M5
順調にいってると期待していると、後で失望するのが世の常ではあるのだろう。俺達は、目の前の光景に唖然としていた。それは、大きな巨体を揺らしながらやってきた。いや、それにしても大きすぎる。ゴジラかと思った。そのくらいでかいのだ。
「ーーイドラ」
彼女達はそう言っていた。それがフィールドを横断する姿を、じっと見ていた。桁違いだ。普通なんて、そんな概念すら崩壊してしまうほど、笑えてくる巨体だった。なにが普通なんだ。この世界に、あんなのがいて、なにが普通だ。馬鹿馬鹿しい。はは。
「追いかけてみようか」
「おい正気!? あれだけはダメだ。神話に語り継がれる災厄イドラ。あれに近付くことが、どれだけ危険なのかわかってないだろ!」
「わかってない。だけど、なにか胸騒ぎがするんだ」
俺は走って追いかけた。人間の走るスピードでは、追いつかないだろうけど、それでも、走った。奴がどこに行こうとしているのかが、気になったのだ。
「あ、あれは、さっき俺達がいた街じゃあ……」
「もしそうなら、ただじゃ済まない……。なんてことになってんだ。もうお終いだろあんなの」
「諦めてはいけません!」
リザが声をあげた。
「走りましょう。あれが、なんなのか、まだ正確にはわかりませんが……。いまは、力を合わせて、突き進みましょうよ」
「そ。それもそうですね」
俺達は走った。やっぱ、乗り物がないのキツイなあ。足が疲れてきた。くたくたで、もう、横になったらすぐに寝れそう。やばい。なんだか、眠くなってきた。走りながら、眠くなるなんて前代未聞じゃないのか。人間として、どこかおかしいのだろうか。
「ぐー」
「寝てるー! 寝んなー!」
横になって寝ている俺を、エレナがビンタでしばいた。すると、少し眠気は抜けてきた。だいぶ、楽になってきた。目を開けたら、あの怪物はもう、どこかに消えていた。あんな巨体が簡単に消えるなんて、ありえないような気がする。やば、また眠気が。
「ぐー」
「さあ、行こう」
「……」
俺のことは無視されて、先に行ってしまった。ちょっと寂しす。
「どこに行くの?」
「長老のとこだよ。つーか。お前は、そこで大人しく寝てろ」
「魔物に襲われるのですが……」
「襲われるのが好きなんだろ?」
「なんで、そうなるの」
ところで、長老とはなんのことだろう。どこにそんな人がいるのか詳しく聞きたかったけれど、まあ、彼女達についていけばなんとかなるのだろう。なんか、俺って金魚のフンみたいだな。金魚のクソみたいだ。嬉しい。
長老と呼ばれる人のところに着いた俺達は、さっきのことを伝えた。そいつは白ひげをさすりながら、興味深そうに話しを聞いていた。
「それは、厄災だのう。厄災イドラ。奴は魔女エスリードの手によって、千年も前に現界に現れた存在じゃ。当時の英傑達がどうにか、奴を封印してこれまで平和な世界を保ってきたのじゃが、ついに封印が解かれたのかもしれん。もう一度奴がこの世界に姿を表したとなると、世界は終わりじゃあ」
「……さいですね。世界の終わりです」
なんか、同調した。世界の終わりかあ。世界。世界。この異世界がなくなったら、もとの現実世界に戻って来られるのだろうか。確証はないけど、無理なきがしていた。そもそも、俺が死んだら、もうお終いな気がする。全てがお終いだ。俺が死んだら俺にとっての世界の終わりだ。長老の思ってる世界の終わりがどんなのかは知らないけど、世界、とりあえず、なんとなく救っとくとしますかね。
「任せてください。その厄災が世界になにをするのか知りませんが、なんとかします」
「おま、なんとかって、なにするんだよ。あの大きさだぞ。なめてんのか。ああん」
「なにもなめてませんよ。ただ、これは決意表明ですよ。俺が、勇者になって、奴を、そして、厄災イドラを。魔女ドエスリードを」
「エスリードな」
「なんとか、します」
俺は真顔でそう言った。なんとかする、だなんて自分で言っていて笑えるほど、都合のいい言葉のように思えてくるんだけど、でも、まあ、その気持ちは本当だ。だって、なんとかしたい気持ちは嘘ではないのだから。いいだろう。たまには、格好つけても。
