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M2

 道に落ちてた林檎を食べたまでは空腹を解消できて良かったのだが、またもや問題がでた。どうして、人間というのはこんなにも問題をつくり出しては、悩まないといけないのだろう。


 その林檎を食べた瞬間、俺の身体は小さくなってしまった。なんか、一寸法師みたいな小人になってしまったんだが。これ、危機じゃね。動物に踏まれたり、食べられたりしたら一回でアウトじゃね。


 てか、なんで小さくなった。もしかして、さっき食べた林檎の効力か。だとしても、酷い。やっと俺に救いの手が差し伸べられたのかと思ったくらいなのに。なんで、こうも喜ばせておいてどん底に落とそうとするかな。これで、風呂場覗ける。じゃなくって、これからどうするよ。とりあえず、歩くか。


 因みに、拷問部屋のところから、俺はずっと全裸だ。


「……あれ、目に水が」


 あれ、雨は降ってないのに、おかしいことがあるもんだ。この世はおかしいぜ。今も、なんかこっちをじっと見つめてくる猫ちゃんがいるし。こっちくんなよ。絶対だぞ。絶対だかんな。


 静止させようとしたが、無駄だった。もちろん、猫に声など届くわけがなく、お魚くわえた野良猫のように、つまり俺はくわえられたお魚のように、現実を俯瞰しながらも、ああ、俺ここで死ぬんだなあと思いながらも、遠い目をしながら、遠くの景色を瞳孔を開きながらじっと見つめ続けるのであった。


 端的に述べると、猫にくわえられた。


 端的に言いたい。まじでやべえ。まじ卍。


「ふう。ここで、俺の命も終わりか。長かったようで短い人生だったな。母ちゃん。ごめん。先に逝くわ」


 猫は、俺を地面に落とした。それから、前足で引っ掻いた。あまりにしては速すぎる行動に身体が追いつくはずもなく、目前に前足が迫ったとき。


 ーーメルト


 口からその言葉がでてしまった。猫は全身を溶かし、すぐに消えてなくなった。当たり前にそこにあった生命は、跡形もなく消えた。ごめんな。俺は心の中で謝った。


 天を見上げた。空は、青かった。泣いてるかのように青々としていた。冷たい色をしていた。そよ風も、なんだかこのときは、とてつもなく悪いモノのように思えていた。なぜ、俺は殺してしまったのだ。


 次の日には、猫の墓を建てることにした。ごめんな。俺の小さな身体じゃ立派な墓はつくれそうにない。


「あれ、なんで俺、この猫に食われそうになったのに。墓なんかつくろうとしちゃってんだろ」


 愛か!? 愛なのか!?


 ふう。緊張が解けたらなんだか、眠くなってきた。どうせ人もいないし、道端で寝るか。よし。寝た。


 爆睡だった。


 起きたとき、ここがどこかわからなかった。だが、異世界らしいことはわかった。俺は、身体になにかがかけられていた。布団だろうか。まさか、そんな筈はない。ここは外だ。外に布団なんてあるわけがない。なんだ、これはスプリングコートのような……。うん。見覚えがないコートが俺の腹部にあった。だれがかけてくれたのだろう。


「おはよ」

「おはよう、ございます」


 近くに自然にだれかが存在した。思わず当たり前のように挨拶を返してしまった。そいつは、ずっとそこにいたようだ。にこやかな表情を浮かべている。


「目覚めは最高か?」

「……最悪です。二度寝していいですか?」

「ダメだ」


 なぜだ。なぜ、ダメなんだ。


「お前どうした。どうして、ここにいる。エレナ」


 すると、彼女は俯いてこう言った。


「ふん。別に、あんたのためってわけじゃないんだからね」


 フラグだった。


「ありがとうございませう。ツンデレいただきやした! やった! 生ツンデレだ!」


 俺は自分でも少しよくわからないことを言っていた。とにかく、いまは再会を祝わないと。


「マスターピーチウーロン」

「だれに言ってんだ馬鹿」

「わかんね」


 まだ、眠いのかもしれない。まだ少し横になろう。


 寝た。


「おい起きろ! いつまで寝てんだよこのクソウンチ」

「おいやめろ。クソはいいがウンチはやめろ。この世にどれだけのウンチが生み出されるかわかってんのか。ウンチは偉大なんだよ。まずあんたは全国のウンチに謝れ。それから、便秘になって腸閉塞で苦しむがいい」

