異世界に転移したら勇者になって魔物相手に本気出す!
「ボクには勇者の素質がある」
ボクがそう感じ始めたのは中学2年の頃だった。別に確証とか証拠とか何にも無かったけども、とにかく何となく何処となくそんな気がしてたんだ。「ボクは将来、勇者になって皆を救う存在になるんだ」って。
低偏差値の地元高校へどうにか入学出来てからは、さらにその思いは強くなったね。「ボクはこいつらのような底辺とは違う。いずれ勇者になって世界を救うヒーローになるんだ」と。DQN共がヘラヘラ笑っていやがってさ・・・今に見てろよ?お前ら全員、ボクの足元にひれ伏させてやるんだから。
しかし、だ。
困ったこともある。「これ」をウカツに他人に話をしても、誰も信じてくれないって事だ。だから他人には黙ってる。いや・・厳密に言えばママには告白したな?あまりにも「勉強しろ!」ってウルサイから「ボクは将来、勇者になるんだから勉強なんて必要無い!」って。そう言えば、あれきりママは何も言わなくなったな。まぁ、将来の勇者様に楯突かないのは正しい選択というものだろう。
それにしても、登校というのは憂鬱だよ。朝は早くに起きなくちゃぁいけないし、電車はギュウギュウ詰めだしさ。別に授業で「いとおかし」とか習ったところで、勇者はおろか実社会ですら役に立つとも思えんし。仕方ないからその時間は将来設計を考える時間に当ててんだ。「勇者になって魔物を退治したら、世界はどうなるだろう?」って。ボクを国王として認めてくれるかしら?国中のお宝が全てボクのものになるだろうか?あとはアレだな、女。アイドルグループをまるごとひとつ、ボク専用にお抱えする事だって認められるに違いないぞ。そうすれば・・・ヒヒヒ。楽しいぞ、きっと。
おや?ホームの向こうで他のJK達と楽しそうに喋っているのは幼馴染のミルクだな?小学校のときは良く一緒に遊んだっけ?うーん、忘れたなぁ。ミルクはボクと違って頭がイイし、顔もカワイイから中学の頃からモテてたっけ。チョット寂しいと言えば寂しいけどさ。でも、それももう少しの辛抱だ。ボクが勇者様になればミルクだって、向こうから駆け寄って来るに決まってるんだから。何ならボクが白馬の王子様よろしく迎えに行っても良いかも知れない。
でね。「その時」は本当に来たんだ。うん、ホントに「いきなり」だったよ。何の前触れもなくボクは異世界に「召喚」されんだ。
どうだったかなぁ、ハッキリと覚えは無いけど駅の改札を抜けた途端だったんじゃないかな? 突然、目の前から駅の建物が消えたんだ。そして、山に囲まれた丘の上にボクは立っていたんだ。本気で何が起きたのか、全く理解出来なかったね。
それで、よく々前を見たら大勢の人達がボクの前で土下座してるんだ。いや、ビビったなぁ。「いや、ボクはまだ何もしてませんけど!?」って。
そしたら、イチバン前に居た偉い人?らしき人が顔を上げたんだ。
「恐れ入ります。勇者様でございますね?」って。いや参ったなぁ、どうして分かっちゃたんだろ?ボクが勇者だって事がさ。いや、違うか。むしろボクはこの世界に飛ばされる事で、初めて「勇者様」になる運命だったのかも知れない。いや、多分そうだったに違いない。少し予想とは違ったけど、とりあえず許容範囲内としておこうか。
「え・・・?何、勇者様?ごめん、何の事か分かんないけど」
とりあえずボクはシラを切ってみせたね。まずは様子を見ようかと
「これはこれは。大変失礼を申し上げました。私は村長にございます。実はこの村には数年前から妙な魔物が住み着いており、大変に難渋しております」
なるほどー。つまり、その魔物ってのを退治するのが勇者であるボクの役目ってワケだ。いや、しかしナンだよ?もしかして魔物ってアレじゃないの?メチャクチャ強いとか?だから聞いたさ。
「それはお困りでしょう。で、その魔物とやらは強いんですか?」って。そしたら村長がスゴい事を言ったよ?
