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M3

 ううぅ。お腹が空いてきた。ラディガを倒した報酬金は残ってるけど、それはあの魔法習得に使いたかった。早速、黒いテントに向かった。


「おはようございませう」

「……なんだ若人よ」

「金が溜まったので、メルトガ習得します」

「いいのか」

「あい」


 水晶玉に向かってなにかを唱え始めた。すると、水晶玉は跡形もなく消え、俺のなかに重厚なものが入りこんでくる感覚があった。これは、習得した、のか。


「おめでとう。これで、メルトガが使えるぞう。ただしMPの消費がメルトの二倍じゃ。全体魔法だが、MPに余力があるときに唱えると良いじゃろう」

「それについては、大丈夫でせう」


 俺は、このテントを出た。しかし、人気のない場所にきてから急に空腹と体力の限界に達して、行き倒れた。ばたんと、倒れた。折角、これで魔物を狩って金集めができると思ったのに、本末転倒だった。


「ううぅ。母ちゃん。俺、ここで死ぬわ」


 マザコンな俺は、母ちゃんを思い出しながら、空に天使を見た心地になりながら、身体が冷えてきて低体温症になりながら、これを餓死と呼ぶだよなと、ぼんやり思いながら、横を見やると地面にさっきの綺麗な雑草が一輪咲いていた。


「はん」


 幸福を感じながら俺は瞼をゆっくりと閉じた。


「お。こんなところにミイラ男がいる。なんか口に突っ込もうぜ。それ。全長一メートルのフランスパンを食らえ!」

「うが!?」


 俺は口に炭水化物を無理やり入れられた。そんなに大きいのは入りきらない。死ぬわ。呼吸ができなくて窒息死するわ。やめれ。俺を両手でそれをおし返そうと試みる。


「お、俺を殺す気?」

「ああ、お前の首に一億の賞金がかかってんだ。早く殺さねえとな」


 そうやってまた長過ぎるフランスパンを俺の口に入れてくる。やめろ。ほんとに俺を殺す気でフランスパンをぐいぐい奥に入れてくる。こいつ正気じゃねえ。相対する敵。エレナは俺を殺しにかかっている。そうはいかない。俺のフルパワーを見せるときがきた。どうやら、俺の本気を出すときがきたようだな。


「メルト」


 フランスパンは溶けていった。その溶けた液状の物体は俺の胃袋に入っていった。これで、餓死寸前の消化能力の低い胃に負荷をかけることが少なくなった。計算通り。


「や、やるじゃねーか」

「……」


 こいつは、一体全体なにがしたかったんだ。俺にフランスパンをぶち込むなんて正気じゃない。どうしてこんなところにいる。どうして、目が潤んでいる。たぶん、この漫才が泣くほど面白かったのだろう。


「お前なんか、死んでしまえばよかったのに」

「ごめんな。死ねなくて」


 また、物騒な会話だった。はーあ。ダメだこりゃ。そんなんじゃあ、物語として成立しないだろ。動機が不十分なんだよ。なんで、こいつは俺に話しかけてくるんだ。別に、理由もなくこんな場所まで来るか? 来ないだろう。


「言っとくけど、俺は、あんたのこと、嫌いだから」

「え。なに!? そんなの知ってるし! 私の方がお前のことを嫌いなのに、なんでそんなこと言うの?」

「なんでそんなことを聞ききたいの?」

「お前が、そんなことを言うからだろーが! ああ、もう。なんなんだよクソ死ねよ」


 エレナは激しく怒っているようだった。まあ、俺がそうさせたんだけど。どうでもいいよ。人間関係なんて。どうでも。はーあ。どうせなるようにしかならない人生なんだから。好きにさせてくれよ。だれにも迷惑をかけない程度には。


「死ね。消えろ」

「お前が消えれば」

「ふん」


 彼女はこの場からいなくなった。なにか嫌なことでもあったのだろうか。なんて、しらばっくれてみてもいいんだけど。まあ、おおよそ察しはついている。嫌なことがあったんじゃなくて、俺が嫌いなんだ。好きな俺が思い通りにならなくて、だから、嫌いになったんだ。それだけのことだ。人間なんて、そんなもんだ。