「なんだ、こいつ」


 そういえば、なんか小人ではなくなってる。大人になってる。


「時間が経過したら、治るのか……?」

「そんなことよりお前」

「なんでございませうか?」

「その、服を、着ろ」

「いや、だから服がないんですが」

「あるじゃねーかよ。 バーカ」


 あ、スプリングコートがあった。なんか、これ着ると街中でバッて猥褻ひわいなことをする人みたいで嫌だな。いや、そんなことを考えられる余裕があるのはちょっと変か。いまは、ただ、一般的な人間としての羞恥心を持ちながら素肌にコートを羽織るとするか。いや、羽織れてないけど。


「あー。スースーするー」

「発言がキモいんだよ。お前」

「エモい?」

「いまのどこにエモい要素があったんだよおおおおお!」


 なかった。


「お前さー。その痣、どうした?」

「どうした、とは?」

「だれにやられたんだよ」

「いや、ちょっと。女王さまに鞭で……」

「お前っ!?」


 なんか、驚いていた。それから、なんか、沈黙が続いた。なにか場にそぐわないことを言ってしまったのだろうか。俺にはわからなかった。なんか「そんな趣味が……」とか呟かれているが気にしない。なにせ俺は、寛容で健全な男だからな。理由になっていない。理由になっていない。


「で、これからどうするつもりなんだお前」

「結婚しよう」

「死ね」


 また、場にそぐわないことを言ってしまったのだろうか。キレられた。でも、ちょっと口角が上がってるのはなぜだろう。まあ、俺は絶対究極に紳士で寛容な男だから気にしないことにした。別に、いまのは場当たり的に場を和ませようとしただけなのだが。おい場ってなんだ。場ってなんだよ。


「まあ、とりあえず服を買おうか。あと下着も」

「その思考が健全なんだよ。なんで早く買わねーんだ。てか、なんで脱がされてんだよ……」

「金がなかったんだよ。店もなかったけど」

「追い剥ぎにあったのか……?」

「ああ。金がないから、着てる服だけを剥がれた」

「……身ぐるみを剥がされたのかよ」

「もとはといえば、俺が悪いんだ。金を貸して返してなかったんだよ。ごめんなってずっと謝るしかなかった。そしたらそいつ『この豚野郎』って鞭でしばいてくるから、怖くて。だから、ひたすらごめんなごめんなって謝るしかなかった」

「……」


 これだけ説明すれば、わかってもらえるだろう。さっきから、無言なのが気になるが。まあいい。


「ところで、どうしてこんなところまで来たんだ? どうして、ここがわかった」

「別に、言いたくない」

「さいですか」


 これじゃあ、なにもわからないままじゃないか。それで、終わりかよ。なんだよ。俺には、なんにも教えてくれないのかよ。あー、もうめんどくせー。


「いいや。いいよ、それで。じゃ、いまからエレナは俺のパーティな」

「な、なんで勝手に決めるの!?」

「決めませうよ」

「あああ意味わかんない。日本語しゃべれや。クソ」

「しゃべってるだろうが」

「いまはな!」


 この道から先に進むと大広場があるそうだ。そこで『仕事』とかいうやつができるらしい。嫌だな。働きたくない。ずっと、遊んでいたい。だが、現実も異世界も厳しい。鬼畜仕様だ。うんざりする。


「ほら、ついた」

「これが」

「そう。これがクエスト掲示板だ」

「ああ。それだけでなんとなくわかった」

「なんだ、知ってるのか。鶏脳味噌のくせに」

「とりあえずあんたは世界中の鶏に謝った方がいいでございませうよ」

「ふん。ほら、これなら出来そうじゃないか。お前程度でも」


 《魔物から、この街を守ってくれ》


 依頼内容:ラディガ一頭の撃退


「これにしよう」


 即断だった。一人だったらできないだろうけど、やってみよう。まずやってみることに価値がある。


「もちろん、手伝わねーよ?」

「……」


 やるのか。これを、一人で。俺、死ぬな。つい遠い目をしてしまった。なんか、お空を見てる。


「空は広いな」

「はあ!?」

「ごめんな。会話にならなくて」

「べ、別に気にしてねーし。お前なんかに、シャレオツな会話術なんて期待てねーし。むしろ、永遠にその口から息が漏れないようにしたいぐらいだし。むしろ死ね!」

「そんなこと言ったら、俺死ぬよ!?」

「早く死ね!」


 酷い会話だった。会話になんにひねりもオチもなく、ただ死ねと言われただけだった。豆腐メンタルの俺には、キツイ。なんだか死んでしまいそうな気持ちになった。


「ううぅ。タヒヌ」


 俺はとぼとぼと肩を落としながらゆっくりとした動作でクエストを開始した。目的地はこの街の外の少し歩いたところだ。砂漠と草木が生い茂ったフィールドの境くらいに、その魔物はいるらしい。