「それはもう!恐ろしいほどです。まずは怪力の持ち主で、我々では太刀打ち出来ません」
えー・・・何だな。やって来る世界を間違えたかな?こりゃ。
「あの・・・怪力というと、どの程度で?」
そしたら村長が言ったんだ。
「凄まじき力です。何しろ小指ほどの太さもあろう松の枝を、いとも簡単に折ってしまうくらいに!我々ならノコギリを用いても数時間は掛かります!」
・・・マジ?「それ」が怪力?それだったら・・・ボクは目の前にあった握りこぶしほどの岩を片手で持ち上げてみせたんだ。
「どう?これくらい力があれば太刀打ち出来そう?」ってね。
そしたら皆の顔がもう、こっちが驚くくらいにビックリ仰天でさぁ。
「ぎぇぇぇ!何たる怪力!これぞまさしく勇者様の証に違いあるまい!」って・・まぁ、大騒ぎだよ?参ったなぁ。やはり異世界はこうでなくちゃ。
とりあえず村で歓迎の宴をしてくれるって言うから、その準備の間に村長に詳しい事情を聞いたんだ。
何だっけ?そうそう、その魔物ってのがやって来たのが4年ほど前なんだって。コイツがタチの悪い事に人間を食べるらしいんだよ。最初は大変だったって、村長が泣いてたよ。それでね、どうにかこうにか苦労して魔物を地下迷宮に誘い込んだんだって。
さて、その迷宮ってのが、また良く出来ていてるんだ。魔物が出ようとしても、通路がまるで生き物みたいに道順を変えるんだって!でも、その力も絶対じゃないらしくって、もしも魔物が本気を出して挑んで来たら「万が一」って事もありうるだってさ。世の中上手く行かないモンだ。
そこでだ。放っておけば魔物が再び出てきて暴れだしてしまうんで、困り果てた村人達は魔物と「恐ろしい取引」をしたんだ。それが、
「魔物に地下迷宮で大人しくしててもらう代わりに、毎年1人づつ村から生贄を出す」っていう・・・オヤクソクかも知れないけども、辛い話だと思ったね。だって、魔物が来たのが4年前?だったら、もうスデに何人かが・・・
そしてそして、更にスゴい事を聞かされたよ。
「今年の生贄は・・・我が孫娘にございます」なんだってさ!村長さん、泣いてたよ。そりゃそうだろうさ。
それでその「孫娘」ってのを紹介されたんだけど・・・驚いたね!これが幼馴染のミルクそっくりなんだ!「キター!」って思ったよ。なるほど、運命の神様ってのは上手にご褒美を用意してくれるモンだ。いや、憎いねぇまったく!だから、ボクは高らかに宣言してやったよ。
「なるほど。事情は理解致しました。何、ご心配はご無用でございます。このボクがミル・・・孫娘さんに代わって『生贄』として魔物の元に向かいましょう。それでボクが退治してあげますから」ってね。
村長さん、号泣だったよ?「よくぞ言って頂けました」って。感謝されるってのは気分が良いもんだって感動したね。
宴もね、それはそれは大変なものだったけど、ボクにとってのメインイベントは「その後」だったんだ。トイレに行った帰りに当の孫娘さんがボクを待ち伏せしててね。それも人気のない処でさぁ。何だか期待しちゃうじゃんか。それで、
「勇者様、お話がございます」って、真剣な顔してんだよ。
「え?何ですか?心配ならご無用ですよ?」って言ったけど、孫娘ちゃん泣きそうな顔してんのよ。もう、この顔がカワいくてさ。
「お爺ちゃんは何も言いませんでしたけど、実はすでに腕に覚えのある者が3人も魔物に挑んで殺されているんです。このまま勇者様を行かせてしまったら、私の代わりにアナタが殺されてしまいます!どうかこのままお逃げくださいませ」とか言って、ボクのシャツを掴んでせがむんだよ。泣かせるじゃないですか。ここで引いたら男じゃないね、いや、勇者様の名折れってもんだろ?だから言ってやったね。
「大丈夫です。ボクに任せてください。魔物がいかに強かろうとも、孫娘さんのために粉砕して差し上げますから」と。そしたらさぁ、孫娘さんが涙目になって
「勇者様・・・・」って良いムード。雰囲気が盛り上がる、盛り上がる。これはもうとりあえず月明かりをバックにキスするしかないっ・・・ってところで
「勇者様ー?何処にお見えですかぁ?」とか言って無粋な村人がやって来やがって・・・まぁ、これもオヤクソク?どうせコトが終わるまでの辛抱さ。
席に戻ったら村人達がもう、すっかり酔っ払ってんだよ。それで恥ずかしそうにしてる孫娘ちゃんをボクの横に無理やり座らせてさ。
「もしも無事に魔物が退治された暁には、勇者様に孫娘さんを貰って頂くというのはどうだろう?」なんて言い出してんだよ。いや、照れるなぁ。村長も笑顔でウンウンと頷いてるし、孫娘ちゃんも「まんざらでもない」感じで下向いて顔真っ赤にしてるしさ。よーし、明日は頑張らないと!