「はは。笑えるっつーの」


 俺は、歩きだした。行くあてもなく、ただ、なんとなくで歩きだす。歩みは、街の外に向かっていた。


 フィールドに出て、魔物と戦った。スライム系の魔物を中心にラディガとも戦った。俺はレベルが上がり、メキメキとMPをあげていった。MPをメキメキと上げていった。他のステータスは一向に上がらなかった。


 一人で、ずっと同じ作業の繰り返し。もはや作業ゲーと化している。地道な作業なので、目が疲れた。魔物と相対するときは、スリルがあって面白い。まあ、死んだらもう、生きて帰ってこれないんだから、面白い面白くないの問題の次元じゃないような気はするけれど。


 魔物と戦闘になって何度も死にかけた。血がドバッとでた。だけど、たまにレベルアップするおかげで、体力が全快にリセットされた。


 まるで、PCゲームのようだ。いや、これはゲームの中なのだから当然か。やれやれ、マンネリすると、それはゲームでも現実世界でもつまらないものだな。


 おや、このフィールドから遠目でわかる距離にだれかがやって来るのがわかった。馬車で、なにかを運んでいるようだ。だんだんと距離が近づいてくる。


 そして、わかった。運んでいたモノの正体が。


 それは人だった。


 シルクに身を包んだ、可憐な貴女といったような雰囲気だ。俺は物陰に隠れていたから見つからなかったが、もし、見つかっていたならどうなっていたかと思うと戦々恐々だ。……戦々恐々。もしかすると、盗賊だと思われて、戦闘になっていたかもしれない。


 ん。なにか、いま、光るものが落ちたような気がした。そんなこともお構いなしに、馬車は俺を素通りして先の方向に進んで行ってしまった。


 なんだろう、と光るものに集まる蛾のごとく近づいてみると、それが(きらめ)く結晶だとわかった。見たところ、これはゲームで聞き馴染みのあるクリスタルとかいうやつではないだろうか。


「なんで、こんなものを……」


 これが、どれだけの価値の物なのかわからないが、どうやら落し物は、届けに行った方がよさそうだ。だが届けに行くにしても、どこに行けばいいんだ……。


 自分ではどうしたらいいのかわからないのなら、そのまま落ちた場所に置いておくのも一つの手だ。下手に触ると、自分が責任を負うことになりかねない。そうやって『普通』の人は、身の保身と優しい善意とを天秤にかけながら行動しているのだ。


「普通も優しさも、俺にとって全然わからない言葉なんだけどな。なにそれ。意味不明」


 なにが普通で、なにが優しいのか。そういうのを、偏見と独断で決めたくはないし。なにが普通かなんて、そんなこと、知るかよ。知りたくなんて、ないよ。でも、みんなという存在は、知ってるみたいに振る舞うんだよな。まるで、それが同調されるべき事実であるかのように。


 やれやれだ。俺は、優しくなくていい。だから、だれかの都合の悪い人にでもなろう。気の向くままに行動しよう。嫌われることも、好かれることも、どうでもいいや。


 言いたいことが言える奴がいいように、やりたいことがやれる奴がいいのだろう。いいってことは、わかってるんだから、やりたいように、やろう。八代夢黒はそうやって異世界を生きていこう。らしさ、なんてものはどこにもなく、らしくなさ、なんてものもどこにもない。


 唯我独尊をつゆほど信じられない、疑心で満ち溢れた、こじれた俺にどの世界も生きにくい。もう、いいや。『普通』の人がひくぐらい素直な人であろう。普通じゃない人が割りを食う、普通の優しさなんて、全く正しくなんてないのだと信じているから。


 ーーそんなんだから、お前はつまらない人間なんだ。

 ーー優しくて、非常につまらない。いや、それを優しさとは呼ばない。優柔不断と呼ばれる類のものだ。


 どこからか、声がしたような気がして、ふと意識を視界に移すと、俺はとある王家の館前に立っていた。どうして、ここにいるのかと理由を探してみても、現状把握能力の乏しいためか、わからなかった。いや、これは能力云々に問題ではないのかもしれないけど。


 ただ、ここに立っていた。いまは、式典が執り行われているらしく、多くの人だかりができていた。赤いカーペットに大勢の騎士が、王家の者を囲むようしていた。これは、歩いているのか。だとしても牛歩ではないか。その中に、目的に人物がいた。


