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狂宴  作者: 薄暮
7/13

日常 #3

 木曜日

 A.M 11:00


 目を覚ますと、ずきりと頭が痛んだ。

 今は何時だ?

 体をゆっくりと起こしながら、依田はスマホを探した。

 依田の部屋には時計と名の付くものは一切なく、時間を確認するにはスマホかパソコン、もしくはテレビを見るぐらいしか方法がなかった。

 二日酔いで頭痛を抱える依田にとって、テレビで芸能人や評論家が捲し立てる雑踏にも近い音は、彼をより一層不快にさせるだけであった。

 ならばパソコンをつければいいのだろうが、スマホのことを考えれば、電源を入れ液晶に明かりが付くのを待つことが酷くまどろっこしく感じられた。

 いつもの調子で、部屋を見渡す為視線をさっと走らせると、急に胃の辺りがむかつくのを感じた。

「あぁくそ、マサの野郎。自分がザルだからって…」

 腹の辺りを庇うようにさすりながらも、今野への悪態が止めどなく口から溢れた。

 昨日のライブ後の打ち上げで、依田は今野に捕まり散々に飲まされたのだ。

 しかし、依田とて下戸という訳ではなく、寧ろ酒に強い方だ。

 だがそれ以上に、今野は酒を飲み、酔えば人に飲ませるのだ。

 園部は賢く、後輩と同期の輪の中に紛れ、今野から身を隠した。

 平野は自ら酔いつぶれ、今野に捕まる前に、部屋の隅で眠っていた。

 依田は、今野が目の前に座った瞬間に、覚悟した。

 これも先輩の勤め、か。

 部にとっても、店にとっても、被害者は少ないに越したことはない。

 ライブの話から始まり、アルバイトでの愚痴、彼女が出来ないことへの不満。

 そして、旅行の話。

 金曜日は祝日だ。

 それを利用して、2泊3日で車を借りて行こう、という所までは覚えている。

 それ以降の記憶は、全て曖昧である。

 靄がかかったような不鮮明な視界。

 耳の上を滑ような周囲のざわめき。

 右手に携えた猪口に並々と入った、やけに映える透明な液体。

 2時間の打ち上げが終わり、帰路に着く際には、またもや園部の世話になった。

「痛い目を見るのに、飛ぶだけじゃあ足りないんですか?」

 そう言われた際、園部が依田の肩を担ぎながら見せた、心底人を馬鹿にするかの様なあの顔だけは、決して忘れまいと思った。

 そんな2人の背後から、今野の不満げな喚き声と、平野の眠たげな呻き声が微かに聞こえていた。

 依田の居酒屋での記憶は、そこで途切れている。

 それに加え、依田は自分が部屋に入った記憶どころか、園部との道中の記憶すら殆どない。

 帰る道中、恐らく園部に持たされたのであろう水の入ったペットボトルが、机の上に転がっている。

 依田は漸く、ベッドから足だけをそろりと下ろし、鈍痛が響く頭を抱えた。

 フローリングから伝わる、無機質な冷気が心地よく感じられた。

 その冷気に触発されるかのように、喉の渇きを覚えた依田は、目の前に転がるペットボトルに手を伸ばし、中身を一気に飲み干した。

 一応乾きは収まったが、それでも気分が良くなる様子は無かった。

 飲み終わると、依田はその機嫌の悪さに任せ、空になったペットボトルをベッドの横にあるゴミ箱に向け、ぞんざいに放り投げた。

 ペットボトルは口の丸いゴミ箱の淵に当たり、軽い音を立て床に転がっていった。

 そういえば、スマホ、探してたんだっけか。

 頭痛とむかつきを堪え、立ち上がりながら、もう一度部屋中をゆっくりと見渡す。

 しかし、目に付くところに目的の物はなかった。

 昨日、記憶を失う程に、強かに酔っていたのだ。

 テレビなんかでよく聞くお笑い話みたいに、冷蔵庫の中に入れていたとか、そういったことを仕出かしたかもしれない。

