛ばされる。


 その繰り返しをして、だんだんイライラしてきた。


 毛布と俺の体重を使ってエレナの全身を封じこめてみた。上から覆いかぶさる形になるが、気にしない。どうか誤解なきことを願う。これは、毛布を蹴り飛ばされないための処置だ。まさか、俺がこんな場所で欲情したりするはずがないのだ。


 切に願う。


 これは、エレナのお腹を冷やさないための最低限の必要な行為だ。倫理的にも許されると思う。それが、まるで、上から両手両足を広げて抱きしめているように見えてしまってもだ。そこだけは勘違いしないでほしい。強姦なんて、クズな真似はしない。そう、ただ、足が滑ってしまっただけなのだ。毛布をかけようとして、足が滑って、壁ドンならぬ床ドンをしてしまっただけなのだ。


 だから、どうか。


「おいなにしてんだよ。てめー」

「いや、ちょっと、人肌が恋しくなってしまって……」

「おい」

「はい今すぐに、退きます。ごめんな」

「いや、そのままでいい」

「……」


 なんか、怖い。デレたあとに死ねとか平気で言ってくるからな。ここは慎重になろう。


「いや、嘘でしょう?」

「嘘じゃねーって。ほらもっと近くに寄れ。人肌が恋しいんだろ?」

「俺はノンケだから、人肌が恋しいんじゃなくて、異性が恋しいんだけど……」

「じゃあいいじゃねーかよ。私は今、お前に押さえつけられてどうすることもできない。このまま、好き放題にできるぜ? やってみろよ」

「強姦にならないのですか?」

「ならない。だって私はこんなにも、八代夢黒くんのことを受け入れちまっているんだから」


 怖えよ。そのデレが怖い。デレた後のツンが怖い。ここで俺はどうしたら……。


「いや……。このままでいい。俺の真の目的は風邪をひかせないように毛布をかけることなんだから」

「くは。この図ってお前が私を押し倒してるようにしか見えねーぜ?」

「はは。まあ、そうだな」


 なんだか、笑った。今日はどうやらデレる日らしい。つっけんどんじゃあないらしい。それは、それでいいと思う。デレるだけのヒロインとか、最高じゃないか。至高じゃないのか。この現場。


「あ、どさくさに紛れて、私のおっぱい触ってきた。嬉しい! いますぐに自害しろ!」

「触ってねえ! 俺が触ったのは肩だ!」

「嘘つけ! もっと触れ! 揉みしだけ! そして、死ね!」

「……」


 死んでほしいらしかった。物騒すぎるヒロインだ。なにを考えているのか、全く読めない。


「あ、あれ。なにを二人で楽しんでいるのですか?」

「リザたん!?」


 リザたんにこんなところを見られたら、恥ずかしい。


「こ、これは、ち、違うのでせうよ? これは、ただ、毛布をかけようとして……」


 ちょっと言葉に詰まった。どうして、俺は毛布をかけようとしただけなのに、こんな結末になってるんだ。弁明の余地がない。どうするよ、これ。


「八代様……」

「はい」

「八代様って」

「はい。なんなりと」

「優しいですね」

「……」


 優しさについて、リザといますぐに論じたいところだ。人間にとっての優しさとはなんなのか。環境に優しくしたいなら、人間を減らすべきだと思う人はいるだろう。


「それは、つまり、俺がリザにとって都合のいい人だってことをいいたいのかい?」

「そうじゃありません!」

「なあ。エレナはどう思う? 優しさってなんだ?」

「知るかよ」

「ああ。おはよう」

「ヤモリさん。おはよう」

「ヤモリじゃない」


 ここで守屋森さんが起きた。なんと、みんな起きている。なのに、俺は手枷をしていない。全裸ではない。なんか、最近、朝起きたら手枷と全裸がデフォルトみたいになってたから、新鮮だ。まさか、普通に朝を迎えることができる日が来るなんて。