 依頼人にはもうエレナが話しをつけてきてくれたらしい。さすが、仕事が早い。口も早いし口が悪い。


 というか、同伴はしてくれるみたいだ。いま現在、隣に美少女はいる。だが、手伝ってくれないらしい。俺が、魔物にやられて死ぬ姿を真近で見るためだろう。性格が(俺が)死ぬほど悪いな。なんだか、こいつのこと嫌いになってきたぜ。つまり、興味を持ってきたぜ。


 やっと、目的地についた。この辺りで目当ての魔物が出現するらしい。犬みたいなトカゲみたいな外見で、角が生えてるらしい。まあ、つまるところ大きさが犬みたいなトカゲってところだろう。


「因みに、ここで俺が死んだら、わかってるな」

「なにがいいたいんだよ」

「あんたの背後霊になって風呂場まで覘いてやる」

「だだの変態じゃねーか! 死ね! そのときは、背後霊になって消えることのできない特性を活かして、阿鼻叫喚のごとく苦痛をお前に味わせてやるっつーの。だから早く死ね!」


 とにかく、俺に早く死んでほしいらしかった。泣けてくるんだけど。こんなに感動しない涙って、現実にあるんだな。現実じゃないけど。異世界だけど。


「ううぅ。俺は、こいつにメルトを唱えたい」


 物騒なことを呟いたあと、真面目に魔物を探した。数時間が経過し、やっとラディガを見つけた。想像通り、大型犬くらいの大きさで、皮膚が硬そうで、頭に角が生えている。まあ、なんというか、強そうだなと感じた。


 ここは隠密作戦でいこうと思った。足で、この魔物に勝てそうにない。見つかったらエスケープする余裕なんてないだろう。だから、俺は隠れる。


 近くで偶然にも大タルを発見した。ゲームでよくある中に隠れる技をしようと思ったのだ。底をくり抜き、視覚用の穴も開ける。中は狭いが、二人が身体を密着させれば物理的に入れないスペースではなかった。


 つまりエレナ・アイザッシュ(なぜかフルネーム)と入った。彼女自身もなぜこんなことになったのかわかっていないだろう。大丈夫だ。安心しろ。環境適応力の高い俺でさえ、この状況に理解が及んでいない。


 やべえ。すっげー、どぎまぎする。


 二人が立ち上がると、四本足のタル星人の完成だ。というか、俺たち、この状況、ただの変人じゃねえか。なんだよ。なんでタルに二人で入っちゃってんだよ。隠密として意味あんのか。これ。もし見つかったら、共倒れで終わる悲惨な結果が待ってるな。


 ああ。だめだ、思考をフリーズさせては駄目だ。身体の密着に意識を向けては駄目だ。そこは、駄目だ。


「おいお前。いまなに考えてる?」

「な、なんにもございませんでせうよ?」

「なにか考えろよ。この状況でなにも考えないのか。もしくは、なんか思うところがあるだろ!? ち、因みに、わ、私は、色々、あるぞ」


 色々ってなんだー。色々ってなんだー。


 俺の脳内がピンク色になってきたところで、もうそろそろヤバイので、意識を敵に変えることにした。


 ラディガはどうやら、こちらに気づいていないようだ。ならばと思い、タルのまま接近してみた。タルだから安心だ。そう高を括っていたのがいけなかった。なぜに、タルだと安心だと思ったのかは、自分でもよくわからない。ただ、なんとなくノリで大丈夫だと思ってしまったのだ。


 要するに、見つかった。


 うん。明らかにこっち見てる。怪しんでる。違うよ。怪しくなんかないタルだよ。ほら、なんの変哲も無いタルだよ。ただの、動くタルだよ。


 だからそんな目でこっちを見るなよ。やめろ。その目をこっちに向けるな。


「なんか、ヤバくない?」

「そうでもない。見ろ。あの優しい目を。あれが人を食い殺す野獣の目か? 大丈夫。安心しろ。あいつはいい奴だ。盗んだバイクで走り出していた昔の頃とは違うんだよ。あいつは、変わった。自分の力でな」

