剥いただけだろ?
日が沈んでからしばらくして、ゴーンゴーンと鐘を鳴らす音が聞こえてきた。
「あ、やっと見つけました」
と、エルファ君が走ってきた。
「あれ? 公爵様といっしょにいると、聞いたんですが?」
公爵……? あ、エイスさんね。そういえばなんか、あったあった。
「ちょっと前に別れたよ。何か用事があるとかでさ」
「なら、よかったです。ミヤ様が呼んでいたので……」
「アイツが? どうしてだ?」
「……ヤーナッヴのためです。明日、戦場に立つ女性はミヤ様と、公爵様しか居ませんから」
「やーなつば? 何それ?」
「トシノリ殿は、戦は初めてで?」
「うん。俺のせか……国じゃ機会がなかったからな」
「ヤーナッヴは、戦に出る際に勝利を祈願して行われる祭事です」
「へぇー」
よーわからんが……あれか。信長の敦盛的なもんか?
「それって俺も参加できるの?」
「できるというか……貴族の方と違って、兵は皆で一個づつみかんを食べるだけですから」
「みかんを食べる?」
「ええ。戦の神ナッヴの力の象徴ですから」
なんかショーもないな。
まあいいか、とりあえずは参加してみるということで。
で、宿屋に行くと、エルファ君の言っていた通り、兵士が外に集まって、みかんを貰っていた。
俺も貰った。
「ホントにこんな位なんだな」
「合図があるはずですから、まだ食べないで下さいよ」
おっと、反射的に食べようとしてたかもな。危ない危ない。ありがとうエルファ君!
「領主様のおなーりっ!」
と、大きな声がして、兵士たちが皆膝をついた。
思わず俺も釣られて膝をつく。
「皆よく集まった!」
偉そうなおっさんが叫ぶ。こいつが領主ね。見た目も金ぴかな鎧だし。
「明日は悪辣なる逆賊を共に討とうぞ!」
領主は右手で持ったみかんにそのままかじりついた。すると、兵士たちも一斉に雄叫びをあげて自分のみかんを食べ始める。
「これが合図ね」
「はい。トシノリ殿もどうぞ」
と言ってエルファ君も食べ始める。が、さっきから気になってるんだが、何で皆皮剥かないんだ?
……もしかして剥けるの知らないのか? そうすると合点がいく。
これは、あれだ。俺が皮剥いて、それでこの領域に気に入られるイベントにちがいない。
何かやっと異世界らしくなってきたな!
そう考えて、俺がみかんの皮を剥いた瞬間ーー
「え」
エルファ君が小さく溢して、凍りついた。さっきまで熱気ムンムンだった周りの兵士たちもだ。いやいや! 領域様もだ!
皆して凍りついている。
よし。ここで決めるぞ!
「やれやれ。知らなかったのか? みかんは、こうやって皮を剥いて食べた方がーー」
「その者を捕らえよ! 儀式を穢した罪人であるッ!」
は?と、声をあげるまもなく俺は筋肉の塊みたいな兵士に押さえつけられた。
「いっ痛いだろぉ! いきなり何するんだよ!」
「連れて行け!」
何なんだよ一体。俺は、みかんの皮を剥いただけだろ……。