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狂宴  作者: 薄暮
12/13

非日常ー日常

 月曜日

 A.M 11:30


 園部拓馬はベッドの上にいた。

 そして、白く無愛想な、罅一つ無い天井を見上げていた。

 否、見上げるより他に、することが何一つ無かったのだ。

 園部が意識を失っ数時間後、塞がれたトンネルに再び穴が開けられ、生存者は皆、救助されたらしい。

 平野と今野は軽傷で、その日の内に施術を受け、遅い時間というのもあり、病院で一泊した後、帰路に着いたそうだ。

 園部はと言えば、大雑把に言ってしまえば、鎖骨から上が打撲まみれで、首どころか顎一つ動かすのも苦痛を伴う状態であった。

 それでも医者からすれば、怪我は表面的なものに限られ骨に響く様な大事に至らなかったのは、驚く程に丈夫な骨のお陰だと、えらく感心された。

 日頃か体を鍛えていたとは言え、顔の骨の丈夫さを褒められたとあっては、自身の勤勉さよりも親に感謝せねばなるまいなぁと思い胸の内で苦笑した。

 園部に充てがわれた個室の病室には、ありきたりな白い壁と床、天井、簡素なベッド、小さなテレビと、それを収める棚しかなかった。

 テレビがあるのであれば見ればいいのだろうが、園部は少なくとも、この入院中にテレビを付けようとは思わなかった。

 世間では、金曜日に起こった『事件』が大変な話題になっているようだからだ。

 病院の前に報道関係者がうろつき邪魔で仕方がない、と容態を見に来た看護師が愚痴を零していたことを園部は覚えている。

『事件』…世間では『■■トンネル連続撲殺事件』と題されている。

 テレビや新聞、ネットでは日夜犯人像について様々な憶測を並べ立て、その『狂気性』によって世間の目を引こうと必死になってる。

『犯人』を知っている園部にとって、あれこれと飛び交う与太にも近い犯人像を耳に入れたくないのが、彼を世間から自ら遠ざける理由となっている。

 今や『依田信博』という名前は、世間では『イカれた殺人鬼』を表す記号になってしまった。

 女性ばかりを狙い、目標を見つければそれを押し倒し、目標の顔を死ぬまで己が拳で殴り続ける。

 園部が耳を塞いでいた為、正確な被害者の数等を、彼は知らない。

 それでも、数名が亡くなった、という事実は、塞いだ耳の隙間から入り込んできた。

 思えば、と園部は天井を眺め、考える。

 園部は今野の声を聞き、依田の姿を認め、無我夢中で依田の元に駆けていったが、依田に至るまでの道は余りにも静かだった。

 あれは単に人が居なかった、という訳では無いだろう。

 園部が余りにも夢中であった為気付かなかっただけで、依田へと至る道中には、彼の被害者が転がっていたのではないか。

 なんて、都合の良い目だ。

 園部は己を冷笑した。

 ほんの僅かでも冷静さが残っていれば、周囲の異常に気付く事など、容易かったであろう。

 即ち、依田の周囲に生きた人間が居ない事や、顔にのみ損傷を受けた、異様ではあるが同様の状態の死体が幾つも横たわっているという、異常に。

 そして、それに気付いていればもっとマシな行動が出来たハズだ。

 ふとそう思い、後悔の念が園部の胸を過る。

 平野を余計に苦しめる事も無かっただろう。

 今野に加勢し、依田の凶行を止めることも出来ただろう。

 そして、依田を失うことも。

 世間がこの事件について騒ぎ続ける、もう一つの理由である。

 トンネルに穴が開き、救助隊の姿を見た、閉じ込められていた人々は我先に脱出しようと、彼らの元に殺到したらしい。

 その混乱に乗じ、依田は居なくなってしまった。

 そして、今でも、依田は見つかっていない。

 依田を必死に押さえていた今野も、その混乱に揉まれた際に依田を手離してしまい、あっという間に喧騒の中に紛れ、見失ってしまったそうだ。

 その後は、止むことのない混乱と雑踏の中から園部と平野を守ることで今野は手一杯になってしまったという。

 深夜、施術を終え、園部の病室に居た今野と平野が放つ、悲しみと悔しさの混じった重い言葉を、微睡みの中に居た園部もぼんやりと覚えていた。

 金曜日の深夜の病室。

 そして、トンネルでの依田の狂態。

 車の中での和気あいあいとした会話。

 遅刻してきた依田の姿と、それを呼ぶ平野の姿や、今野との会話。

 様々に思いを巡らせていると、ぼんやりと眺めていた唯の白い天井が、その時々の風景を映し出すスクリーンの様に見え、園部は気分が悪くなった。

 そして、今までの事件についての考えを全て忘れたい思いで、目線を右に移す。

 右に設えられていた窓は開かれ、暖かな陽光が風に揺れるカーテンの隙間から部屋に漏れ入っていた。

 そのカーテンの向こうからは、何処かくすんだ色をした、在り来りな住宅街と疎らに突き出たビルが見えた。

 あぁ『ノブさん』に会いたい。

 園部は、ふと、そう思った。

 世間が言う『依田信博』は、赤の他人による、胸が悪くなるような嘘が作り上げた、この事件に相応しい『理想の犯人』でしかない。

 今の園部や、金曜日の深夜、此処に居た今野や平野が悔しがったのは、そんな犯人を逃したからではない。

 唯、自分達が知る『ノブさん』を失ったからである。

 あれ以来、園部も含め、皆、不思議と、こう思ってしまうのだ。

 もう、依田に会うことはないだろう、と。

 園部は、自身の無力さに顔を歪ませ、風にはためくカーテンの裾を静かに眺めていた。

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