すると、リザが恥ずかしそうに俯いて言った。
「つ、つまり、八代様は、ドエス魔女になんとかリードされたいと、そういうことで、ございますか」
「ん」
なんか、おかしいな。俺、なにか、言い間違えたかな。すごい誤解を生んでるような気がしてならないのだが。まあ、いいだろう。誤解したい人には、誤解させておいてかまわないだろう。……なんだよ、ドエス魔女になんとかリードされたいって、まったく見当違いもいいところだ。
「違う。俺はリードされたいんじゃない。リードしたいんだ」
「なにをだよ!?」
エレナがツッコミを入れたところで、ようやくお話しは区切りを迎えて、長老ともお別れした。
道中、なんだか、笑えてきた。勇者になる? この俺が? はは。自分で言って、その滑稽さに呆れてくる。俺ほど、勇者に相応しくない人間なんていないっていうのに。
今日もゼネディ街は平穏だ。さっきの巨体の怪物は、この街を崩壊させてなどいなかった。運良く進行方向がズレたのだろう。
「でさ、どうやって見つけるんだよ。でかい口を叩いておいて、なにも考えてなかったなんて言わねーよな!」
「なにも考えてませんでしたです。ごめんな」
「そんなんでどうやって見つけるんだよ! そして、見つけたところでどうするんだよ。どうやって倒すんだよ」
「心配する必要はない。俺が、なんとかする」
「なんとかって、なにするんだよ」
「ごめんな。なにも考えてない」
「死ね」
また、死ねと言われてしまった。悲しす。これからのことをなにも考えていない俺では、そんな風に言われるのは、仕方のないことなのかもしれない。
あー。全然、考えてねえ。どうやったらイドラさんに出会えるのだろうか。餌か。餌で釣ればいいのか。まさか、そんな単純なわけがないのだけど。
「リザ。なにかいい考え、ない?」
「わたくしですか? たいしたことではないのですが……」
「そう、それいいね。賛成。それにしよう」
「いいんですか? これで」
「いいんですよ。いいんです。ありがとう」
「優しいんですね」
「優しいにも色々あるけどね」
「なんですか?」
「率直に自分の意見を言える人は、優しいよね」
「……難しいです。わたくし馬鹿だからわからないです」
「どうして、自分が馬鹿だとわかったの?」
「周りと比べたらわかりますわ」
「なんで周りと比べるの?」
「でも、だって、それが普通でしょ?」
とりあえず、リザに言われた通りに、聞き込みをした。ここら辺で大きな怪物を見たことはありますか? どの方角に進んで行きましたか? 質問した。たいていの場合、無視されたり、愛想笑いを浮かべながらも、雑談に話しをもっていこうとする人がわんさかいた。わかりません。それだけでいいのに。みんな、そんな話しは興味がないとばかりに、俺の話しをそらしてくる。
根気よく聞き込みを続けていると幸運なことに、数人の目撃情報を入手することができた。やはり、近くまでイドラは接近していた。彼らの話しをもとに、隣の街まで行ってみることにした。その方角に、怪物が進んで行った可能性が高いらしいのだ。
「よし。行こう」
「い、行くの……?」
ノリきじゃないエレナだった。なんだ、その、まさか本当に行くとは思わなかったみたいな反応は。全然、信じられてないじゃないか。俺が、長老に嘘をつくわけがないだろう。アイラブ長老。
「よし。なんとか、しようぜ」
「なんとかってなんだよ。まったく」
そうして、向かった街がメスティア街だ。見るに、あまり栄えた街ではないようだ。行き倒れている人間を何度か、見かけた。痩せ細った、子供達が俺に群がりなにかちょうだいと言ってくる。仕方なく俺は全財産と、スプリングコートを子供達にあげた。全裸である。全裸だ。やべ。露出狂だ。
「さあさ、エレナさん。リザさん。君たちも、この愛す可しと書いて可愛い子供達に、全部を差し出しなさい。全裸になりなさい」