 その名もリザ・エディナ。この王家の血筋。いわゆるプリンセスと呼ばれる者だ。この街が統制できているのはこういう位の高い権力者がいるからなのだそうだ。まあ、どこの世界にも偉い人とそうでない人は区別される。当たり前の事象だろう。


 リザという人物は、馬車で引かれて(もちろん荷台)どこかぼんやりとした、引き締まっていない表情をしていた。心ここに在らずを体現したかのような彼女は、周りの声援には無反応だった。


 ならば。これはどうだろう。


「当たったら、ごめんな」


 俺は、あの結晶を思いっきり投げた。ダイナミックに投げた。すると、弧を描き、すっぽりとリザの服の中に入った。どんな神がかったコントロールだ。と、自分にツッコミをいれながらも、とりあえず一安心した。


「あ」


 表情を変化させ、リザはすくっと立ち上がった。


「どなたか、知りませんが、本当にありがとうございます!」


 こちらの方を向いていたが、大勢の人混みに紛れているので気づかれていないだろう。俺は踵を返し、雑踏に紛れて姿を消した。他に方法がなかったわけではない。だけど、シンプルかつ大胆に行動すればすぐに打開すると思ったのだ。まずだれの落し物だったのかを調べるのが大変だった。そこは、もう、勘だけが頼りだった。運が、良かった。


「いい人になれたら、いいよなあ」


 戯言を吐いた。ただ、それだけだった。後に俺は、あのクリスタルの価値を知ることになった。ドリームジャンボ宝くじの一等賞が当たるレベルの価値だった。どんな比喩だって感じだが。まあ、それだけの絶対価値のものを返すことができたんだ。結果としては、良かったのだと思う。思いたい。思わないとやってられるか。一億円だぜ? 一生働かなくていいんだぜ? あーあ。嫌だ。働きたくない。社畜は嫌だ。


 と、まあ、そんなこんなで、俺はその後、リザ・エディナお嬢様とはなんの縁もなく(それが普通というやつなのかもしれないが)日常を送っていた。毎日、生きていくのにいっぱいいっぱいだった。四苦八苦とまではいかないとは思うが、お腹いっぱいに食事をとれないいっぱいいっぱいな生活をしていた。


 魔物を倒すのにひと苦労。これじゃあ、異世界も現実世界も変わらないな。いや、あのくそったれな人間関係を想像すると、まだ異世界の方が楽で楽しいとは思えるが。まあ、そんなのは相対的な観点によるものであって、大事なのは、いまどうするか、どこに向かっていくかだろう。どうやって、これからを楽しくするか。絶対的ななにか。それだ。


「さいですね。とりあえず、クエストに行ってみますかね」


 あの大広間に行ってみた。そこには掲示板があり、クエストの受注ができる。めぼしいものがあるか探してみた。すると、こんなのを見つけた。


 《勇敢な強者求む》


 デュアルドラン一頭の討伐


 俺はこれに決めた。強者じゃないけど。なにしろ報酬金が多かった。それが決め手だ。頑張る。


 依頼人に会って、詳細を聞いた。場所は大体わかった。あとは、下見に行って、魔物の強さを体感してこよう。死なないように、逃亡する心の準備はしておく。


 街を出て、目的地に着くまでに、レベルアップをしていこうと思った。最初はスライムなどの倒しやすい魔物が多かったが、先に進むにつれて、魔物の強さは増した。一発でもくらうと死んでしまう俺にとって、それらと戦うことを控えるように走って移動するのは、当たり前だった。


「死ぬ。死ぬよ〜。一発でもくらったらタヒヌよ〜」


 そう言って、走りながら野原を駆け巡る。やっと目的地に着いた。荷物を降ろして、辺りを見渡した。


 どうやらまだ、魔物の気配はしないようだ。俺はテントを張り、一晩ここで眠ることにした。


「ねむねむでせう」


 俺は、寝た。朝が、やってくる。


 朝がやってきた。テントから出ると、そこは気持ちのいい蒼天だった。青く清々しい色をしていた。


「今日は、なにもかもうまくいく」


 そう思ったのは束の間だった。外には、魔物の群れがいた。双頭のドラゴンのような生き物がテントを囲んでいたのだ。大型犬より一回り大きい。そんなのが、何十匹もいる。これは、さすがにやばい。


