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M1

 ああもう、どうしてこうも俺は頭が弱いんだ。パソコンの前で悶々としていると、画面から眩しいほどの光がでた。なにごとかと、驚いているうちに画面の中に吸い寄せられていった。


 《ようこそ。MMORPGの世界へ》


 脳内でそんな声が聞こえた。唐突のことで困惑したがそんな気持ちもすぐに消えた。よくあるじゃないか。リアルに生きている人間が異世界に転生するとかゲーム内に転移するとか。そんなのままあることだ。そう納得することで自己完結させた。


 ただ不安ごとがあった。


 ここは森の中。こんな場所に放り出されてどうやって生きていけばいいのだろう。右往左往と辺りを動き回っていると茂みから蠢くものを見つけた。それはカエルだった。


 とりあえず俺はメルトを唱えた。自分でもそれを唱えることにまったく違和感を感じていなかった。風呂場で歌を歌うように自然に、無意識にそれを口から発していた。カエルは溶けていた。無残だった。


 幸い、弱い敵だったからよかった。これが大型のモンスターだったら、一目散に逃げていただろう。なにせ俺のパラメータが低すぎるからな。最初に、パラメータの初期値と上昇値を選択する画面があったんだけどMPに全振りしてしまった。


 初期値だけならまだ救いがあった。これから、モンスターを倒していってAPやDPやHPを強くしていけばいいのだから。だけどそうはならなくなってしまった。いくらレベルアップしたところで上昇値が全てMPに吸収されてしまう。


 ゲームだからと油断していたのだ。遊び感覚で振り分けをしてしまった。その結果がこれだ。


 人生はゲームじゃないというが。まさか、ゲームが人生になるとは想像だにしなかった。青天の霹靂っていうのかな、こういうの。


 険しい道なき道を進んでみると、視界が明るくなった。どうやら、森から抜けたようだ。すぐ近くに、小屋がある。人の気配がしそうだ。


 少し気が緩んだせいか、足元をよくみていなかった。俺は断崖から滑り落ちた。死んだ、と思った。身体は一瞬宙に浮いた気がした。でも、実際にはそんなことはなくて重量に逆らわないまままっすぐに落ちた。


「ったあ!!」


 そんな声が聞こえた。え。この声は俺のではない。じゃあだれのだ。と不思議に思っていると、真下から呻き声がした。うう。うう〜。と呻き声がする。


「……ごめんな。なんか、ごめんな」


 咄嗟に謝った。どうやら俺は崖から落ちて、人間を下敷きにしてしまったらしい。なんか、ごめん。


「なんなんだてめ。殺されてえのか。ったく」


 と、起き上がった人間は不機嫌そうな様子だった。相対する者の顔を見やると強烈なインパクトを俺に与えた。


 そいつは、あまりにしては長い耳をしていた。それに、人間の耳ではない。犬のような……、パピヨンのような蝶の形をした耳だった。


「こっちは急いでんだよ。はやくその汚い足をどけろ」

「……」


 否応なしな態度だった。彼女は身じろぎをしながら、やっと俺の重力から解放された。ごめんな。


「ところでお前、なんて言うんだよ」

「なんてって?」


 これは名前を聞かれるフラグだと思った。


「いや、いいや。お前のことなんか興味ねーし」

「……」


 聞かれないフラグになった。俺は、さりげなく遠くの景色に視線をやった。まだ見ぬ、どこか遠くの世界。


「そう。これから主人公の物語が始まるのだ」

「なに独り言言ってんだ。さむ!」

八代夢黒やしろむくろって言います」

「勝手に名乗ってんじゃねー」


 なんだか、楽しくなってきたので、彼女とパーティを組むことにした。というか、ただ道案内をしてと頼んだだけだが。頼まれた彼女は快諾とはいかないまでも、承諾はしてくれた。いい奴。


 太陽がまだ真上にあった。まだ、昼時なのだろう。ひたすらに歩きながら、これからのことを考えた。どうやって衣食住をしていこうか。一銭も持っていない人間が、生きていくには世界は残酷だと思う。それは異世界でも同じだろう。


「お前、なに考えごとしてんの。さっさと進めよぼけが。殺されたいのか」

「……」


 とりあえず、生きていく為には前に進まないといけないらしい。生きるって大変だな。ごめんな、ごめんな……、とボソボソと呟きながら前に進んだ。


 前に進むと、丘らしきものを越えたのか視界が開けた。そこは、雑踏がこの位置からでもうかがえた。建物が密集し、人々が行き交う姿があった。近くに、こんな町があったのが驚きだ。