「今日は、どうする? イドラ先生を探しに行きますか?」

「もうやめようぜ。探したってラチがあかない。お前だって、そう思うだろ?」

「うん。そうだね。ラチはあかない。だけど、約束したんだ。長老に。なんとかするって」


 アイラブ長老。長老との約束だけは絶対に守るぜ。


「なんとかって、それができないから言ってんだろーが。馬鹿か」

「俺が馬鹿かどうかは瑣末さまつな問題だ。できるかどうかも、やってみないとわからない。やってみたら、どうにかできるかもしれないじゃないか。厄災イドラをどうにか、できるかもしれないじゃないか」

「どうにかって、どうするかはまだ決めてないのな」

「ああ」

「頭、おかしいんじゃねーの」

「その通り」


 なんとかするには、イドラに合わなければならない。なんとか、してやるぜ。で、どこに行けば会えるんだ。昨晩寝ていた洞窟の中にでもなにか手掛かりがあるかもしれない。行ってみよう。


「行くのかよ」

「ああ。ランタンを持ってな」

「遭難したいのかよ」

「だって洞窟ってワクテカするだろ?」

「ワクワクな」

「まあ、そうとも言う」


 中に洞窟の中は真っ暗だけど、ランタンの灯りで少しは先が見える。歩いていると、コウモリを発見した。


「メルトメルトメルト」


 倒した。容赦なし。地下を進んでいくと、だんだんと出てくる魔物が強くなっていた。だが、四人パーティの俺達の敵ではない。向こうがこちらに気づく前に総攻撃を仕掛けるまでだ。


「メルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルト」


 少々やりすぎてしまうのはご愛嬌。魔物からしたら絶対、ご愛嬌じゃないけど。まあ、そんな感じで、最下層まで進んでみると、そこには大型の魔物が、いた。


 ヤマタノオロチと呼ばれる魔物らしい。伝説の生き物じゃないか。それと、戦闘になるなんて、やばい。俺は、みんなにこう言った。


「俺一人で楽勝」

「おまっ」

「メルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルト」


 白目を剥いている仲間を背に、俺は呪文を唱え続けた。ヤマタノオロチは何度も怯み、最後には、跡形も残らずに溶けていった。やっぱり、楽勝だった。


 ちょっと強くなりすぎたかもしれない。さっきから、ずっと全身からパワーがみなぎるような感覚がある。きっとこれはレベルアップをしているのだろう。経験値が多かったから、今ので五レベルは上がった感じがする。……全部MPに吸収されるが。


「おいみんな! どうして急に無言なんだ!?」


 みんな、なぜか遠くの景色を見ながらぼうっとしているようだ(洞窟なのに)。いわゆる、遠い目というやつだ。俺が、なにかやらかしてしまったのだろうか。ごめんな。なんとなく、心の中で謝ってみた。すると、守屋森さんがこう呟いていた。


「拙者の出番……ないのう」

「ごめん。こんなはずじゃあ……」

「いい。これが遠距離攻撃をブッパできるお主と拙者との戦力の決定的な差じゃ。気にするでない」

「ああ。こいつは私達なんていなくても、一人で生きていけるんだ。どうせ私達なんていなくてもな……」

「あ、あの一緒にいたらご迷惑になるのでは……?」

「そ、そんなこと……」


 俺は言葉に詰まる。なんだこの空気感。まるで、俺が強くなり過ぎて、仲間が足手まといになっているような、そんな空気感がする。べ、別にそんなこと思うわけがないだろ。そ、そうだ。仲間がいるから、ここまで、これたんじゃないか。そのことを伝えないと。