 数十分間ぐるぐると部屋を周り、結局ゴミ箱の中でそれを見つけた。

 ペットボトルの罰が当たったかな。

 今も床に転がるそれを見ながら、ティッシュや紙屑に紛れたそれを拾い上げた。

 スマホの表面を服の裾で適当に拭い、電源を入れ、時間を確認する。

 11時40分。

 今日の講義は無理だな。

 早々に1日の講義全ての出席を諦め、依田は溜まっていたメッセージをチェックすることにした。

(マサ)『ノブ!昨日は楽しかったな!

     まぁ、どうせお前のことだから、今日は動けないだろうけどな笑

     そんなお前の代わりに、この俺様が旅行のプラン、考えといてやるぜ。

     だから、明日ちゃんと車に乗れるぐらいは体調戻しとけよ!』

 その次には、明日の集合場所や時間、宿泊するホテルに3日間の工程に至るまで、旅行に関する情報が事細かに載せられていた。

 一見適当で行き当たりばったりな様に見える今野だが、その一方、案外しっかりとした面もある。

 だが、その一面は、依田が動けなくなった際にしか発揮されないのだ。

 常にこうあってくれれば、俺ももう少し楽なんだけどなぁ。

 依田はこういった連絡を今野から受け取る度に、嬉しい傍ら、残念だなぁという思いを抱いてしまう。

(サエコ)『お疲れ様ですノブさん(^^ゞ

      昨日は楽しかったですね(´∀`*)

      あ、ライブのことですよ!?打ち上げのことは、秘密ですよ~(/ω\)

      そういえば、マサさんから旅行のこと超細かく来たんですけど…

      これって信用していいんですよね?

      ドッキリとかじゃないですよね(´・ω・`)?』

 平野の、今野への信用の無さに、依田は思わず笑ってしまった。

 ライブ前、今野がした旅行の提案に対して一番乗り気だったにも関わらず、この調子である。

 これを見せて、今野に普段の態度を改めるよう諭してもいいが、今頃、大真面目に旅行のプランをあれこれ考え、様々な手配ている今野を思うと、そうするのは不憫に思えた。

 結局依田は、このメッセージを今野に伏せておくことにした。

(タク)『ノブさんお疲れ様です。

     昨日のあの様子じゃあ今頃体調最悪でしょうけど、

     何か必要なものがあれば買ってくるんで言ってください。

     昨日の分も含め、明日以降の旅行で返して貰うつもりなんで、

     安心してこき使ってください。』

 相変わらず憎たらしい奴だな。

 それでも依田は、照れ隠しにも見えない園部の代田への心配に、安堵感を覚えた。

 素直に『大丈夫』と訊けない、今の園部の精一杯の配慮なのだろう。

 其々への返事を済ませ、昨日の自分が散らかしたものを片付けている内に、昼を大きく跨いでしまった。

「あとは、明日の準備、か。」

 一通り小奇麗にした部屋を眺め、シャワーを浴びてすっきりとした依田は、部屋の中央に立ち、ふぅと大きくため息をついた。

 だが、準備に取り掛かろうとした途端、思い出したかのように腹部からぐぅと唸り声が鳴った。

 あれやこれやと動き回っている内に、どうやら頭痛と胃のむかつきは収まってしまっていたようだ。

「はいはい、先に腹ごしらえね。」

 自分の空きっ腹を宥めるように呟き、依田は財布をズボンの尻ポケットに突っ込む。

 依田は平素より家事に無頓着な質であるし、スマホを探す際に冷蔵庫の中に何も入っていないことは確認済みである。

 腹ごしらえ序でに、明日の旅行の準備もするつもりで、依田は玄関に向かった。

 明日の集合時間は午後7時。

 なぁに、焦ることはないさ。

 依田は欠伸と共に、悠長に玄関を扉を開けた。

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