「ほらお前の求めていた『街』だよ。ゼネディ街といってな、ここはよそに比べて治安はいいから安心しろ。おら、連れてってやったんだから代金よこせ」

「そうやって友達から金をせびるもんじゃないんだよ」

「なんだこいつ……」


 もしかして、ここでお別れとかいう流れじゃないだろうな。


「じゃあ、ここで。私、用事あるから」

「やめれ! 俺を一人にしたらどうなるかわかっているのか!?」

「知らねー」

「寂しさに心が潰されて死んでしまうんだよ」


 俺は小声でそう言った。


「知らないっつってんだろうがああああああああ!」


 なんか、ごめんな。うら若き美少女は、どこかに走って行ってしまった。一人立ち尽くす俺。ヒロイン候補が消えたいま、明確な目的を失っていた。虚無である。


「結局、名前聞いてないんだけど」


 まあ、なんとなくこの街をうろうろしてみた。なにかイベントが始まるかもしれないし。そう思ってうろうろしてみたのが功を奏して、なんか面白いお店を見つけた。とにかく、黒い外装で摩訶不思議なオーラを放っている三角形のテントだった。なんで、街の中にテントが? と思いながらも入ってみることにした。


「……お邪魔しまする」


 勝手にお邪魔した。テントの中には黒一色のマントを着たお婆さんがいた。椅子に座ってこちらを見ている。お婆さんの手前に小ぶりな木のテーブルが置かれており、そこにはいくつもの水晶玉があった。


「ここって占いとかやってるところでございませう?」

「うん?」


 お婆さんは首を傾げたような声をだした。そのあと、こう言った。


「ここは、黒魔道の習得部屋じゃよ。ほう。ここに来るのは初めてのようじゃの。若人」

「さいですね」

「うん。こちらの水晶玉には攻撃魔法の刻印が刻まれておる。左から順に、メルト、メルトガ、ファイア、ファイガ、レイ、レイガ」


 きた。これはきた。俺はたぶんメルトしか習得してないので、こういう攻撃魔法のお店に入れたのは嬉しい。しかも、メルトの上位互換のメルトガが売られているし。なかなか、先行きいいんじゃないのか。これは。しかし、ここであることに気づく。


「ごめんな。いま、金ないんだ」


 俺は、先行きが心配になった。このテントから出たら、途方にくれた。歩けば、なにか発見があるかもしれないと期待したのだが、期待は失望に変わっていった。そんなことは現実世界でも同じことだ。自分に過度に期待をしてはいけない。それは自惚れだ。


 空を見上げたら、夕暮れ時のような薄紅色になっていた。街路を歩いていると、人だかりを見つけた。俺は急いで駆けつけた。耳からは喧騒が聞こえた。なにかトラブルでもあったのだろうか。


 人だかりを押しのけて、前列に侵入するとそこには、二人の人間がいた。二人共、武器を持っていた。大きな斧を持った男と、棍棒を持った男がいた。その周りを囲むようにして野次馬が出来ている。


「なにやってんだ、こいつら……」


 死にものぐるいで、戦い合っていた。血を吹き出し、いまにもどちらかが倒れそうな悲惨なものだった。それなのに、両者とも、楽しそうで、なんだか興味をそそられた。


 すぐに決着はついた。棍棒を持った男が、思いっきり得物を振り下ろしたとき、色々とグロい血が飛散し、野次馬達は歓声をあげた。いや、いまとなって気づいたのだが、奴らは野次馬ではなく観客だったのかもしれない。司会者とその側近が出てきて、この惨状を嬉々として語り出してたから。周りも、それに同調して歓声を高らかにしていたし。


「はあ、なんだか、このとんでもないところに来ちゃった感な」


 俺は来た道を引き返そうと思った。


「おいそこのアニキ」


 声をかけられてしまった。野太い声だ。振り返ると、ガタイの良い筋肉質の巨漢がいた。


「見るにお前、なかなか筋が良さそうだ。さっきの見て血が騒いだだろ。ここで一戦どうだ?」

「なんで、わざわざ死ににいくようなことしないといけないんだ……」


 物騒だなと思った。やべえよ。まじでやべえよこの世界。俺の防御力を知らないからそんなことが言えるんだ。薄っぺらい紙だぞ。取り扱い気をつけろ。馬鹿野郎。


 俺は軽く会釈をしてこの場をあとにしようとした。


「おい。ちょっと待てよアニキ」

「……」


 呼び止めに応じてしまう人間性が憎い。ここから俺は、されるがままだった。いきなり鳩尾みぞおちに拳を振られた。あまりにしては表現が弱すぎるが、本当に痛かった。立っていられなかった。その場で腹を抑え、くの字になりうぐぅと唸った。