「ぶっころ! される前に、早く服を着ろよ! 私にぶっ殺される前に! お前が、そんなお人好しな大馬鹿野郎だとは思わなかった! 死ね。されるがままになってんじゃねーよ」
だって仕方ないじゃないか。だって俺、MP全振りだもん。されるがままだもん。だってしょうがない。しょうがないじゃないか。
と、そこでリザさんも俺の言葉に頷き、上着を脱ぎだした。……なんて、従順ないい子なんだ。たぶん、俺より年上だけど。
「なんでリザも脱いでんの!? あんな奴の言うことなんて聞かなくていいんだよ!?」
「そ、そうなのですか? ですが、八代様はわたくしの恩人です。悪いことを言うわけないのでございます」
「いや、悪いことになってないけど……ていうか、そうやってだれかの言うことばかり聞いてるから、なめられるんだよ。男にいいようにされて、嫌な気持ちにならないの!?」
「……」
うん。今のは俺が悪かった。
「ごめんな。やっぱ、全裸にならなくていいよ。全裸になるのは俺だけだ。リザはやらなくていい」
「可憐なお嬢様になんてことをやらせてんだお前は!」
叱責された。まあ、これも仕方ない。あと、この街を歩き回っていると住民に変態呼ばわりされて大変だったので、俺だけ街の外に追いやられた。全裸で、追いやられた。悲しす。
仕方なく、夜は外で野宿することになった。道端で見つけたタルを拾って、底をくり抜き、視覚用の穴を開け、中に入った。ふう。狭いところは安心する。暗闇は落ち着く。今日のところは、これで魔物に襲われないでこと無きを得るだろう。なにも、得てないよなあ。俺はもう少し、恥じらう気持ちを得た方がいいような気がする。全裸でタルの中に潜んでる男とか、何者だよ。
即刻、通報もんだ。
はあ。日が暮れてきたし、もうそろそろ寝るかな。ん。地平線のあたりから徐々に近づいてくるものがある。ま、まさかイドラか? そう思ったのは束の間だった。そいつの外観はもう、明らかに魔物のそれではなかった。そして、人間でもなかった。俺は遠い目をした。遠くの空を眺めて、いま見たことを忘れようとしていた。
それは、タルだった。タルが、ひとりでに動いていた。
「なんか、いる〜。俺とおんなじことしてる奴がいる〜」
なんか、タル同士としてエンパシーを感じた。つらいよな。タルの中って真っ暗で寂しいよな。いったいどんな奴が入ってるんだろう。興味をそそられたので、俺も近寄ってみた。タルのまま。
タル同士は徐々に距離を詰めていった。……向こうも俺のことに気づいたのか、最初、戸惑ったように動きを止めたのだが、敵ではないのだと悟ったのか、徐々に近づいてくる。そうだ。俺は敵じゃない。俺達は友達だ。さあ、仲良くしよう。
徐々に接近する二つのタル。この図は、まずい。何者かに見られたら、きみ悪がられそうだ。だが、ここで挫けていては、隠密大好き少年に顔向けができない。俺は、これでいく。タルでいくのだ。
距離は僅か三メートル程になった。相対するタルが止まったので、俺も止まった。
「そこでなにをしている」
声がした。研いだ刃物のような鋭い、声音だ。濁りがない聞きとりやすいその声に、俺は不意を突かれた。唖然として黙ってしまった。そして、しばらく沈黙の時間が続いた。
もう、タルを剥いでしまいたい気持ちだった。だが、それができないのは、向こうがなにを考えているかわからないからだ。そもそもタルに入っているという時点でそうとう不審だ。なぜ、あなたは、タルに入ろうと思い立ったのですか、と質問したい気持ちが溢れてくる。俺もだが。俺もタルに入ってるが。
「拙者。無用な殺生はしない主義なのじゃが、いいのかのう。ここでひと……タル殺めてしまっても」
沈黙を破った言葉が怖すぎた。俺を殺す気だ! それに、ひとタルって! 俺の本体はタルだったのか!? あれか。メガネキャラに『あいつの本体はメガネだから』って言うお決まりのネタか。そうだとしたら、こいつ、できる。
「無用な争いはしたくない。だが、そのタルから出てこないのであれば、強行手段にでるしかあるまいな」