「感謝!」

「……」


 言いたいことが、伝わっていないようだった。不甲斐ない。俺の最強の語彙力ではこの程度が関の山だ。


 あ、魔物を倒したことで、RPGでお馴染みの宝箱を見つけることができた。さっそく開けてみる。


 そこで見たのはなんの変哲もなさそうな、壺だった。なんか……これからの展開が読めてきた。これ、封印の壺じゃね。イドラ先輩を封印するための壺じゃね。


「……」


 遠目をした。


「どうしたの? 壺なんか持って。そんなの荷物として嵩張かさばるだけだろ?」

「まあ、ちょっと重くはあるんだけどね」

「まさか、そんなのがいるの!?」

「おう。もし、この行為を止めたければ、俺を殺すしかないだろう」

「どんだけかたい意思なんだ……」


 ひかれた。死ねよって言われるかと思ったのに。……死ねよって言われるかと思う仲間ってのも、どうか思うけど。最近エレナたんが死ねって言わなかったら、なんだかデレてるんじゃなかって錯覚してしまう自分がいる。まあ、これでどれだけいつもエレナたんが俺に死ねと言っているかがわかるというものだけどな。


 洞窟の出口に向かおうと思ったが。だいぶ体力を消耗していたので、ここで眠ることにした。ランタンの灯りを消したら世界は真っ暗になった。


 俺は壺を大事そうに抱えながらも、うとうとと睡魔に襲われてきて、眠りについた。


 起きたら、壺の感触が手にはなかった。そのかわりにあったのが生暖かい人肌。すべすべとして柔らかくて気持ちがいい。夢見心地で、なんだか心地よくて、ずっとそれを抱きしめていたかった。膨らみと、弾力のあるものを触ってみた。くびれの曲線も美的で、素晴らしい。これは、抱きしめ心地がいい。首元を嗅ぐと暖かいいい匂いした。くんくん。


「おい。拙者の身体でなにを遊んでおるのじゃ」

「……」

「寒いからくっついておるのか? お主は野生の動物みたいだのう」

「あ、これが、この身体が、ヤモリ」

「ヤモリじゃないわい」


 なんで、守屋森さんが女性的なんだ。そ、そんなのおかし、くはないのか。うーん。どうなんだろう。


「とりあえず、手枷しとくとするかのう。いつものことじゃが」

「……いつものことっ!?」

「お主、もしかして覚えておらんかったのか?」


 ま。まさか、眠りに落ちて、それから無意識のうちに夜這いをしていたのか。全然、記憶にない。いままでが、ずっとそうなのだとしたら、俺はなんてことを……。ごめんな。


 こうして俺の手には枷をつけられた。無様である。しかも全裸だった。服は仲間が持ってくれているが、これが情欲の虜になっている俺に対しての罰なのだとしたら、ちょっと間違えていると思う。手枷にはリードがつけてある。その紐を持っているのが、なぜかリザだ。


「そこはエレナじゃないのな」

「ご、ごめんなさい。八代様にこんな醜態を晒してしまって……」

「い、いえ。いいんです。俺がいけないんですから、謝らないでください」

「ご、ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」

「……どうしてそんなに謝るんですか?」

「だって、こんな姿の八代様に対して、わたくしは嗜虐心を掻き立てられているんです。こんなの、ダメですよ」


 全裸で拘束されてる俺をリードで引っ張っているリザたんは嗜虐心を抱いてしまったらしかった。……なんか、すごい方向に目覚めさせてしまったな。男性に対するトラウマとか、もう克服しちゃってるんじゃないだろうか。俺を虐めることで。


「ほ、ほら。早く行かないと、ダメなんですよ」


 そう言ってリードを引っ張る彼女は楽しげだった。遠慮気味に、嗜虐的な笑みを向けられた俺は、なんというか、うん。この上なく不気味だなと思った。人間の本質というか、内面みたいなものが見えてしまうと、恐怖で足がすくむんだなということを実感した。