 どうしてこうなった。俺は床に貼り付けにされたまま、踏まれ続けた。殴られ続けた。口内から、血がドバドバ出た。あ。これ、本当にヤバいやつだ。本当に死ぬ。このままだと、絶対に死ぬ。そう思ったとき、俺は口から呪文を唱えていた。


「メルト」


 それだけで、事態が終結した。奴は、溶けてなくなっていた。まだ、全身が痛い。苦しい。こんな状態でよく発声することが可能だったなと自分で自分を褒めてやりたいぐらいだ。


 周りは、さらに騒がしくなった。さあ、次の挑戦者は〜とか言ってるあの司会者を殺めたら、この惨状を止められないかな。とか物騒なことを考えていた。


 衆目が俺を囲む中。その衆目の中に見覚えがある耳があった。蝶々を連想させる、可愛らしい耳をした。そう。あの少女の名前は、知らない。……知らなかった。


「なに騒ぎをおこしてんだ。馬鹿かお前」

「……さいですね。ごめんなさい」


 先ほど会ったばかりなので、妙に親近感を感じて、嬉しくなった。だって、俺ら、


「友達じゃねー」


 まだなにも言ってないのだが、悟られた。いま、どんな読心術を使った。こいつ、できる。


「ここでひとつ提案があるんだけどよー。もし、ここから抜け出せるとしたら報酬は弾むよな? 別に、後払いでもいいんだけどよ」

「わかっているさ、俺との中じゃないか。報酬は、いくらでもご奉仕するつもりだが」

「ご奉仕って、いや、金が欲しいんだっつーの。じゃあ、いくぜ」


 手からなにか、球体を取り出して、それを地面に向かって投げた。すると、煙がもくもくと拡散された。


「これは……なんでせう? う、煙い」

「だから煙幕だっつってんだろ」

「いま、初めて聞いたんだけどな」


 今の内にと、この場所から足早に逃げた。この街、なんでもありかよ。夜の街って怖いよ。お父さん。俺は、ずっと、日向の人間でいたい。真っ当な人の道を歩きたい。なにもやましいことをしてないのに、なんでこんな事態になってしまったんだ。鬱屈した気分になりながらも、ただ、ひたすら足を動かし続けた。


 裏路地の人の気配のない場所に辿りついた。息を荒くしながら、膝が笑ってた。ほんと怖かった。


「はあ。おい、ここ治安が良いって言ってなかったか?」

「他に比べたら治安、良いぜ?」

「他って……どんだけ悪いんだよ。地獄かよ」

「にはは」


 彼女はそう言って笑った。初めて、見たそれは、純真なもののように感じられた。


「ところで、何者?」


 その顔を指差した。


「エレナ・アイザッシュ。ま、盗賊だよ。低俗なお前と違ってな」


 うまいことを言われた。俺が低俗なのをいいことにっ。


 足を休めたあと、これから必要なことを思い出した。これから、どこで眠ればいいのだろう。夜の街を、こんなデンジャラスな街を、野宿するなんてことは想像するだけでも怖い。なんだこの危機的状況。


「お、おい。これから、俺はどうすればいいのでせう?」

「ん。そこらへんでくたばってればいいんじゃねーのか?」

「そこらへんて。そこらへんて」


 なんて、薄情な奴なんだ。俺は怒ったぞう。


「言っていいことと悪いことがあるでしょう?」


 怒った。


「ふん。どうでもいいけど。今日、泊まるところがないんじゃあうちに来るか?」


 天使?


