44 魔王側がコンタクトをとりにきた
『ハルちゃん』の品揃えに、広島風お好み焼きも加わった。
これは神との正式な契約に基づくものである。こちらも好評で『ハルちゃん』に死角はない。
これまで進出の遅かった北部にも店を増やしはじめている。今日もハルナとナタリアは事務所でその仕事をしていた。
「いよいよ全国制覇も目前ね」
ナタリアがこういうのもあながち誇張ではない。
「まあ、こつこつやるわ。三歩行って二歩戻ってくるぐらいのペースでええ」
――と、事務所の扉をノックする者があった。
扉を開けると、そこに立っていたのは常連客の一人だった。二十代半ばほどの見た目の男だ。
「ああ、兜の人やん。いつもかぶってるけど、蒸れたらハゲるで」
「今日は客ではなくて……いや、客は客なんですけど、意味合いが違うんです。『ハルちゃん』グループに出店依頼をしに参りました」
常連も目的が目的なためか、いつもより真面目な顔をしている。ふざけている様子もない。
「そういうことでしたら、そちらの席へどうぞ」
案内役はナタリアがやる。もうすっかり副社長の風格が出ている。
兜の男の向かい側にハルナとナタリアが座った。
「それで、どのへんに出店してほしいん? あんたの地元とかか?」
単刀直入にハルナが聞く。
男は少しためらっていたが、
「ま、魔王の城に……」
と言った。
「えっ? そんなところにまで冒険者は進出してるんか?」
さすがに意外な内容だったので、ハルナも身を乗り出す。人間と魔族の争いは小康状態のはずで、人間が積極的に魔王の城に入っているという話もない。
「いえ、そうではありません……。ハルナちゃん、実は自分はこういうものなんだ……」
男が兜をとると、いかにも魔族であることを示すような角が生えていた。
「うわっ! 魔王の配下じゃない!」
ナタリアが悲鳴をあげた。ただ、ハルナのほうはなんとも思っていない。ハルナからすると、猫耳が生えていることと、角が生えていることは等価である。
「驚かせてしまって申し訳ないです。実は、魔族は冒険者のふりをして各地のダンジョンの管理なども行っていまして、自分もここのダンジョンで働いていたんです。ここに『ハルちゃん』ができたあとは、すぐに常連になりました」
「そういえば、この人、やけに魔族がどうとか、魔王がどうとか言ってた気がするわね……」
魔族も喜んで食べるとか、魔族の土地がどうとか口にしていたのは、比喩じゃなくて、経験に基づくものだったのか。ナタリアは油断していた自分を少し恥じた。よくよく考えれば不自然な発言だった。
「そりゃ、うれしいわ。いっつも来てくれてはったもんな」
「それで、我々、魔族も福利厚生のために各種ダンジョンに店を出したいなと思っておりまして……。最初は『ハルちゃん』のやり方を模倣すればいいのかと考えたのですが、どうせなら直接本人にお願いするほうが早いかなと……」
正体を明かしたからか、常連の男もかなり恐縮気味だ。
「福利厚生ってスライムとかサソリとかにそんな概念あるんか?」
「ああ、モンスターの中にも魔族という、自分みたいな人間に近い者がいて、福利厚生が必要なのはそちらだけです」
魔石から生まれるかどうかがモンスターの基準だが、その中にはこの常連客のようにほぼ人間と区別がつかない者もいる。
「ちなみに、下級モンスターの発生はある程度ならコントロールできますが、撲滅はできません。こういうところのモンスターはほとんど自然発生の野生動物みたいなものですので……。我々がやっているのは、せいぜいバランスをとるために強すぎるモンスターが増えすぎないように巡回する程度です。とはいえ、それでもけっこうきつい仕事で、現場の魔族から不満の声が上がっているんですよ」
「モンスターに関しては、それなりに出てくれるぐらいのほうがありがたいわ。モンスターが出んようになったら、冒険者もうちも商売あがったりやしな」
「神とすら戦おうとしたというハルナちゃんなら魔族にも手を貸してくれるのではと思ってやってまいりました……。どうか、なにとぞよろしくお願いいたします」
魔族のくせに男はやけに腰が低い。だから、この役を仰せつかっているのかもしれないが。
「ハルナ、受けちゃダメよ! 相手は魔族なんだから! だいたい、魔族に有利なことなんてしたら、人間の世界から極悪人扱いされるわよ!」
「せやな~。どうしよかな~」
ナタリアほどの拒否反応をハルナは示さない。
そこはやっぱり大阪のオバチャンの度量だった。
「ある意味、モンスターみたいなオバチャンもたくさん見てきたしな~」
「そういう問題じゃないでしょ! 魔族との和解なんて国とかの許可なくやって許されることじゃないの!」
ナタリアとしても、これは引き下がれない。下手をするとハルナが幸せに生きられなくなるかもしれないのだ。
「なるほどな。ナタリアの言うこともわかる。せやから、勝負したらええんとちゃうかな?」
また、変な提案をハルナはした。
兜の男もナタリアも不思議そうな顔をしている。
「つまりな、魔王とうちとが勝負するんや。魔王が勝ったら、城に店までは出せへんけど、料理の作り方ぐらいは教えたる。うちが勝ったら、まあ、なんか不戦条約でも正式にタイドール王国と結ぶとかしたらええんとちゃうん? 勝負の結果なら、恨みっこなしやろ?」
かなり一方的にハルナが言ったので、兜の男も困惑していた。
「ええと……この件については一度持ち帰らせていただきます……」
無難な対応だ。使者にはそこまでの裁量権はない。
「わかったわ。こっちも国に聞いてみるから、問題なさそうやったらやるって形でいこか」
こんな調子で、結果的に魔族と人間の王国側が初めてまともな交渉を行うということになった。これ自体、極めて画期的なことである。
とはいえ、いくらなんでも、こんなのでOKは出ないだろうとナタリアは踏んでいた。国の命運(といってもハルナが負けても王国の土地の半分あげるとかじゃないが)を懸けたことを冒険者一人に託すことはしないと思ったのだ。
OKが正式に出たと聞いて、ナタリアは夢ではないかと軽く自分の杖で頭を叩いた。
「なんでも、王国としてはうちより強い冒険者おらんし、一回やってみろって話らしいわ」
「たしかにあなたより強い人間なんていないものね……。人類最強だものね……」
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