 これが、デュアルドランなのだと確信した。だって頭が二つある。事前に聞いていた情報と合致するのだ。


「……なにもかも、うまく、いかない」


 どっちだって感じだが。ほんと、なにもかもうまくいくと思っていたら、後でうまくいかないのが世の常だよなあ。なら、最初から悲観しとけばよかった。思わぬ状況に足が震えて、動けない。逃げたいのに、逃げれない。俺は、これからいったいどうしたらいいのだろう。わからない。わからなかった。


 重厚で尖った牙がこちらに向かってくる。しかも、頭が二つ。そいつらは、獰猛だった。俺を見つけたデュアルドランは、脇目も振らずに走ってこっちにくる。その数、二十匹くらいか……。軽く死ぬる。恐怖で目元の隅がピクピクする。怖い怖い怖い怖い。


 俺は渇いた口で、何度も同じ単語を唱えた。


「メルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガメルトガ」


 辺りは、静かになっていた。なにもかも消えていた。レベルアップ音なんてしないけど、さっきからずっと体から力がみなぎるのを感じた。……全部MPに行くが。悲しいが。


 ついに、奴らを倒したのだ。しかも、一匹ではなく血筋を根絶やしにしたようだ。動物ってのは家族で行動する生命だからな。二十匹も倒せば、根絶やしにしただろう。そんな物騒なことを思って、ふと気づいた。


 このゲームに魔法の詠唱時間てないんだ……。


 そんなの、呪文唱えまくりじゃないか。どんなチートだよ。と思った。だが、体力値がゴミな俺からしたら、そのくらいのゲームバランスで丁度いいような気がした。オーケー。おーきーどーきー。


 俺は、来た道を帰る。そして、依頼人に結果を報告した。すると、すぐに報酬をいただいた。これで、ご飯が食べれる。先日にフランスパンを飲んだのが最後だったから、お腹が空いている。背中とお腹がくっついて同化しそうなほど、どうかしそうだった。


 部屋から出ようとすると、依頼人に呼び止められた。


「君にふさわしい依頼がある。ちょっと聞いてみないか」


 そう言うのだ。俺にふさわしい依頼ってなんだ。とりあえず聞いてみた。


「これは王宮からの、スペシャルな依頼だ。私はそれなりに位の高い人間でね。たまに、上から高額な報酬を餌に勇敢な狩り人を集めてほしいと言われるんだよ。まあ、私より上の人間なんて、数えるほどしかいないがね」

「さ、さいですか」


 ……なんか、うん。さいですかとしか言いようがなかった。ごめんな。俺は依頼内容を知らされた。


「ーーということなんだ。わかってくれたかな」

「はい。まあ、おおよそは」

「では、お願いするよ」

「はい。でも、なんで。俺なんですか? 他にも適任な人材はいくらでもいそうな気がしますが」

「それはいわない約束だ」

「そうでしたっけ」


 なんだか、脳味噌がもやもやする。依頼内容はわかった。だが、やれるかどうかまでは、まだわかんない。できなかったからって、報酬金が貰えないだけなのだ。だから、別に、どうでもいいか。そんな、気楽な心持ちだった。


 やっと生活が安定してきたってのに、無理をして死んだら元も子もない。ただの無でしかない。


 はあ、なんだか今日は疲れた。もう、このまま寝てしまいたい気持ちになった。ここは、宿屋なのだから、当たり前か。いやあ。お金って大切だ。ふかふかなベットに寝転ぶと気持ちがいい。このまま、身体を睡眠欲にまかせてリラックスしてしまいたい。


 ぐー。と。そんな感じで、寝た。


 朝になった。日差しが、俺の視界を遮った。眩しい。けど、気持ちがいい。二度寝してしまいたい。もう仕事なんてないのだから。寝よう。


「おやすみ」

「おい」


 寝たようとしたら起こされた。誰かに睡眠を止められた。よく見るとエレナだった。


「なんで、こんなところに?」

「あんたの腑抜けた面を見にきただけだっつーの」

「ほんとうに?」

「ごめん嘘。ほんとうはお前を殺しにきた」


 怖い怖い。でも、どうして、こんなところまで来たのだろう。不思議だ。


「お前、私のこと、嫌いだろ」

「うん」

「私もだ。私も、お前のことが嫌い」

「うん」

「だから来た。ここまで、だから、来たんだ」

「うん」


 そうなんだ。それは、確かに、真っ当な理由だな。俺は思った。


 よく見ると、俺の手首に枷がしてあった。手枷だ。なぜかまた、全裸なのだが、この状況どうしたのだろう。


「あの、この状況どうしたのでせうか?」

「どうもこうも、お前がMだからに決まってるだろ」


 なぜかM判定されているのだが。なぜに、勝手に決められてるんだ。大抵のMはM呼ばわりされるのを嫌うっていうのに。もっとMの心中を忖度そんたくしたらどうなんだ。ところでMってなんだ。MPのことか?


