非日常 #1
金曜日
P.M 7:10
「ノブさーん!こっちこっち!」
平野は息を切らせ駆けてきた依田に向け手を振った。
飛び跳ねんが如き勢いで目一杯両手を振り、依田の名を呼ぶ平野の背を眺めながら、園部は車に背を預けて呟いた。
「ノブさんが遅刻するなんて、初めて見ましたよ。」
「まぁ、普段ノブはこーいうのに、きっちりしてるからなぁ。珍しい事もあるもんだなぁ。」
園部の横で運転席のドアを開け放ち、そこに座る今野が欠伸紛れにそう言った。
「じゃあ明日は雨だ。マサさんの折角の計画も台無しになってしまいますね。」
園部は目線だけを今野に寄越し、口の端を釣り上げた。
「馬鹿野郎。ノブを縁起物か何かだとでも思ってんのかぁ?アイツが遅れようが転ぼうが、お天道さんの機嫌は変わるもんか。」
今野は園部と同じ様に口元を歪め、園部の左脇を拳で小突いた。
「おっと」と園部はよろけ、わざとらしく左脇を抱えながら今野に笑みを向けた。
「今からあんまり苛めないでくださいよ。運転、交代出来なくなっちゃいますよ。」
「へっ、よく言うぜ。俺やノブなんかよりも、よっぽどタフな癖によぉ。」
「あー!マサさんがタク君苛めてるー!」
平野が依田の左腕を抱え、引っ張りながらそう叫んだ。
引っ張られている依田は息も絶え絶えだが、諦めたかのように平野の為すがままである。
「何でそうなんだよ!?」
今野の情けのない訴えに、園部は左脇を押さえていた手で口と腹を覆う。
「おいタク!笑ってんじゃねぇぞ!」
「いや、笑っては…」
「マサさんひっどーい!」
「だから何でそうなんだよぅ!?」
先程よりも一層情けない叫び声を聞き、平野はけらけらと腹を抱え笑い、園部は愈々耐えられず顔を今野から背け体を震わせはじめた。
今野はそんな2人に挟まれ、情けない顔をしている。
「はぁ、はぁ…皆に、謝ろうと、思ってたんだがな。邪魔しないほうがいいか?」
整ってきた息の合間から、依田は何故か不憫な状況に陥った今野を救ってやろうと、笑いの中に割って入った。
そんな依田の言葉に今野の目が光り、喰らいつなんばかりの勢いで問いに答えた。
「おっ!待ってたぜぇ。依田クンの言い分、聞こうじゃないかぁ。」
「えー。それじゃあ、まるでノブさんが凄ーく悪いことしたみたいじゃないですかぁ。」
にたにたと笑う今野に向けて、平野は子供のように頬を膨らませ、不服を表した。
「サエコさんはノブさん贔屓ですね。」
覆った指の隙間から、園部の微かに震え、くぐもった声が漏れた。
「そりゃないぜサエコー!?ノブは遅れてきたんだぜ?」
「大遅刻、って訳じゃないじゃないですか。それにぃ、マサさんの方が普段、遅刻しまくってるじゃないですかぁ。」
「それを言うのはナシだぜ!」という今野の叫びと共に、皆が愉快に笑った。
一頻り笑いの波が鎮まり、今野がふうと大きな溜息の後に口を開いた。
「まっ、お前は今日、運転しないし、言い分は道中、幾らでも聞けるからなぁ。あぁ、悪いが、俺たちゃ先にメシ、食っちまったぜ。」
「そうだろうと思って、自分の分は買ってあるよ。」
そう言い、依田はコンビニのビニール袋を掲げた。
「流石ノブさん!準備がいい~!」
「もっと準備が良ければ、遅れなかったんだけどな。」
平野のテンションの高い称賛に、依田は肩を竦めた。
「さっきサエコさんが言った様に、大した遅刻でもないですし、誰も気にしちゃいませんよ。それに、急ぐ旅でもないですしね。」
平素の仏頂面に戻った園部が、依田の荷物を受け取りながらそう言った。
その様子を見て、開け放っていた運転席のドアを今野は閉め、開いた窓から右腕を出し、ドアをバンバン、と叩いてみせた。
「ま、そういうこった。さぁ、皆揃ったんだ。夜のドライブと行こうぜ!」
「悪いな。」と依田は皆に向け呟くように言い、後部座席に乗った。
それに続き、「いっきましょ!いっきましょー!」とはしゃぎ、平野は依田の横に乗った。
そんな一行の様子を見て、「いやはや、出発だけで大騒ぎだ。」と肩を竦めながら園部は助手席に乗った。
「皆乗ったか?忘れ物は?OK!?さぁて、行きますかぁ!」
金曜日
P.M 7:20
4人は夜の道を走り出した。