エイスさん壊れる
街中を歩いても、目に付くのは兵士ばかりで、村人という感じの人はやはり全然いない。
「うーん。どうしてだ?」
「どうなされましたか?」
おお、ヒキコモリ生活が長すぎたせいで、心の声が自然と漏れてしまった。
「いや、村人って、あんまり居ないんだなって思ったからさ」
「明日、開戦ですから当然なのでは? とっくの昔に、みんな休戦地帯に行ってるはずですから」
怪訝そうな顔で、エルファは答えた。
「当然なの? ってか、明日! なんでっ!?」
「なんでって、伯爵と賊とが協議して決めたからに、決まっているじゃないですか」
「いやいやいやいや! そんなの聞いてないって!」
「聞いてないって――随分前に皇国内に伝令が出されたじゃないですか。それこそドロキ山脈のオシドリだって知っていますよ? ……トシノリ殿は、伝令が出てから今日までずっと寝ていたんですか?」
俺がこの世界に来たのは数時間前なんだなぁ~これが。
「いや、そうだ! いま思い出したぞ、いやーそうだったな!」
だから怪しむような眼は止めるのだエルファ君よ……ん? あれは――。
後ろからでもはっきりわかるぞあの赤毛。
「あの、エイスさんですよね?」
「うん? あなたは確か……ハルトベルゼの騎士団に居た」
「そうですそうです、憶えてくれてたんですね!」
こうして近くで見れば、やっぱり美人さんだ! 切れ長の目だし、おっぱいも大きいぞっ! あの褐色ロリなんて要らなかったんや!
「あなたの珍しい黒い髪は、馬上からでもよく見えましたから」
エイスさんみたいな美女に憶えてもらえるなんて――やっぱ異世界いいじゃん!
「それよりどうしたんですか、こんなところで」
「私が同盟に加わる貴族だと言っても、頑固な門番が信じてくれなくて。騎士団も連れていない私の方にも問題があるし、仕方なく兵士として街に入ったのですが……道に迷ってしまって……」
「迷う? ハリス伯爵の城は、あの場所でしょう?」
空に伸びる、ザ・城という城をトシノリは指差した。
「いや、それは分かっています……でも、どうも私は、方向音痴なようで」
……だから見えてるじゃん。
「どうやって、ってか、それでよくここまで来れましたね……」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた! それは我が愛馬、メースリアのおかげだ! その名の通り、メースリアは真実を見抜く力を持っているのだ! そもそも、メースリアの系譜は、かのアグリズ大帝の治世まで遡らねば……」
変なスイッチ押しちゃったみたいだ。
「――と、言う訳で名馬グシアエルは、主たる英雄サーベラルと共に天へ帰ったのだが、英雄サーベラルと云えば忘れてはならないのが生涯の好敵手であったアルトリアだな。彼の乗る――」
「も、もう分かりました! 十分わかりました!」
あんまりにも暴走気味だったから、思わずトシノリは止めに入った。
「ああ、すまない。私にとってメースリア唯一の家族なのでな……少し熱くなり過ぎた」
エイスさんは恥ずかしそうに顔を赤くした。かわいい。
「いえ、そんなつもりじゃ……でも、それだけ話せるって、ほんとにメースリアのことを愛しているんですね」
「もちろんだ。そもそもメースリアは――」
歴史は繰り返す。