「女王様。これだけでは物足りないです。もっと酷い仕打ちをお願いします」

「……」

「お願いしまふ」

「よ、よし。じゃあお前のために、一肌脱ごうじゃねーか。おら、尻を出しな」


 と、そんな感じで(どんな感じだ)夜明けは素晴らしい景色と素晴らしいディナーで優雅に過ごした。という冗談は置いといて、また会ってしまった。しまったな。エレナと関わると物語が脱線しまくって転倒して一千万人超えの死者がでるからな。ただのデレツンで一千万はくだらない。くだらな過ぎて死んでしまうのだ。


「ああ。いい。そこです。そこ」

「八代……夢黒くんに喜んでくれるだけで、私は、身悶えるほどに嬉しい! おい静かにしろよ。周りに聞こえるじゃねーか。つーか、もっと尻を突き出せっつってんだろーが。そんなこともできねーのか。おい。まじでそんな簡単なこともできねーのか。ほんとクズだな。おいクソクズ。なんか言いたいことあんのか」

「う……。クズはやめてください。クソはいいけど、クズだけは……」

「なんでクソはオーケーなんだよ! お前の許容範囲は理解不能だよ!」


 鞭でしばかれた。痛い。


「う。うぅ」

「ご、ごめんね。今の、痛かったよね。よしよし。よしよし。すりすり。すりすり。じゃあ、痛いのが消えるように魔法をかけてあげる。ちょっとだけ我慢してね。痛いの痛いの飛んでいけ!」


 そして、鞭でなぎ払われる。


「うがぁ」


 なんで、こんなことに……。俺は絶対に悪くない。俺は絶対に悪くないのだ。


 こんな刺激的な飴と鞭は初めてだった。なんだこのツンとデレの共存は。常人では理解できないだろう。だが、俺はできる。これは、やばい。やばすぎる。


 絶望と絶頂の振幅がやばい。こき下ろしておいてからのデレがやばい。やばすぎるぞ。やばいを多用するとまるで、全然やばくないみたいだけど、なんかやばい。やばいよこの状況。俺の最強の語彙力で形容したら死者が六十億人はくだらない。そのくらいくだらないだろう。くだらな過ぎて死んでしまう……。


「はあ。はあ。はあ。はあ」


 なぜか俺とエレナは無駄に息を切らしていた。なんのためにこんな痛みに苦しまないといけないのだ。鬼畜だ。この世はクソだ。神々しい。


「なあ。もう、やめよ」

「うん」


 なんか、反省した。


 これからのことを話した。これから、俺が受けた依頼を果たしに行くこと。そのためには、相当の覚悟がいること。できれば、付いてきてほしいこと。一人じゃ心細いし、不安なこと。全部、話した。


 すると彼女はこういった。


「なんで早く言ってくれなかったんだよ。そんなのあったりめーだろ。一緒に行くだろ普通」


 その言葉を聞けたことが、嬉しかった。なにが普通なのかなんてわからないけど。これで、もう一人で行動しなくてすむ。一人はさみしい。二人もさみしいけど。でも、まあ、話し相手ができただけで十分だ。


「さあ! 進むがいい! 目的地はこの先だあ!」

「そのウザい口を封じてやりたい」


 そんな和やかな会話とともに出発した。自分で言っときながら、かなりウザい奴だったなと思った。では、行くとしますか。王宮へ。


 着いた。ここが王宮。ここにリザ・エディナがいる。


「で、ほんとにやるんだね」

「まあ」


 依頼だし。報酬金が弾むし。


 扉の前の兵士をエレナさんに軽く気絶させてもらって、扉を開いて中に入った。中は、豪奢な装飾が施されてた広間だった。そこで、挙式がしてあった。


 病める時も健やかなる時も、

 共に歩み、他の者に依らず、

 死が二人を分かつまで、愛を誓い、

 妻を想い、妻のみに添うことを、

 神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?