 俺はご厚意に感謝しながらも、泊まった。シャンデリアとか額縁の中の絵画を見るに、豪奢な屋敷のようだった。そもそも屋敷のスケールが大きい。最初外観を見たとき、ホテルかと思った。いかがわしいホテルに俺は誘われているのかと思った。だが、違った。


 彼女は貴女だった。お嬢様だったのだ。威厳あるこの屋敷の、いわば、主人の次に偉い人間だ。


「これは、もう、なにもいうまい、だな」

「あ。なんか言えよ」


 肘で小突かれた。俺はぐふぅと肺から空気がでた。死ぬかと思った。使用人が目の前で、愛想笑いを浮かべてる。ごめんな。愛想笑いさせて。社会ってシンドイよな。ごめんな。タキシード似合ってるよ。そう思いながら、ウインクした。すると、引きつったような笑みを浮かべた。ごめんな。


「お前、盗賊じゃなかったのかよ」

「そんなこと言ったっけ? つーか、お前なんかに本当のこと話すかよ。ばーか」

「ぼ、ぼくを馬鹿にしたなっ!」

「ぼくはお家に帰りな。ここはお前のような低俗のくるところじゃないんだよ」


 なんで、そうやって辛辣な態度をとるのか不思議だ。ぼくは悪くないのに。


「はっ。ぼくはおねんねの時間だよ。ほら電気を消せよ。このクソ野郎」


 俺は電気を消した。これで、今日という一日が終わった。もう、明日がやってくる。先の読めない、不確定な明日が。


 次の日になって、ベットから起き上がる。そして、ここが現実世界ではないことを再確認した。なぜか両腕には手枷がしてあったけど、気にしてはいけないだろう。別に、そういった趣味があるわけではないので紛らわしいことこの上ない。この姿をだれかに見られたらどうするんだ。


「おはようございます。八代様」


 ナチュラルに見られた。


 ぺこりと軽く頭を下げ、使用人の女性がボールギャグ、じゃなくて箒を持ちながら現れた。朝から掃除か。清潔だな。別に、俺が寝室にいる時にやらなくてもいいのに、とは思ったけど。それから隣のベットでぐーすか寝ているエレナを見て、なるほどと思った。


 だから、俺は手枷をしているのか。ご用心なことで。


「はは。すごくいい。すごくいいよこの状況」


 ただ、シニカルに笑う他ない気がした。異世界に来てまで、一体なにをしているんだよ。この低俗な馬鹿野郎。と、罵りながらも、社交辞令で挨拶を試みる。


「おはようございます。今日もいい天気ですね!」

「……あの」

「どうしましたでございませうか?」

「今日はいい天気ではありません。生憎の雨です」


「生憎……そんなに俺が憎いか。そうか。そうなのか。この世界はどうしてこんなに厳しいんだ。こんな仕打ちは……嫌だ。なにも悪いことしてないのに」


 するとその使用人は光り輝く天使のような爛漫な笑みでこう言った。


「大丈夫ですか? いい精神科、紹介しますよ?」


 うう。早くこの手枷を外してくれ。昨日の夜、一体全体なにがあったっていうんだ。別に、やましいことはなにもなかったはずだぞ。


 むくりと、隣で起き上がる姿があった。エレナさんだった。獣耳が垂れ下がっている。寝惚けなまこで、目をこすっている。透き通った白い肌が、ところどころ無防備にむき出しになっている。


「ゴクリ」

「おい。てめー。いまなに考えてたんだ?」

「なんでも、ございませんでございまするよ? それにしても、今日はいい天気ですなあ」

「まあ。いい天気だよな。今日は雨らしいからな」

「雨が好きなの?」

「好きか嫌いかの二元論に持ち込むなよ。馬鹿野郎」


 もしくは、豚野郎かと彼女は呟いた。そんな荒い言葉使いはしても、外見は極みに至った至極のプリティ少女なのでそれほど怖いとは思わなかった。


 それはいいとして。


「あの。この手枷を外してもらえませんか? このままだと、トイレをエレナさんに同伴してもらわないといけなくなりまするぅ」


 俺はしょぼんと落ち込んだような声音で言った。すると、恥ずかしそうに急に吃ったようになった。


「は。なんで、わ、私がっ。わ、わけわかんねーし。それはあの使用人にやらせるっつーの」

「……なんか、可愛いな。愛す可しと書いて」


 そしてあの使用人に勝手に嫌な役目を与えるな。酷すぎる。拷問だ。別に、冗談で言っただけなのに。


 幸い、拘束は解いてもらえた。まさか、解いてもらえないなんて思っていなかったけど。思っていませんでしたけどもちろん。ええ。


 そして、なぜか俺は、食卓の椅子に座っていた。なんか、一家団欒みたいなんだけど。獣耳の家族だなんて、俺一人だけ浮いてる感じなんだけど。まあ、どうでもいいか。


「いただきます」

「いただきます」


 食器の上には、食欲をそそる絶品そうな料理がある。それも、テーブルの上いっぱいに置いてあった。これがおもてなしか。度が行き過ぎだろ。まるでこれが最後の晩餐みたいではないか。俺は百歳まで生きると決めてるんだ。こんな、なんかの偶然で入ってきただけの異世界で死ぬわけにはいかない。


