なぜか国語の時間
「何を叫んでおる?」
怪訝そうな顔で、ロリにのぞきこまれる。
はは~ん。なるほどね。このロリの……ミヤ様?もハーレム要因と云うことですね。分かります。
さて、そうとわかればできるだけ紳士的にせねば。
「まあよい。それよりも、妾の命を救ってくれたことの礼であるが――」
「いえ、そんなお礼など、私は当然のことをしただけです」
「そう言うな。どうであれ命を救われた礼をせねば、ハルトベルゼ家の威信にかかわる。と、威勢よく言いわしたが、妾も逆賊を討伐に向かう最中じゃ。それで済まぬが、恩人に後で礼をするというのも、また礼儀に反する。そこでどうじゃろうか、キヨハラ・トシノリ殿、おぬしもわが軍についてきて下さらぬか? さすれば逆賊を平定し、領地への帰還の途に就くと同時におぬしに恩を返すことができるのじゃが……」
「もちろん平気です!」
「おお、聞き入れてくれるか!」
そうだ! そうだよ! こういう展開だよ!
さあ、イージーモードの異世界生活が始まるぜ!
兵隊の中に連れられると、着替えると言ってミヤはどっかに行った。
その間に、トシノリはでかい馬車に通された。
やっぱり、貴族って感じなんだな~。
馬車の中はゆったりと広く、高そうなソファーから机から、照明から……変な壺から、なんでもそろっている。
ふっかふかやんこれ~すっげぇ~。
ソファーに寝転んで足をバタバタさせていれば、
「どうやらくつろいでいるようじゃな」
はッ! 全然気が付かなかった。
あわてて座りなおせば、あのお姉さんに連れられてミヤが入ってきた。
……なんかお姉さんが殺すって感じの目でにらんだ気がするけど……ってかお姉さんの方もすっげー美人ジャン!
鎧で見えないけど、おっぱい大きそうだし、パツキンだし。
「下がってよいぞ、リーシャ」
「はい」
左手でリーシャさんを下げると、ミヤは反対のソファーに腰を下ろした。
さっきまでのふりふりと違って、鎧だ。とはいっても、動きやすくもしてあるようで、金属なのは胸甲と、脚甲だけみたいだ。
「少々堅苦しい恰好で澄まぬが、あと数刻で侯爵の城に着くのだ。そうなれば逆賊を討つ同盟の一員。相応の格好をしておかねばならぬ立場故、理解してほしい」
「はぁ……」
「そういえば、まだ名乗っておらなんだな。妾はミヤ・スドーラ・アルフ・ニティスティ・ハルトベルゼじゃ」
早口言葉かな?
いやいや、それよりもさっきからよく出る単語、逆賊。気になる。
「あの一つ聞いてもいいですか」
「なんじゃ?」
「さっきから、言ってる、逆賊ってなんなんですか?」
「リヌセリア、グランフォーゼ、トルベアニス。皇国に害を散らす三大貴族たちじゃ。彼奴らの暴虐は悪辣を極め、国を害した。それゆえ皇国の末を案じ、陛下は賊を討てと勅命を下され、我等辺境貴族が連合し、これを討つことが決まった、と言うことじゃ。とはいっても、こうした事情を、異世界から来たおぬしに話しても無駄じゃろうが――」
「え――」
「何を驚いておる。先刻自分で叫んでいたではないか、『やったー、異世界だ』と」
真面目な顔した幼女に、言われて気が付いたが、すっげぇ恥ずかしい言葉を叫んでたんだな、俺。
「まあ、そのような戯言を通常、妾は信じぬよ。とはいっても、それとは別におぬしの服装や、キヨハラ・トシノリと言う名を考えればまんざら嘘ではないとは考えられる……その上で、一つ気になることがあるのじゃがよいか?」
「なんですか?」
ミヤはテーブルの下から、紙と硯と筆を出して、テーブルに置いた。
「こうして話ができておる以上、おおよその文法と言語の発音、意味は同じであると推察できる。じゃが異世界の文字まではまだ見ておらぬゆえ、一つ書いてみてくれぬか?」
文字? なんでそんなことしないといけないんだ? いや、書くとして、何書けばいいんだ? 漢字? ひらがな? 英語?