地下迷宮へは狩りに使う無線機を持っていくよう、指示されたんだ。貴重な物らしいんだけど、コトがコトだからね。それで案内をしてくれるんだって。何でも昔の地図を頼りに、外部からなら案内が出来るらしいんだ。
いやまぁ・・・そりゃね?全く怖く無かったかと言えばウソだけどさ。でもホラ、とりあえず幼馴染のミルクに激似の孫娘ちゃんと約束したし?それより何よりボクは勇者様なんだし?行くだけ行っておかないと。
どうかなぁ?それでも10分くらいで魔物が寝床にしている部屋にたどり着いたかなぁ。部屋全体がほんのり明るくてね。その部屋の隅に・・・居やがったよ、居やがったよ。魔物さん・・・・って、あれ?アレが・・・魔物?・・・・ちっさ!
魔物って言うから、もっとデカいのかと思ってたけど、ゼンゼン小さいじゃん?小学生くらい?それもガリガリに痩せているし!よーし、楽勝コース確定!!
「よーし、お前が『魔物』だな?覚悟しやがれ!今からこのボクが退治してやろう」名乗りを上げたよ。そしたら魔物の野郎、意外と落ち着いてやがってさ。
「何?今年の生贄はお前なのか?」とかヌかすんだ。腹立つわー。それで
「ボクの力を少しだけ見せてやろう」と宣言してから、足元に転がってた大きめの石ころを片手で投げ上げて見せたんだ。そしたら魔物のヤツが驚きやがったね。
「ぬぉ!そのような巨岩を片手で・・・!キサマ、恐るべき怪力の持ち主だな、さては異世界の住人か!」・・・って、もう大笑いよ?ああ、早くとっととコレをブっ倒して孫娘ちゃんに会いたいなぁ。
「いざ覚悟しろ、この魔物め!」
ボクは右腕でもって、思っいきり魔物目掛けてブン殴りかかってやったよ。まぁ、勇者様の力をもってすれば、この程度ならワンパン余裕だろうし?
ボクのパンチが「空を切った」と知るのに時間は掛からなかった。何しろ、殴った先に誰も居なかったから。
魔物は、何時の間にか部屋の反対側に居て、こちら背を向けている。
「・・・魔物め・・・意外と素早いんだな・・・」
「・・・・」
魔物は、ボクの問に何も答えようとしなかった。
「何故、黙っている!」
ボクはイラついて魔物を怒鳴りつけた。
「・・・モグ・・・グシャ・・・モグッ・・・うぐ・・・っと」
魔物はやっと、こちらに顔を向けた。
「お前、チト骨が柔らか過ぎやせんか?ワシとしてはもっと固い方が好みだがな。でもまぁ・・いいか。折角の1年ぶりの馳走だしの」
ボクには魔物の言っている意味が分からなかった。
「お・・お前、何を言ってるんだ?さっきから・・・・!!」
部屋の暗がりに、ボクの目がようやく慣れてきて、魔物の顔の輪郭がハッキリと見えるようになった。その、魔物の口に何やら変なものがついてる。まるで、人の指のような・・・
「のぉ、生贄」
魔物がニヤっと笑った。
「キサマ、力はあるがスピードはゼンゼンだな?お陰でチョイと味見をさせてもらったぞ?」
ボクはふと、自分の右手に目をやった。
そこには、あるべきハズの右拳が・・・無かった。
「え・・・?・・・な、何だこれぇぇぇ!」
薄暗い部屋にボクの絶叫がこだまする。
「よぉ、生贄。お前まさか自分が万能だとでも勘違いしたか?世の中それほど甘くは無いぞ?」
勝ち誇ったかのように魔物が嗤う。
「この世は沢山の異世界で出来ておる。ワシもその異世界のひとつから、ここに飛ばされて来た身じゃて。ワシにはお前のような怪力も、ここの住人のような幻術も使えんが、スピードだけなら未だ無敗じゃ」
ボクは拳を失った右手を見た。確かに手首から先は無くなっているが、意外にも出血はさほどでもない。今のうちに脱出すれば、とりあえず命だけは助かるだろう。これは・・・作戦を立ち直さないと!