「なんだ、こいつ。クソウゼェ」

「クソはいいが、ウゼェとはなんだ。ウゼェは余計だ。蛇足だ。クソでいい」

「もう、どうでもいいわ。そんなことより、こっち来てる!?」


 こっちに来てた。歩いてた。獲物を見つけたらしかった。くそ。更生したかと思ったのに。あいつには裏切られてばかりだ。ひとまず逃げるか。ふと、身体を捻ると手がなにか柔らかいものをもみもみと掴んでいた。これはきっと『言ってはいけないあの名詞』だ。俺はぐっと口をつぐんだ。俺はなにごともなかったかのように、揉んだ手を離した。


「ん。なんか、すっげー堂々とおっぱい揉まれたんだけど。まじでキモいわ。死ね」


 すごく冷静に対応された。俺は、罪悪感を感じた。満員電車で痴漢をする卑劣な人間と同等の存在になってしまった気がして死にたくなった。なにやってんだ俺は。まじで、いまのはない。死んだ方がいい。


「欲望を抑えきれなかった。ゴメソ」

「は。なに言ってんの。わ、私が、お前なんかに揉まれて嬉しくないわけがないだろっつーか。そんなことはどうでもいいからいますぐに、死ね! それに死んだらお前はセクハラをした罰を受けなくて済むんだからよかったじゃねーか! くはは!」

「なにを言っちゃてんですかねこの人は!?」


 物騒だ。人にすぐ死ねとか言っちゃだめだろ。まあ、俺もすぐ揉むのは倫理的にはよくない行動だったと反省してるけど(因みに俺が揉んだのは彼女の肩だ)。やっば。手汗すごい。と思ったら、それは血だった。ラディガは、タルもろとも俺の手を食いちぎろうとしていた。


 異変に気づいたエレナは、咄嗟にこの狭苦しい空間から逃れ外界に出ていた。俺は未だにタルの中だ。うう。前が見えない。明日も見えない。暗闇だ。これが人生か。この黒がこれまでの俺の人生の総括した結果なのだとしたら、なんと虚しいことだろう。


 俺って、ここで死ぬのかな。


「おい! 早く、逃げろ! こいつ気が立ってる!」


 確かに、近くでグルルという唸る音が聞こえる。だが逃げるにも前が見えない。明日も見えないのだ。こんな状況でどうしろというのだ。とりあえず、走ってみるとなにかに足を引っ掛けてこけた。だめだ、さっき食われたせいでタルが変形して抜け出せない。


 これって絶対絶命。やっぱり命は絶対的だった。


 なに考えてるんだ俺は。ヤバイ。このままだと本当に死ぬ。俺は足だけを動かす。タル星人と化して、足を動かす。


「これ、どうやったらとれんだよー。マジで死ぬ」

「自分で考えろこのクソボケが!」


 と、ふと思いついたことがあった。これ、呪文で溶かせばなんとかなるかもしれない。でも、この距離だと自分自身にダメージを受けてしまうんじゃ……。もう、うだうだ考えていても先に進まない。やるか。


「メルト」

「おま、正気か!?」


 なんか、驚ろかれた。でも大丈夫。ちゃんと、俺の呪文はタルだけを溶かしてくれた。有能だなこの呪文。まあ、万が一俺自身に攻撃してたら、死んでただろうけど。それも済んだことだ。まずは目の前の敵だ。


 威嚇するように身を低くしていたラディガは、急に俺に襲いかかってきた。俺は、たぶん、体力的にワンパンだろうと予測し真横に大きく跳んだ。転げながら、なんとか敵の猛襲を回避する。回避できたと思った。だが、いまの緊急回避が仇となり、敵に攻撃のチャンスを与えてしまった。


 鋭い牙が迫ってくる。噛み付いてくる牙が、もう少しで俺の胴体を貫こうかという距離で、


「メルト」


 間一髪、呪文が敵にヒットした。ラディガは衝撃で吹き飛んだ。俺は、その方向に走って再び、


「メルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルト」


 無尽蔵であるかのように魔力を消費し続けた。


 ダウン中は魔法を唱え放題だった。やがて、敵がただの肉塊と化した。俺は、初めて、魔物を倒した。


「しゅごい」


 背後で変な一声が聞こえた気がする。だが、まあ気にしないことにした。ん。なんだか、身体から力がみなぎるのを感じる。これ、レベルアップってやつじゃないのか。MPだけが上昇している感覚がある。なんだこの感覚。なんか成長してるようで、全然成長してない感じがする。