考えてから、結局ひらがながに決めて、『あ』と書いたとき、
「発音しながら書かねば、わからぬであろうが。阿呆か?」
ぐぬぬ。我慢だ我慢。
気を取り直して、『あ』から『ん』までと、『ぱ』から『ぞ』までを声に出しながら、紙に書いた。
「なるほど、文字の形は違えど、発音する言語の数は同じようじゃな……これで全てか?」
「いや、あと漢字とか、カタカナとか、英語とかもあります……」
「ならば、かんじ? まずはそれから書いてみよ」
ミヤはひらがなの紙をたたむと、新しい紙を出した。
いやいや。漢字なんて全部知らねぇ~って。
仕方なく、トシノリは『馬車』と書いた。
「かんじには、これしかないのか?」
「いえ、そうじゃなくて……漢字は数が多すぎて、全部は俺もかけなくて……これで『ばしゃ』って読みます」
トシノリが言えば、考えるようにミヤは下を向いた。
「……つまり、漢字とは、一つの文字自体が発音でなく意味を持っている言語、とい風に考えたのでよいのか?」
「そうですね、たぶんそれでいいと思います」
「であれば先ほどの、ひらがなと組み合わせることもあるのか? たとえば『馬車がはしる』と記すこともあるのか?」
「それは、もちろんです。ってか、そっちの方が多分多いかな?」
「なるほど、理解した。どうやら仕組み自体は、こちらの言語、ゲーテとハルワに近いようじゃな」
ゲーテ? ハルワ? なんじゃそりゃ。
「筆を貸せ」
ミヤに筆を渡すと、彼女は一気ににょろにょろとした線を紙の上に書いていく。
「これがこの世界の、ひらがなであるゲーテじゃ。おぬしの世界の言葉と同じように『あ』から『ん』までの発音を現す字じゃ。本来の並びは違うが、今回はおぬしの書いたひらがなと同じ並びにしてある」
それからミヤは余白に、今度はマルと斜線が重なったような、変な記号を書いた。
「こちらはハルワ、つまり漢字と言うやつじゃな。形は違うが、おぬしが書いたように馬車と読む」
さらに、書いた馬車らしい記号の下に、さらににょろにょろ線を追加していく。
「読めるか?」
えっと待てよ、並び方が一緒だって言ってたから、このにょろにょろは……がはしる?
「馬車がはしる?」
「次はカタカナじゃ、はよせい」
なんでこんなに興味津々なんだ?まあ書くけど。
「カタカナっていうのは、なんていうか、ひらがなと同じなんですけど、文字の形が違うものです」
「そう云うものは、こちらの世界にはないな。なぜ、同じものの形を変えるのじゃ?」
「え、いや、それは……こう、その、硬い感じがするし、その、えっと、英語を書くときには便利だからですかね?」
「ならば、そのえいごを教えろ」
なんで俺は異世界で国語と、英語を教えてるんだよ! しかもFラン大学だったんだぞ! 英語なんてほとんど覚えてねーよ!
いかんいかん。心を落ち着けねば。これもハーレムの為だ。
カタカナはさっさと書いて、思い浮かんだ歌のタイトルで『This is love』と白紙の場所に書いた。
「カタカナは分かった。で、これがえいごか?」
「はい。これで『これが愛』って意味で、『ディス イズ ラブ』って発音して――」
「なに? どういうことだ。なぜ発音が変わる?!」
「英語ってのは、俺が住んでいた国とは、もともと別の国の言葉で、だから、えっと文法とかも違ってて、俺も簡単な単語しか覚えてなくて……」
「貴様は、その言葉をなぜ知っている?」
「なぜって、それは学校で勉強したからで――」
「がっこう? がっこうとはなんだ!」
「いや、学校っていうのは、勉強を教えてくれる場所だよ。そこで全部習うんだよ、英語も、さっきやった漢字も、それから算す……計算とか、そういう色々を」
話している内に、なぜかミヤは考えるように俯いていった。
「怖いな――」
「え?」
「おぬしと話していて、一つの仮説が成り立った。まず、我々がこうして話していて、お互いに意思の疎通が可能であるが、恐らく実際には共通の概念をお互いに、互いの世界に当てはめて通訳されているだけだ」
「えっと?」
「この世界にも、おぬしの世界にもある概念はお互いにそれぞれの世界の言葉として受けとることが可能であり、しかし違う概念、もしくは近しいがそれぞれに隔たりのある概念に関しては、翻訳されないということじゃ」
「?」
「……つまりな、言語という概念は互いに存在しているからこそ、こうして妾とおぬしも、お互いの世界の言葉として会話することができる。じゃが文字に関しては、おぬしの考えるひらがな、カンジ、この世界のデーテとハルワとは違っているから、ひらがな=デーテ、カンジ=ハルワと翻訳されず、言語間の差異として現れた、ということじゃ」
わからんが……まあ、適当に頷いとくか。
「分かってくれたようじゃな……なら、おぬしも承知するだろうが、頼みがある。今妾に話したこは、秘密にしてくれぬか?」
「話したことって、英語のことか?」
「いや、それだけではない。おぬしの世界の言語のことと、それから可能であれば……」
「?」
「ともかくも、おぬしが別世界、国は日本であったか? そこから来たことは秘密にしてほしい」
なんだ? いきなり真剣な顔して。まあ、ロリにお願いされたら、聞かないわけにはいかないが。
「分かりました」
「すまぬな。おい! リーシャ!」
「何でございますか、ミヤ様」
「平民故、トシノリ殿は読み書きができぬ。伯爵城では困ることもあろう、誰ぞ従者に付けよ」
「ならばエルファに」
「エルファ・ティフ・ハグマーか、うむ。あの者ならよかろう」
「では直ぐに――」
馬車が揺れた。
『なんだ貴様は!』
外から怒鳴り声が聞こえてくる。
「ミヤ様、何か問題が起こったようです」
「そのようじゃな」