「血が出ていないのが不思議か?上手いモンじゃろ?ワシの特技じゃて。何しろ人間というヤツは出血が多いとすぐに死んでしまう。人間の肉は足が早くての・・・死ぬとすぐに鮮度が落ちてマズくなるんじゃよ。だから、すこ~しづつ、食いちぎれるように工夫してな・・・」
ケケケと鳴くような魔物の声がする。マズい、これはマズい!ボクは無線機に向かって大声で叫んだ。
「ボクだ!聞こえるか?!大変だ、魔物に未知の力がある事が判明した!ただちに脱出して一旦、立て直す!幻術で援護してくれ!・・・って、え?何これ・・・」
ボクが持っていた「無線機」はどう見ても「ただの木箱」だった。
「ま・・まさか・・・この無線機も幻術・・・?」
ボクはその場でヘタり込んだ。
「ふふ・・残念だったな、生贄。村人が助けてくれるとでも思ったか?バハハハッ!そんなワケ無いだろうが。そんな事をしたらワシとの間の契約が反故になるじゃろ?そしたらお前は村から逃げるだろうから、村人の誰かをお前の代わりに寄越す必要が生じるワケじゃ。そりゃ、アカの他人のお前を犠牲にするのが、イチバンじゃろ?」
魔物は余裕の顔でニヤついている。
「異世界の住人にはそれぞれ色んな力があってな・・・ワシが元いた世界の住人には自分たちにとって重大な害を持つ生き物を、その生き物に対応出来る他の異世界に『飛ばす』能力があったんじゃ。過去にも『サメ』とかいう生き物を『飛ばした』という話を聞いた事がある」
ボクの両足はもう、自分の言う事を聞いてくれそうになかった。目の前にあるのは、絶対の・・・・死・・?
「ワシが居た前の異世界の住人はの、ワシをこちらの異世界に飛ばす代わりに、こちらの異世界の住人と取引したんじゃ。『毎年ひとり、勇者を他の異世界から飛ばす』ってね・・・まぁあれだ。どうせその世界にとって『なるべく影響の少ないヤツ』を選ぶんだろうがな」
魔物の口から涎が垂れているのが分かる。その涎に、先程食べたボクの拳から出た血が、赤黒く混ざっているようだった。
「くそ・・・!くそ・・・!騙したなぁ・・・!よくも、よくも・・・ボクを・・」
何処ヘともなく、ボクは大声で怒鳴った。村人は最初からボクを『持ち上げて』生贄にするつもりだったんだ!いや、でも、孫娘ちゃんは?少なくとも彼女はとてもボクを騙すつもりがあったとも思えない。だって、親切に『逃げろ』って・・・
「騙す、・・・か。なるほど?村人のやり方も巧妙らしいでの」
魔物が、ボクの方に向かってゆっくりと歩き出した。
「この方法にもルールがあるらしくての・・・一応それでも『勇者様』のご意向を伺わなきゃならんらしい。『逃げずに戦うのか?』とな。まぁ・・最初からヤル気の無いヤツをこの迷宮に閉じ込めるのもムリだろうし、自発的意思を確認せにゃいかんのだろうて」
え?それがもしかして孫娘ちゃんの?
「その時、ヤツらはルールのギリギリで幻術を仕掛けるらしいな。その時の『勇者様』にとって、もっとも大事な人の姿を・・・」
何?何?何を言ってんの?じゃぁアレ?あのミルク似の孫娘ちゃんは・・・幻術・・・?
ボクは、この時点で生きる力の全てを手放した。
「村人を恨むか?それともワシを恨むのか?」
魔物の鋭い爪が、ボクの右足首に食い込んだ。ああ・・足首から千切って食べる気なんだな・・・ボクの足元でバリバリと足の骨が砕ける音がする。
思えばしかし、全てはボクの選択の結果かも知れない。
ボクは「勇者だから」と「何もしない」という選択をした。勉強も、家の手伝いも何もかも拒否してきた。仮に学校を卒業したとしても、ボクは働く気なんてサラサラ無かった。「上司」なんてワケの分からないヤツに頭を下げるなんてゴメンだったし、何と言われようがニートで充分だと思ってた。
異世界に飛ばされて、ボクは勇者様と持ち上げられてイイ気になっていた。そして、孫娘ちゃんの必死の引き止めにも「戦う」事を選択したんだったけ。そう言えば、そうだったよ。全部・・自分が・・・
そうだ・・・ボクは世界に「選ばれた」んじゃぁない。
ボクは世界から「見捨てられた」んだ。
ボクに残っているこの世で最後の記憶は、自分の肋骨が砕ける感覚だった。
地下迷宮の外には、村人達が集まっていた。
「どうだ・・・?」
外壁に耳を当てて聞いていた者が、悲しそうに首を横に振る。
「・・・そうか・・・今年もダメだったか・・・いつか、魔物を倒せる異世界人がやって来てくれると信じておるが・・・とりあえず、今年は違ったようだな・・・」
ふう・・・と村人の溜息が漏れる。どちらかと言うと「とりあえず、これで1年は安泰だ」という安堵の。
「皆の者」
村長が皆を制する。
「貴重な犠牲となった勇者様に黙祷を捧げるのじゃ。かの者は、この世の全ての異世界のバランスを持つために尊い命を捧げてくれた、まさに勇者様じゃ。いつも通り、祠に祀ってその偉業を末永く称えようぞ」
完