8 お好み焼き完成!
「そうや、別に大阪にあったもんをここで作ることはできるやん。それやったら、安うておいしいもん、ようさん用意できるわ!」
さらにハルナはこれまで味わったことのない奇妙な感覚にとらわれた。
それは使命感だ。
自分はこのためにここに来た、このために生きているんだという想い。
この気持ちは決して錯覚じゃない。
「あっ、あの女神がそんなこと言うてたな……」
お好み焼きという単語を女神は口にしていた。この世界にお好み焼きを広めてくれと言っていた。
あの時は意味がわからなかった。そんなもの、材料を買ってきて勝手に作ればいいと思っていた。ダメなのだ。お好み焼きという概念がなければ、それは生まれない。
お好み焼きという概念はこの世界でハルナだけが持っている。
「じゃあ、うちが作ったるわ! よっしゃ! なあ、キャベツちょうだい! あと、ネギないんか、ネギ!」
青ネギみたいなものはないが、ネギ系の野菜はちゃんとあった。あと、ニラもある。
「よし、これも買うわ!」
次は豚肉だ。傷むのが怖いので、ハムなどに加工されているものを買う。
「小麦粉はどこで売ってるんや! ああ、そうか、パン売ってるところで聞いたらわかるわ!」
無事に小麦粉も買い付けたハルナは荷物を担いで定宿にしているマーサの宿に戻ってきた。
◇
「おかみさん、ちょっと厨房貸してや!」
「いいけど、何を作るんだい?」
「お好み焼きや!」
お好み焼きなら野菜も肉も入れられる。炭水化物も小麦でとれる。つまり、完全食だ。女神が広めたいと言った意味もわかる。
ソースは日本のものはないが、この世界のソースでひとまず代用しよう。
香辛料や塩である程度味をつけることもできる。
ただ、鉄板がない。
「おかみさん、薄い鎧ある?」
「ああ、倉庫に置いてあるよ。泊まった冒険者が残していったやつな」
現物を見せてもらうと、意外と使えそうだ。鎧を分解すると胸当てのところがちょうど鉄板になる。
「よし、これでいけそうやな」
まず、小麦粉を油で揚げておく。天カスを作るためだ。サクサクの食感を出すのに必要になる。
小麦粉に水を入れて、空気を含むように混ぜて、そこにキャベツを加える。
これを熱した鉄板の上に載せる。
その上に肉を載せていく。今回はハムを薄くスライスしたものだ。
あと、もう一枚はチーズも載せてみる。
ふっくら焼きあがったら、味の合いそうなソースをかけて、完成だ。
チーズのほうはあえて塩だけでやってみよう。
「オールサックの町バージョンのお好み焼きや! 食べてみてや!」
「変な小麦粉料理だねえ」
見慣れない円形状の物体をマーサは手づかみで食べる。まだフォークは貴族層ぐらいにしか普及していない。
肉が噛み切れないようなタイプのものだとかじりつくと食べづらいが、ハムを小さく切ったものだから問題ないだろう。
「あつっ、あつっ……」
「そりゃ、できたてやからなあ。でも、はふはふ言いながら食べるんも悪ないやろ」
マーサが目をむいた。
そして思わず「お、おいしい!」とつぶやいた。
「すごいよ! キャベツはしゃきしゃきしてて、生地はふわふわなのに、サクサクもしてて、不思議な食感だ! そこに濃い味のソースが合わさって、見事な組み合わせになってるよ!」
好感触でハルナは「うちの勝ちやなっ」とガッツポーズをする。
「じゃあ、もう一枚のチーズのほうも食べてみてや!」
「こっちはハムじゃなくてチーズなのかい。おお! こっちもいいね!」
今度はすぐにいい反応が来た。
「チーズがちょっととろけていて、そこに焦げ目のこうばしさがあって! ものすごくいい! これ、うちの宿でも提供したいよ。腹持ちもよさそうだし、作り方も簡単そうだ」
「そうやねん! 腹持ちもええねん! あと、いろんな具を入れて試せるからな!」
こうして、異世界にお好み焼きが誕生したのであった。
●
お好み焼きを異世界で生み出した翌日。
早速、ハルナは『冒険者のコンビニ ハルちゃん』でお好み焼きの提供を開始した。
鉄板と食材を運び入れて、火は魔法でまかなう。
ココンたち従業員一同はぽかんとした顔で、その様子を見つめていた。
「これ、いったい何をやろうとしているんですか?」
「ええから見とき! あと、食べてみ!」
できたてを試食したココンたちから、次々に驚きの声が上がる。
「これはいけませんよ……。神に仕える身なのに、こんなにおいしいものを食べてしまうのは……その、戒律に反しますので……」
ダンジョンではホットフードを入手することすら不可能に近い。そこで食べたお好み焼きの衝撃は相当なものだった。
「おいしい言うても、安いもんやから別に神さんも怒らへんて。高い食材は何も入れてないから」
ハルナが日本にいた頃、お好み焼きもじわじわと高級品化が進みつつあったが、ハルナはそういうのには反対であった。それはそれで意味があるが、安くて気楽に食べられるというのがコナモン料理の本質であるはずだ。
「みんな、お好み焼き、食べていってや~! 明日から銅貨五枚で売るけど、今日は激安の銅貨一枚や! 出血大サービスやで!」
匂いとその安さに引かれて、客がわらわら湧いてきた。ここまで来られる冒険者に食の細い者などいない。
「ハム味とチーズ味、ハム・チーズの三種類や! 今日はハム・チーズも銅貨一枚!」
皿を洗う水は節約のため、回復魔法「ホテルニューアワジ」で出てくるお湯を利用する。
味付けは渡されたあとに客が各自でソースや塩などを加えていく方式にした。
ダンジョンのど真ん中に飲食店があるのだ。すぐに興味をひかれた冒険者が集まってきた。
もはや常連になっている冒険者たちが、せっかくだからということで、いっせいに一口目を食べる。最初に客が口をつける瞬間は、さすがのハルナも緊張した。
「「美味い!」」
その一言を聞いて、心配も吹き飛んだ。
「パスタともパンとも小麦粉の菓子とも違う! まったく新しい味だ!」
「地下13層であつあつの料理が食べられるということもありがたい!」
「味を変えられるから飽きもこなそうだ!」
「これなら、モンスターだって喜ぶんじゃないか?」
ほっとすると、なぜか目に涙が浮かんできた。
「よかったわ……。これだけたくさんの人に喜んでもらえて感無量や……。タイガース優勝した時ぐらいうれしいわ……」
とても泣くなんて考えられなかった無双の冒険者が流した涙に、客も従業員もぼうっと見惚れてしまった。
「鬼の目にも涙、ですね……」
ココンの一言に、泣きながらハルナはぷっと笑って、痛くないチョップを胸に当てる。
「鬼って言うな。せめて虎にしてや。でも、ココンもボケができるようになったんか。すごいで!」
「店長と一緒にいたら、いつのまにか覚えました……。自分自身でもびっくりしてます」
このココン、将来、ハルナのボケとツッコミの話術を取り入れた説教師となり、旧都などで活躍することになるが、それはまた別の話である。