「や」
「ん。なんだ、聞こえんぞ」
「や」
「うんん? さっぱりわからん」
俺は意を決して言う。やめろと。
「やメルト!」
すると、相対するタルは溶けながら燃えていた。
「あち! あちぃーーー!!」
熱そうだった。タルに足が伸びて、一生懸命に砂の上を転がっていた。砂で消火できると思っているのだろうか。あまい。
「メルト」
「ぎゃーーーーー!!」
なんか、ごめんな。俺は、謝辞を伝えようと、
「メルト」
タルが溶けていた。とろける美少女とかとろける美男子とかではない。比喩ではなく、溶けていた。ごめんな。これで、もう、終わりだ。
「おい。助けてくれ! タルが、は、外れない!」
「外してあげよう」
「あ、ありがとう。命の恩人じゃ。神様仏様じゃ」
「その言い方照れるからやメルト」
断末魔が聞こえた。きっと、俺は悪くない。もちろん。殺す気はなかった。きちんとタルだけを溶かしたつもりだ。だから、ダメージ自体はくらっていないはずだ。はずだ。気絶してるけど。
「おい。起きろ」
「あ、あれここどこじゃ。天国のよう」
「お前、ここが天国だと知って……」
「じゃろう。拙者にはわかる。ここは死んだあとに訪れることになる楽園であろう」
「あ、あんた」
「ところで、どうしてタルがしゃべっておるのじゃ?」
「……」
もうバレる。そう思った。だが、バレなかった。天才かあんた。
「あの、どうして、タルに……」
「ああ。拙者は間違えてしもうたのじゃ。まさか、最初の画面で上昇値を割り振るとは思わなかった。なんとなく、ATに全部、ポイントを振ってしまったのがいけなかった。あの時のことは悔んでも悔やみきれんのう」
「え。もしかして紙装甲でいやっしゃいますですか?」
「防御力は薄っぺらい紙じゃ」
そんな堂々と言われても……。この人も、現実世界からゲーム異世界に転移してきたのだろうか。だとしたら、説明に納得がいく。パラメータの上昇値を全部、攻撃力に振ってしまったのだとしたら、防御力が弱すぎてワンパンで死んでしまう。だから、隠密のためにタルの中に潜んでいたのだろう。
「あの、タル同士、お友達にならないか?」
「ええよ。拙者の名前は守屋森。よろしくじゃ」
「ヤモリさんですか?」
「守屋だよ。それ、地味に傷つくんじゃが」
傷つくらしかった。人間て脆いなあ。俺はとりあえず、さっきのことを謝った。メルトしてごめんなさいと、謝った。そしたら、寛容に許してくれた。……優しすぎる。お詫びに、タルを探しにいくことになった。タルがなければ、彼(もしくは彼女)も、俺もこのフィールドを生きていくのは困難なのだ。
「ところで、もうそろそろ、タルを取ってもらえんか? 拙者はタルと友達になりたくなんぞない」
「いえ。ダメです。だって俺……」
全裸だもん。そんなことしたらただの露出狂として、認識されてしまうもん。だから、タルは取らない。
「そうか。事情は知らぬが訊かんでおこう」
わかっていただけたみたいだ。それから、いくあてもなく歩いていたら、あ、あんなところにタルが、という感じでタルを見つけた。見つけたはいいが、その周りには魔物達がうろついていて、タルを持ってここから離れるのは難しそうだ。
さっそく、タルの中に入ってもらった。
これで、二つのタルがフィールド上に再現した。まだ、魔物はこちらに気づいていない。
「……」
「いいか。死にたくなければ絶対に動くなよ」
俺は警告した。したはずなのだが、タルがプルプルしてる。タルってプルプル振動するのだろうか。不思議なことがおこるものだ。
「あれ、もしかして、ブルってる?」
「せ、拙者がこの程度の雑魚にビビっているとでも申すのか」
「……さいですか」
なんか、可愛い奴だなあ。守ってあげたくなっちゃうぜ。
「まあ、そこでおとなしく見ていてください」
「なにをする?」
「全体魔法」
俺は大きく息を吸った。
「メルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガ」