 さっきの拘束のこともあって、かなり警戒していた。……拘束されるってなんだ。なんで、そうなった。


「さあさ。たんとお食べくださいませ」

「ごめんな。俺は長年患っている過敏性大腸炎のせいで食事をまともに食べることができないんだ。食べたら吐くしかできないんだ。ご厚意を無下にしてしまい申し訳ありませぬ」


 俺は一礼をした。場は凍り、こいつなに言ってんだみたいな雰囲気が部屋に充満した。


「おい。お前、いますぐ死ぬのとあとで死ぬのどっちか選べ」

「……じゃあ、あとで」


 彼女はにっこりと微笑んだ。


「よし。いまか」

「あとでって言ったよな!?」


 両手にはナイフとフォークが握られ、いまにも突っかかってきそな勢いがあった。だから、なんでそう野蛮なんだよ。短絡的すぎだろ。しかも、家主ですらそれを傍観しているという……。お父さま、どうか、一言、お叱りの声を発してもいい頃合いでございませうよ?


「やめろ。俺の首に一億の懸賞金がかけられてあることはわかってる。だけど……、それでもやっていいことと悪いことがあるだろ」

「……」

「完全スルーするやつな」

「なんだこいつ」


 ごめんな。俺が悪かった。だけど、俺だけが悪いわけじゃない。世界が悪いんだ。俺が悪いのも、世界のせいだ。


 とりあえず、朝食は食べ終わった。もちろん、お礼は言った。ありがとうございますと言った。


「で、これから、どうする?」


 先ほどの寝室に二人。俺とエレナは、話し合いをした。話し合いをして揉め事ができてもいけないし。こういうとき、どう話しを振っていいか悩む。


 ベットに座りながら、向かい合ったままじっとした。


「なにが」

「なんでも」

「なんでもってなんだよ。このクソボケが」

「クソは許す。だが、ボケは許さん」

「なにそのクソに対する、許容感。マジでうぜー」


 別に笑いごとじゃないんだけど。相対する人間は笑っていた。これから、生きていかなきゃならんていうのに、俺はだれかに依存しないと死んでしまう。人は一人で生きていけないけど、だれかに養ってもらう惨めさを許容してはいけない気がするんだ。


「あの、昨日と今日はありがとな。おかげで助かった」

「金」

「よくよく考えればエレナに助けてられてばっかだった気がするわ」

「金」

「ありがとうございます!」

「だから金だって言ってんだろうがあああああ!」

「現金なやつ。俺は現金は持ち合わせてはおらん。そもそもあんた裕福な生活してるじゃねえか。貧乏人間に金をせびらなくてもいいだろうが」

「……あ、まあ、そうなんだけど」


 なんでそこで、挙動が変わるんだ。ずっとツンツンしていてくれよ。つっけんどんしていてくれよ。


 俺はベットから立ち上がった。


「じゃあ。俺、行くわ。ありがとな」


 ドアノブに手をかけ、引いたときに背後を振り向くと彼女は枕に顔を抑えつけていた。


「どうした。つっけんどん」

「とっとと行けよ。最悪。死んじまえ」

「そうか。俺は最悪か。それも、悪くない」


 じゃあなと言って、この部屋をあとにした。


 それからというもの、俺は根無し草な生活が続いた。なにせ、金がないのだ。鐚一文びたいちもんもないのだ。現実世界でもこんな貧乏になったことはない。0Gておい。ボンビーを極め過ぎだろ。


 街の外に出ても良いけど、死んだら元も子もないじゃん。だから、それはいったん保留にしよう。死ぬ直前まで保留で置いとこう。俺はただ、生きていたいだけなんだ。それさえも、この世界は許さないというのか。現実もゲーム内も、根本的なところでかわらない。もっと、金銭的弱者に優しい世界をつくってくれ。


 あれ。道端になんか落ちてる。赤いフルーツ。これは林檎では? 林檎。林檎林檎が食べたい。三日飯を食べていないので、お腹と背中がくっつきそうなんだ。


「林檎ぉ」


 やっと林檎を手にすることが出来そうな距離に来た。あとは林檎を手に取る動作をするだけなのに、神様はなぜか鬼畜なようで、俺は、複数の怪しく黒い人間達に拘束され、身ぐるみを剥がされた。全裸である。正座をさせられてる。