「言ってることが、よく、わかりません」


 俺は言った。途端、広間に座っている観客が騒がしくなった。だが構わない。ただ、俺は走った。リザの腕をとる。


「おい。なにをやっているんだ君!」


 新郎が声をあげた。


「言ってることが、よく、わかりません。抽象的すぎて」


 俺は言った。リザの腕の裾をあげた。すると、無数の痣のあとが残っていた。


「なるほど」


 あの依頼人が言っていた通りだった。この世はクソだ。曖昧な合意で愛を決めて、あとあと、そんな共依存のせいで割りを食ってしまう人間がいるんだ。なにが愛を誓うだ。これが愛なら俺は愛を絶対に信じない。俺は、腕を取り式場から連れていく。自分勝手に連れていく。


「おい。ちょっと待て! そんなことをしてタダですむと思ってるのか!?」

「はあ!? なんで、お前らの都合のいいように動かなきゃいけねーんだ!」


 これは、ええと、エレナさんが言った言葉なので、俺には関係がありません。とりあえず、走った。うわー。やべーよ。俺達、犯罪者だよ。指名手配だよ。なにやってんだ。この依頼、鬼畜すぎる。依頼内容が馬鹿げてる。こんなことってあるか。あるんだなーこれが。


 でもさあ、これから、どうする。式を台無しにして、いったいどれだけのメリットがあるんだ。デメリットばかりが思い浮かぶんだけど。どうするよ。この状況。


「まあ、悩んでいても、時間が経過するだけだ。さっさと依頼人のところに行こうぜ」

「ちょっと待ってよ。この人を置いていく気?」

「ああ」

「クソ馬鹿なの?」

「ああ」

「ただの馬鹿?」

「なんだとこのやろう」

「なんで、クソには寛容なの」

「あんたは、もう少しクソに敬意を払え。でなければクソのことをクンと呼べ。俺のことを八代クンと呼べ。わかったな」

「なんで、お前なんかにクン付けで呼ばないといけねーんだよ。お前なんかクソで十分だ」

「やめろ。そんな風に呼ばれたら嬉しくて顔がにやけてしまう……」

「こいつ、変態なの……?」


 エレナは俺を指差した。


「さ、さあ。わたくしに訊かれても、とても変わった方だなとは思いますが……」


 リザが若干、フォローしてくれた。


「違う。変わったんじゃない。変わってるんだ」

「はいはい。戯言は聞き流していいよ」

「……」


 酷いなあ。でも、嫌いじゃないぜ。そういうとこ。


「きも」


 俺の心情が伝わったらしい。思念伝達された、だと。まさか、やつはテレパスか。もしくは俺が? なんて、そんなわけないのだけど。ただ、俺がキモいウインクをしていたから、そう言われただけなのだけど。どうだ、これが自覚的なキモさだ。自覚的に俺はキモいぜ。


「あは。面白い方ですね。あ……もしかして、わたくしを連れ出しておいて、まさか、ここでお別れだなんて言わないですよね」

「ま。まさか、そ。そんなこと言うわけがございませんでせうよ? そんなこと。絶対に言ってはいけない。ええ。そ、そうですとも」


 なんだ、この自覚的な言い逃れできてない感じは。すごい自覚的な感じがありありと伝わっているような気がするぞ。べ、別になにも悪いことをしてないのに、なんか。後ろ暗い悪いことをしてるみたいな気持ちになってきたぞ。なんだこれは。なんだ、この自覚的は。


「では、行きましょう。どこが良いですか? いま、ちょうどお腹が空いてきたところです。お金は、よく考えたら、持ち合わせておりませんでした」

「さいですか……」

「でも、大丈夫です。お金がなければ、だれかに借りればいいのです。パンがなければケーキを食べれば良いのです」

「さ。さいですか」

「さいなのです。さあ、あの薄暗い裏路地に、人の良さげな人いそうですよ?」

「いや、あの薄暗い裏路地に、人の良さそうな人はいないと思いますですが……」


 リザさん、もしかして天然が入ってるのだろうか。こんな小汚い中心街からだいぶ離れた場所になんてくるの初めてだろうから、色々なものが新鮮なんだろうけど。それにしても、言動がちょっとおかしい。だが、たまらん。天然なお姉さん。たまらんです。

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