「なんだ、この惨状……」
辺りは、ドロドロの粘土と化している。つまり、ここを中心に円を描くようにして生物が忽然と消えていた。まあ、あんなにMPを消費すれば、こうなるよなあ。詠唱時間キャンセルってチートだろ普通に。不意を突かれて攻撃されたら即死の紙装甲だけど。でも、隠れていれば安心だ。タルの中は極楽極楽。
「どうした?」
「いや、つい白目を剥いてしまった。人生で初めてかもしれんのう。驚きのあまり白目を剥いてしまうなんぞ」
「おまっ白目を剥いてたんだ……。すげぇ」
漫画のガラスの仮面を思い出した。あんな感じになっていたのだろうか。だとすると、少し、驚かせ過ぎたかもしれない。反省しよう。
さて、これからどうしますかね。とりあえず、この人を仲間に……。
「守屋森を仲間にしますか? はい。いいえ」
「……悩むなあ」
「悩むな! 即答じゃろうそこは!?」
すっごい悩む。仲間にしたくないなあ。うーん。頑張れ俺。頑張って仲間に……。く。
「……はい。な、仲間に、なりましょう」
「なんじゃその嫌々感!?」
「べ、別に、嫌なわけ、ないじゃ、ないか」
「たどたどしい片言になってるのう……」
そんな感じで、一人仲間になった。これで、戦力ができた。……攻撃特化の戦力が。防御力が紙ってる二人をどうやって守りながら、戦うのかについて、想像がつかないのだが。まあ、なんとか、なるだろう。死んだら死んだで、いいや。いや、死んでしまったらなんとかなってないような……。
あと、俺がしないといけないのは、服探しだ。
「あのー。申し訳ないのですが、いま着てる服を恵んでくれはしないですか?」
「全裸なの?」
「……さいです」
「服を散々に溶かされた拙者は服を一枚しか着ておらぬから、お主にあげてしまえば……」
「……ごめんなさい」
そういうことか。あー。これは、もう、メスティア街で衣類を買うしかないだろう。選択肢が、一つしかないのか。
とりあえず、メスティア街に行った。タルのまま。因みに守屋森がタルなのではない。俺だけがタルなのだ。健全な人間の姿である守屋森さんの後をついていくことにした。俺はペットか。もしくは追跡型ルンバか。
「こんなんでいいでござるか」
「なんで、女物の服なんだよ……」
俺の声を聞いて、なぜ女性だと思ったのか甚だ疑問なのだが、守屋は目の前のタルが男性だと知って驚きを隠せない様子だった。……白目を剥いていた。
「なんで、白目になるんだ。……驚き過ぎだろ」
「ま、まさか、気づかなかった。拙者、不覚じゃった」
察しろ。そこは、この特有の低い声で察しろ。俺がそんなのを着たらオカマになるだろ。いや、オカマ属性も……悪くない? 悪くないのか? どうだろう。うーん。やっぱ、やめとこう。
「じゃあ。これにしようじゃ。コート」
「……」
つい最近、着ていたスプリングコートと似ている。いいか。それで、もういいや。うん。それにしよう。おーきーどーきー。おーきーどーきー。それ買うわ。
これで、俺は全裸変質者を脱することができた。
「でも下着着てないからバッとやれてしまうんだよなあ」
「バッてなんのことじゃ?」
「犯罪行為だよ」
「バッてやるのが犯罪行為なのか」
「人様に不快な思いをさせたら罪になるんだよ」
「そりゃあそうかもしれんのう」
「特に男は喜ばれない」
「……そりゃあ、のう」
まあ、人生ってしてはいけないことが、しないといけないことよりも多いからなあ。だから、男は草食系になったのではないのかなあ。あとあと、困ったことにならないための知恵だとは思うんだけど。まあ、それはそれで。露出狂はマズイよなあ。これはしてはいけないことだろう。しないといけないことではない。
スースーするぜ。
「ああ。こういう時、俺は女性に生まれれば良かったなって思うよ」
「お主は根っからの変態気質なのだのう」
「ち、違うよ。わ、わざわざ、道行く人にバッてやるわけないだろ。そんなことしたら捕まるわ。SNSで投稿するんだよ」