 なんで、こうなった。


「早く貸した金返してくんねー? でないと、あんたの大切なもんをもぎ取るよ?」

「た、大切なものって……?」

「そうさね。あんたの指とか、股間についてるものとか」

「うわあ。うわあ」


 そういえば、先日、金をどっかに貸してもらったんだ。利子五十パーセントで。あの金で食べた鳥の照り焼きはうまかったな。ああ、このままだと子供が産めなくなる……。どうしよう。正座のまま、俺を囲む集団を見やった。


「どうしたら、許してくれませうか?」

「あんたふざけてんのか。金を返せって言ってんのこっちは。早くしろよ。そんな格好のまま、一生を過ごしていたいのか。ああん」

「できれば、人間としてエントロピー増加に抗うために規律正しくしていたいので、服は着ていたいのですが……。掃除は小まめにしたいですし、全裸生活はしたくないのですですが……」

「なに言ってるかわかんね。おい、こいつ連れていくんぞ」


 なんか連行された。なんか、四方を壁で囲まれた部屋に連れていかれた。なんか、天井からぶら下がってる鎖の手錠で両手首をはめられた。


「空が青いなあ……。なんて青々しい。青い。青い」


 ぼうっと宙を見つめ続けた。遠いところを見ていた。遠い目というやつだ。


「あ。今日はいい天気ですね」

「ついに気が狂っちまったか。ここは拷問部屋だ。空なんか見えるわきゃねーだろ」

「う。うぅ」


 かれこれ一年は立ったような体感時間だ。朝昼晩、黒いキャットスーツに、舞踏会で見るような派手な仮面を着飾った美女がやってきて、火の点いたロウソクの蝋をたらしてくる。さらには、片手に持った鞭で俺のことを「この豚野郎」と罵倒しながらしばいてくる。


 こんなの、嬉し、いや、鬼畜過ぎる。拷問だ。人権はどこにいった。だれか、助けてくれ。こんなのあんまりだ。俺の身体は蛇のような痣でいっぱいだ。もし、この世界に神さまという上等な存在がいるなら、どうか我が魂に救いの手を差し伸べてください。


 懇願した。


 今日も拷問部屋の扉が開いた。地獄の鞭打ちが始まろうとしている。どうか、お助けを。神様。


「だが、だれも助けはしなかった。それもそうだろう。神様がいたところで、こんな俺を哀れんだりしないからだ。だって俺は、ただ、相対するこのスレンダーでぼんきゅっぼんでグラマーで魅惑的な美女、もとい、女王様に欲情していただけなんだから」


 俺は、足蹴りでそいつをぶっ飛ばした。その衝撃で、手に持っていた鍵を発見した。そいつは気絶していた。運が良過ぎる。いや、元々の運が悪すぎのか。まあ、そんなことはどうでもいい。うまく足で鍵を握って、手に持ち替えた。身体が柔軟でよかった。それから、時間をかけて手錠の鍵を開けることの成功した。


「よかった!」


 小学生並みの感想(とてもいい感想だと思う)を言って外に出た。空はやっぱり青かった。地球もきっと、青い。ふう、と深呼吸したら幸せを感じた。


 で。ここはどこ?


 たしか、あいつはゼネディ街って言ってた気がするけど。でも、見えるのは廃墟ばかり。人が生活してるような感じはしない。とりあえず坂を下ってみることにした。上がるよりかは下る方が、元の場所に戻れる可能性が高い気がするし。


 歩きながらも飢えに苦しんでいた。もう死にそう。


「お腹と背中が同化してしまうう」


 すぐ疲れてしまうので、木の棒を杖代わりにしてみた。これが、意外といい。まるで、砂漠の中でオアシスを探す人間みたいな図になりそうだ。別にここ砂漠じゃないんだけど。いや、だからいいってわけじゃないんだけど。もちろん、足が疲れにくいからいいんだけども。ああ、もう。俺はなにを考えてるんだ。意味不明だ。人間の思考なんてそんなもんか。


 しばらく歩いていると、また、目の前に林檎が現れた。通路のど真ん中に、だ。これはさっきと同じパターンなのではないか、と考えるのが『普通』と呼ばれる神聖な人間の思考なのだろうけど、無我の境地で手に取った。


 うん。手に取って、食べた。うまかった。

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