 やっぱり、MPだけ成長したところで、なあ。どうするんだよこれ。こんなんではこれから魔物と渡り合えるのか。すごい不安なんだけど。まあ、いいか。死んだら死んだで。はーあ。せめて、HPがほしかった。


「すごいよ。撃退が依頼内容なのに、討伐までしちゃうなんて。まあまあ強い魔物だったから、お前からしたら大変だっただろうけど、おかげでだいぶレベルアップしただろ?」

「……ああ。そんな、気が、する」

「どうしたんだよ。嬉しそうじゃねーな」


 なんか素直に喜べない。レベルアップしても、あんまり……嬉しくない。この気持ちを正直に表現してはいけない気がする。


「よ、よがったぜ」

「なんで濁ってるんだよ。よがるなんてなかなか使わない言いまわしをしやがって」

「いいことがあって、よかった」

「よかったな。いいことがあって」


 いいことか、確かに、良いことがあったら良いよな。


「さてと、じゃあ、依頼人に報酬をもらいに行こーぜ」

「俺の手柄だからな」

「お前のものは私のもの。私のものも私のものだ」

「ひでえ」


 ジャイアンかよ。いつか、こいつにマイクを持たせてみたい。さぞ、美しい歌声を響かせることだろう。


 てことで、もとの街に戻った。もう、なんて名前の街だったか忘れてしまった。ぜ、ゼネディ街だったか。俺ってば、興味ないことに対する知識欲のなさは異常の域に達してるからな。まあ、しかたがあるまい。


 古い建物の中に入った。人が出迎えて来てくれた。愛想をよく適当に会釈をしたりした。ええ、そうですね。ああ、はい。その通りです。全て、同調するだけでことがスムーズに流れる。おかげで、相手の気分を害することなく、報酬が貰えた。金だった。


「金だ!」


 外に出て、第一声がそれだった。そんなことを言うとどんだけ金に飢えてるのかと誤解されるぞ。やたらと金だ金だと言わない方がいい。世の中には金が全てじゃないと考えている人がいっぱいいるんだ。さすがに、金が全てではないだろう、と訝しむ人がいっぱいいるんだ。


 金が全てではなくて、全てが金だというのに。


「金だ金だ!」

「おいやめろてめー。恥ずかしいだろうが」

「ゴメソ」


 怒られた。金が手に入って喜ぶ行為のなにを咎められなければならないのだ。金は神聖なものだ。神のごとく清いものなのだ。いや、金は神だ。……金は神……いまここに新たな名言が爆誕した。


「で、これから、どうするよ。もうやることなくなっちまったんじゃないか? これはゲームの序盤で飽きるやつじゃないのか。どうするよ。どうするよこの状況」

「つーか、黙れ!」


 剣幕がすごい。威嚇されてる。怖い。


「とりあえず、今日は寝よう」

「どこで?」

「宿屋で」

「さいですか」

「さいですよ?」


 くはと彼女は笑った。なにが面白いのかわからない。なにかあったのかと質問しても答えてくれない。答えてくれなければ、わからない。でも、まあ、幸せならそれでいい。とか、思ってみた。なんか、柄になくいい奴になってるな俺。なにがいい奴なのかは知らないけどな。


 宿屋で、二人きりになって、なぜかダブルベットが用意されてたんだけど、そこはご厚意に感謝して寝た。だが、起きたらまた手にかせがしてあった。


 一体全体、昨日の俺になにがあった!?


 しかも全裸だー! うわー。うわー。いったいどうなったんだ。どういう過程を経てこうなったんだ。と、首を捻り横を見やると、ぐーすかぐーすかと美少女が眠っていた。布団で隠れているが、どうやら服を着ていないみたいだ。これ、俺は悪くないよな? どこから持ってきたか知らない手枷をしてる俺はなにも、なにもやましいことはできないよな? だからオーケー。