「だいぶタチが悪くなってるじゃろうっ!?」
そんな雑談をして、だいぶヤモリ、守屋森さんと距離を縮めていけたと思う。最初に会ったときと変わらないかな。まあ、いいか。
「そんなことよりヤモリ」
「おいその呼び方はやめろ」
「これから、合流する仲間と、仲良くしてやってくれな。変わった奴らだけど、根はいい奴なんだ」
「根が変態なお主が言うのだから、そうなのだと信じておくとするかのう」
そんなこんなで、俺達は合流した。パーティは、これで四人になった。ずいぶん増えたなあ。変な奴多いなあ。俺を除いて。
「お前が一番変だっつーの」
そう言ったのはエリザだった。
「で、そいつは?」
「今日から仲間になる守屋森……ヤモリだ。よろしくしてやってな。両生類じゃないぜ。なんと爬虫類だ」
「それが本当なら、いますぐ、森へ返しな。うちでは飼えないと何度言ったらわかるの? 馬鹿なの? 死ぬの? え。めっちゃ可愛いじゃない。この子、撫で回したい。いたぶりたい。抱きしめたい。飼ってやるよ。仕方ねーな」
「はい。デレデレなこの美少女がエレナたんです。たまにツレないことを言いますが気にしないように。彼女は、ええ。このように一般的な人間より、少し、感情表現が不自由なところがあります」
「……じゃのう」
守屋森さんが若干、ひいてる。うん。これでよい。これで、誤解のない人物紹介が出来ているといえるだろう。正しい紹介だ。
「あと、こちらが、リザたんです。リザたんは、リザたんで、リザたんなのです。以上。証明終了」
「お、おい。ちょっと待て、紹介も証明も出来てないじゃろう……」
「こちらにおわすお方をだれと心得る! あの、あの、リザたんでござるぞ! 跪けえ!」
「ははあ! ってなるわけないじゃろ。なんだいまの情報量は。お主、もしかして、貴女のことをなにもわかっておらぬのではないか!?」
「うん。わかってないよ。名前もたまに忘れる」
「それのどこが仲間なんじゃああああああ!?」
なんか、高らかに声を上げられてしまった。そこまで言わなくてもいいのに。仲間に理由なんかいらない。条件なんか、必要じゃない。そうだとは思わんのだろうか。思わんのだろうな。
「ところで、この街でめぼしい情報は入ってきたのか?」
「ええ。イドラはいま、北西の方角にいる。いくつかの目撃情報もあった」
「そうか」
「いくか?」
「まだ。まだ早いよ。ゆっくりしよう。なんだか、眠くなってきた。なんだか、視界がぼやけて……」
俺達は宿屋に向かった。眠い身体に素直になって、俺は寝た。もちろん、明日がどんな状態になっているか想像する暇もない。ただ、俺は眠かった。
朝になる。早朝だ。あの朝だ。例のごとく、おれの両腕には手枷がしてあった。
「あれなんで、なにも履いてないのじゃ? 昨日、なにがあったのか覚えておるか? 拙者は……忘れた」
その声は守屋森。ヤモリは、夜行性なのか。俺の布団に入っていた。俺の身体をぎゅっと抱きしめていた。なんか、うん、どうしよう。この状況。とりあえず、俺は無抵抗でそのままのを維持した。人肌の温もりが身体全体で感じる。それだけだった。だって俺は、なにもしない。ていうか、手枷してるのでなにもできない。ただ、されるがままだった。はあ。受け身ってつらいなあ。
「ここで一つ質問いいか?」
「なんじゃ?」
「お前って、可愛いか?」
「それは男としてか? 女としてか?」
「どっちでもいい」
「どっちでもいいって。クソウケるのう。拙者は可愛いとよく言われるが、格好いいともよく言われるのでな、自分ではそういうの、よくわからんわい」
「お前って女だよな?」
「見れば、一目瞭然だろうに」
「お前って男だったのか」
「わざとらしいのう。クソウケる」
「はは。こんなぼんきゅっぼんの美体に抱きつかれるの初めてだ」
「拙者は男だぞ?」
「嘘つけ」
「なにを言っておる」
「それはこっちのセリフ」
俺達は笑った。笑いながら、俺はされるがままだった。無抵抗とは、そういうことだ。