 正直、ブルってる。超怖い。


 エレナたんよりリザたんの方が千倍怖い。リザたんの表面だけの乾いた笑みを見るだけで、エレナたんの辛辣な会話なんて漫才みたいなものだと思った。


「ねえ。どうしたのですか? 早く行かないと、遅れてしまいますよ? 早くして、くれないの? ねえどうして」

「あ、はい。いますぐに行きます。行きますからっ。だからどうかっ命だけはっ!」

「なにを言ってるのかしら。おかしな方」


 全裸の俺の全身を舐め回すように見てうふふと笑ったあと、前に向き直って歩き出す。それにつられるように、俺も後をついていく。この図はまさにご主人様についていくペットのようだ。主従関係が強固ものとなってしまった成れの果て。奴隷のようではないか。ふざけるんじゃない。奴隷なんて、そんなのやっていいことなはずがない。俺は怒ったぞう。


「あ、あの……やっていいことと、やってはいけないことがあるでしょう?」


 怒った。


「そうですが?」


 疑問形で返されてしまった。


「いや、そうですよね。ちょっと聞いてみたくなって……つい」


 MP全振りな俺ではだれかを叱ることなんて無理だったのだ。悲しす。


「では質問は終わりですね」

「……さいですね」


 真っ暗な洞窟で、俺はいったいなにをしているのだろう。なんで、俺は手枷をしているのだろう。疑問だ。疑問すぎる。なんで服を脱がされたんだ。理解ができない。どうして、こうなった。


「ったく、自分が蒔いたタネだろうがよお」

「ちょっと、いまのよく意味がわかりません」


 意味がわからなかった。頭が弱すぎる。詮無い、仕方ないし、どうしようもなかった。


「そう言ってる時点でお前は勇者失格なんだよ」


 エレナたん。読心術のせいで、俺が独り言を言ってるみたいになってる。よし。この性質を使って、なにかメッセージを送ろう。エレナたん可愛いエレナたん可愛いエレナたん可愛いエレナたん可愛いエレナたん可愛い。


「お。おまっ。それ、反則だっ」


 照れた笑みを浮かべるエレナさんは可愛いかった。これぞ、至極の笑み。天上天下一品な笑みだ。まぶしすぎる。女神すぎる。ビーナスか。うう。まぶしすぎて、目が開けられない。この光は、日の当たらない闇の世界で生きてきた俺には耐えられない。死ぬ。


「へへ。う、嬉しいこと言ってくれてんじゃねーよ。早く死んじまえ。お前なんか嫌いだよ」


 デレツン。きた。これが、俺が求めていた愛だ。これか。これなのか。ようやっと見つけたぞ。これが、俺が追い求めていた完成形。デレツン。至福のひと時からどん底に落とそうとする彼女が、好きすぎる。ダメだ、耐えられない。


「あ。あのう、八代様、さっきから身悶えていますが大丈夫でございますか?」

「大事には至らない。大丈夫だ。エレナたんと会話したことでだいぶ調子を取り戻してきた」

「え。いえ、エレナさんと会話して身悶え始めたのですが……」

「……う、胸が苦しす」


 やっぱ、俺、エレナたんのことが……。


「さ、さっきからなんなんだよお前はよお! 言いたいことがあんならはっきり言えよ! 全裸で正座させるぞこのクソ野郎!」

「もう既に全裸だから正座するくらいのことわけがないのですがですが……」

「そこは羞恥心を感じろよ! さっきから恥ずかしいことばかり羅列しやがって! お前みたいなクソはなあ! さっさと便所に流れて跡形もなく消えろよ! この世から消えろよ! 死ねよ! ウザいから!」

「……エレナたん」


 貶されても、その言葉の真意を俺は感じてしまうんだ。あまりの重みがなくって、薄っぺらい単語を並べただけの、そんな嘘のようなものに俺は騙されない。たまらなく彼女が愛おしいと感じている。そんな俺は、やっぱりM気質なのかもしれなかった。そんな気質、望んじゃあいないけれど。


 ただでさえいま、手枷に全裸状態で大変なのに、他人に暴言を吐かれてそんな風に思ってしまう俺って……。


「はは」


 なんだか。笑った。

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