「おーきーどーきーおーきーどーきー」

「はーあ。おはよう。あれ、なんで、私、裸なの? お前なんかした!?」

「……手枷してるのにどうやってなんかできるんだよ。これは、きっと巧妙な孔明の罠だ。ミステリーだ。犯人はこの中にいない」

「ああ。そうだ。その手枷、私がしたんだった」

「な、なんだってー」

「なんだその棒読み」


 失念していた。そうだ。これは俺が命じたことだ。昨日、俺は自分の成人男性としての本能の赴くがままに一線を超えてしまうのが怖くて、手枷を要求したのだ。まさか、手枷をしても、なにかをやらかしてしまったらしいが。どんだけ俺は性的欲求に忠実なんだ。


「ごめんな」


 俺は謝った。手を合わせて、土下座をした。いま、すごく情けない姿を晒しているのがわかった。


「や、やめなって。べ、別に、私は嫌だったわけじゃ、ないんだからね。いいよ。でもね、土下座して謝るより先にすることがあんだろーが。まず死ねよ。そしたら許すから」

「最初に言ってることと、齟齬が生じていますですが!?」

「はあ!? どーだっていいだろそんなこと」

「さいですか」


 なんでデレ始めてすぐに諦めるんだよ。デレを諦めるなよ。最後までやり切れよ。一貫性がなさすぎるぜ。まったく。そんなことをされると、もっと好きになっちまうじゃないか。デレツン。


「俺は、あんたのことが嫌いだ」


 言い切った。


「ふん。私の方が。お前のことが嫌いだよ。大っ嫌いだ。大っ嫌い。顔を見るのも嫌なくらい。ほら、起き抜けに、足を舐めろ。ほれ」

「……」


 起き抜けになんてことをさせられるんだ。起き抜けに散歩でもするのかと思ったら、足を舐めさせられるらしい。もー、勘弁してほしい。なんでそんな人間性を疑うことを要求してくるんだ。嫌に決まってるだろ。俺は、エレナの奴隷じゃないんだぞう。め!


「い、いいんですか!? 喜んで指の間まで余すところなくしゃぶらせて頂きます!」

「お前の感情などどうでもいい、さあ早くしろ我がしもべ


 なんだこの主従関係は。どうして、俺は嬉しそうなんだ。この気持ちは嘘だ。俺はこんな状況に身を委ねていいようにされて、喜んでいるだなんて……。


 ところで、いつこの手枷を外してもらえるのだろう……。ほんと生きていると心配ごとが山積するな。


 と、そんな感じで存分に足を舐めたあと、これからの予定をたてた。とりあえず、エレナ様は家に帰りたがっているので、俺は仕方なく、家まで送り届けた。すると不思議なことに、一人っきりになっていた。早。


「ううぅ。さみしいと死んでしまう」


 とぼとぼと歩いていると、道端に花が咲いているのを見つけた。雑草のようだ。どこにでもありそうな、小さな花が綺麗に開いている。


「花の形っていいよな」


 そんなことを思いながら、見つめていた。ぽつりと、肩に水滴が落ちてきた。なにごとかと思った上空を見上げるたら雨が降り出していたのがわかった。この花は雨で倒れたりしないのだろうか。花が、ちぎれたりしないのだろうか。ふと、心配になる。大丈夫。人生に心配はつきものだ。不安もつきもの。ほんと、人生ってやつは……。


 俺は、ずっとあの花のことが気になった。いつ、儚く散ってしまうかわからない、刹那的な命。どうしたら、喜んでもらえるんだろう。


 捨てられてあったボロボロの古めかしい傘で雑草の上空からの雨を防いだ。


「よしよし。無事でよかった。君がここにいるだけで今日がそこまで悪いとは感じなかった」


 なに言ってんだろ。でも、不思議と悪いと感じなかった。今日も、このお花を愛でるぜ。この守ってあげたくなる気持ちはなんだろう。やめろ。なにかを守るってことは、他のなにかを守らないってことなんだ。だれかの思い通りになるってことは、だれかの思い通りにならないってことなんだ。


 だから、なんだって感じだけど。


「よしよし。なんか、童話の星の王子さまみたいだな。一つの薔薇のために、尽くしてきたあの愛おしい姿を思い出すな。薔薇とは結婚できないし子供を産めないのに、どうして彼女のことを大切になったんだろ」


 大切なものってなんなんだろうな。なにが大切でなにが大切じゃないのか。わからない。なんだか、眠くなってきた。今日のところは野宿して過ごすとするか。


 寝た。


 起きたら、別に、世界は終わっていたりはしなかった。いつものように、同じ風景があった。見たことがある風景があった。


「いまごろ、なにしてんだろ」

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