9 お好み焼きの天使
なぜ、お好み焼きが異世界の地で受けたのか。
お好み焼きの強みは味のバリエーションを変えていける点だ。だから、その土地にあった味に対応することが可能なのだ。
この点、イタリアのナポリで生まれたピッツァが全世界的に広まったのに似ている。パイナップルやツナの載ったピッツァなど本場のものからしたらありえないことだが、そういう自由性がピッツァにもあったのだ
「よっしゃ! もう一つ、メニューがあるねん!」
ハルナは今度はキャベツの代わりに、ネギ系の野菜を大きめに切ったものを入れる。
焼き方はお好み焼きと基本的に同じ。ただ、ハムやチーズは入れない。
「ネギ焼き完成や! ちょっと試食してみて!」
こちらは先にちょっと辛めのソースをかける。スパイシーなぐらいのほうがいい。
すぐに冒険者たちが群がって、口に入れた。
「おお、これはこれでいい!」
「ぴりぴりして、戦う元気が湧いてくるような味だ!」
「もっとがっつり食べたい!」
ハルナはもう一度、うれし涙を流しそうになった。
ダンジョンの深いところでモンスターと戦っても感じなかった喜びがある。
できることなら、もっといろんな料理をこの世界に伝えよう。強い冒険者ならほかにもいるかもしれない。けど、これは自分にしかできない仕事だ。
「地下やと栄養が偏るやろ。ラスクばっかり食べるのもあほらしいし、今度からこういうの食べてな」
――と、目の前に皿を持ったココンが立っている。
「私たち従業員にもネギ焼きをくださいっ! ほ、飽食は微妙に神に背く禁忌ですが……」
どうやら戒律とのせめぎあいで食欲が勝ったらしい。ココンの顔には少しばかりの罪悪感が見て取れる。
「ココンの信仰してる神様と一致してるかはわからんけど、女神様はお好み焼き作れって言っとったから大丈夫やと思うで」
「えっ……?」
意味をすぐに理解できないココンの顔を見ながら、「今のはボケや」と笑って流した。
そのあと、ハルナは果物などを組み合わせて日本風ソースも作った。
「やっぱり、醍醐味は焼きながら塗ることやもんな」
ソースが鎧で作った鉄板にこぼれて焦げると、香りが地下十三層に漂う。
美味そうな匂いだ……。思わずよだれが。そんな声が客からも聞こえてくる。ついには匂いにつられてモンスターまでやってきたが、食事の邪魔だとばかりに冒険者たちに一閃された。
「おお、すごいやん! みんな、やるやん!」
ハルナやココンたち従業員が拍手で讃える。無骨な冒険者たちも照れたように赤くなった。
「ここは『ハルちゃん』の前だ! いくらでも回復薬はある!」
「むしろ、ここでレベル上げだ!」
これまで以上に『ハルちゃん』は冒険者たちの拠点になっていった。
●
あまりにも客が増えてきたので、店自体を増設して、飲食用のスペースを独立させて作ることになった。
『冒険者のコンビニ ハルちゃん』の横に『お好み焼き ハルちゃん』が並んでいる。
もっとも、ダンジョンだし二軒は吹き抜けなのだが。
ただ、『お好み焼き ハルちゃん』をはじめたせいで、少し仕事が落ち着いてきたハルナはまた激務に逆戻りになってしまった。
お好み焼きも従業員に任せればいいところなのだが、そういうわけにもいかない事情があった。
ハルナ自身のこだわりの問題だ。
「ちゃうねん! そんなにコテで押したら空気が抜けてまうやろ! もっとふっくらとやらな! 火が通るまで待つんや!」
バイトたちもお好み焼き作りをやらされたが、なかなかOKが出ないのだ。
「これは生地を必要以上に混ぜすぎてるな。だから焼いたあともぱっとせえへんねん。混ぜるところから練習しなおしやな」
「店長……。店長みたいに上手には作れませんよ……。経典の暗唱より厳しいです……」
ココンも涙目になっている。
「お金とって出す以上はええもんにせんとあかんわ。そこに妥協はできへん!」
「ダンジョンにほかにお店なんてないですし、別にソースで誤魔化せるんじゃ……」
「いいや、あかん。なにせ、ココンたちにはいずれ、店を任したいと思うてるんや」
従業員のココンは考えてもいなかった言葉に、口をぽかんと開けた。
◇
お好み焼きがダンジョンで提供されてから三週間後。
ハルナはオールサックの町の市場近くにも、『お好み焼き ハルちゃん』二号店をオープンさせた。
「みんな、食べていってやー! お好み焼き食べて健康になってなー!」
ハルナの元気な声が市場のほうにまで響く。
女神に言われたように、とことんお好み焼きを広めてやろうじゃないか。ハルナはそう考えている。
お金がなくても、おいしく食べて元気に笑って生きられる町に、いや世界にしてやる。
別に野菜をキャベツだけにしないといけないルールもない。
細かく砕いたクルミをアクセントに加えてもいい。
味付けによってはハーブを少量入れたほうがいい味になる。
お好み焼きは完全食になる可能性を秘めている。
紅ショウガは紅ショウガの天ぷらを召喚する魔法があるので、これを利用することにした。
日本風ソースもあるから、本場に近い味も再現できている。
試食用に小さく切ったお好み焼きを載せた皿を持って、ハルナは市場を走る。
通行人を見つけたら、さっと皿を出す。
「試食していって。おいしかったら、また買ってな!」
二号店は開店初日、最長百五十人におよぶ列を記録したという。
これは一時のブームに終わらず、そのままオールサックの町に定着した。
飴配りの天使ハルナはお好み焼きの天使とも呼ばれるようになった。