43 鯉の神様と戦う
一応イタズラの可能性も考慮して周囲を見たが、とくに何も見つかりはしない。
「な、何が起きてはるんですか……?」
「わ、私にもわかりません……。ただ、声が……」
ハルナの後ろではカレンとココンが腰を抜かしていた。
ほかの観光客たちと僧侶たちは「神罰かもしれない!」と異常事態に神殿から逃げていった。
その中でハルナだけが平然としていた。
「ふうん。で、弁天が何の用なん?」
『よその世界より来た力を持ちし者よ。お前、女神から呼ばれてこの地にやってきたな』
どうもハルナに呼びかけているらしい。しかもハルナの素性を正確に把握しているようだ。
『お前はこの世界に幸いをもたらす者か? それとも災いをもたらす者か?』
これは災いをもたらすと答えるとヤバいことになるパターンだ。後ろの二人はそう感じた。
「そんなん知らんわ」
ハルナはどっちにも答えなかった。
「なんやねん、いきった言い方して。格好つけすぎや。もっとわかりやすく聞けや」
『いきった言い方とは何だ……』
神も困惑した。
いきる――は、いいかっこをするという大阪近辺の言葉であるので通じないのだ。
大阪は商人の町であり実利を大事にするので、体面などを重視する姿勢をよく思わない文化的背景がある。
「店長、なんで口ごたえしてるんですか! 神様に失礼ですよ!」
ココンはびっくりして諫めた。
「だって、わからんもんはわからんやろ。だいたい、どっか行く時に、『よーし、みんな幸せにするで!』とか『地獄の底に落としたるわ!』みたいなこと考えてる奴なんておらんやろ。毎日毎日を楽しく、周囲もそれなりに楽しくって考えて生きるんが普通なんとちゃうん?」
もちろん、ハルナも周囲を不幸にするよりは幸せにしたいとは思う。
だが、それをあまり外面のいい言葉で表現するのは嫌だった。
「うちは『ハルちゃん』グループをやってくだけや。それで『ハルちゃん』あってよかったわって思てくれる人が増えたらええなってだけや。そりゃ、飲食店増えるから、そのせいでつぶれる店も出てきてるんかもしれへん。うちのこと恨む奴もおるかもしれへん。どんなことかて、ええことも悪いこともあるわ。だから、幸いも災いも一緒くたや」
しばらく神は沈黙した。
もしかすると、言い返されるという前提がなかったのかもしれない。
『お前の言いたいことは伝わった』
「伝えたんやから、そりゃ通じるやろ」
『お前にその意志はなくとも、お前がこの世界をよい方向に導くかもしれぬな。もう少し見守ってみるとしよう』
ひとまず、丸く収まりそうだとココンはほっと胸をなでおろした。
しかし、安心するのはまだ早かった。
「別にうちはやれることをやるだけや。これからもお好み焼き作るし、ほかのものも作る。せやから、神さんも皿の上の広島焼きでも布教したらええんとちゃうんか」
『待て、お前、今、なんと言った?』
その場の空気が禍々しいものに変わる。
「広島焼きや」
『やはり、お前はこの世界に災いをもたらすものであるな! お好み焼きを広島焼きと呼ぶとは! お好み焼きを大阪系で塗り固めようとする悪魔め!』
広島県民の前で広島焼きという表現は禁句である。
「お前、やっぱり広島の回しもんやな! 気が短いんじゃ! 料理の名前どう呼ぼうがうちの勝手やないか! しかも、ここは広島とちゃうし!」
これにハルナもケンカに乗った。売られたケンカは割と買う。
『そうだ。我はかつて広島という土地に住んでいたが、徳が高かったことを評価され、故あってこの世界のベーンテーンとして祀られることになったのである。この手に持ちしものもお好み焼きである』
「案の定やな。鯉が神の使いとか変な気がしたんや!」
『神ではお好み焼きの布教もできず、じっと耐え忍ぶしかなかった。だが、これ以上は座視しておれぬ! 間違ったお好み焼きが異教徒に広められてしまうからな!』
「なんでこっちが間違ってる言われなあかんねん! 本場はこっちじゃ!」
「大変なことになってますわ!」「今すぐ謝ってください! お願いしますから!」
外野は泣きそうだが、ハルナはそんなことにかかずらってはいない。
神像の前にその姿によく似た美女が現れる。髪の毛は燃えるように真っ赤で、よく見ると、足は人魚のようになっている。
「なるほど、カープの人魚神ってことやな。よっしゃ、巨人とドラゴンの次は鯉退治や! かかってこんかい!」
『神を試そうとするなど、どこまで愚かな存在なのか。やはり、異世界からの悪魔には裁きを与えねばならんな』
ベーンテーンの声は実体をともなってからもエコーして聞こえた。表情からして、かなり立腹している。ココンがぺこぺこ「お許しください! お許しください!」と頭を下げているが、聞いていない。
「何が異世界の悪魔や! お前やって日本出身やないか! よっしゃ、勝負や! お好み焼き対決やっ!」
しばらく、ベーンテーンが硬直した。
『お好み焼き対決とな……?』
「そうや! お好み焼きの面子でケンカしよるんやから、それしかないやろ! 言っとくけど、牡蠣入れて高級にするとかはナシやからな! ベーシックに行くで! クレープとホットケーキ、どっちが美味いか勝負じゃ! 仁義なく、いてまうぞ!」
広島の学生と大阪の学生が会うと、本当にこういう会話が行われることがある。広島のお好み焼きは皮が薄いのでクレープと、大阪のお好み焼きは分厚いのでホットケーキと揶揄しているわけである。
そして、お好み焼きを作って、相手に食べさせるという事態に発展したのだが――
「なかなか美味いやんか」
『お前も神に勝負を仕掛けるだけのことはあるな』
相手のものを食べて、お互いに納得したらしい。
別に味そのものに文句があるわけではないので、食としては否定する部分もないのだ。
「よし! じゃあ、広島風お好み焼きとしてメニューに入れたるわ。それでどうや?」
『ベーンテーンの教えを広めるということか。あの女神の差し金にしてはよいことを考えるではないか』
ココンとカレンは「どうやら和解したようですね」「助かりましたわ……」と肩を寄せ合って、その様子を見つめていた。
『せっかくだ。交換と言ってはなんだが、お前の望みをひとつかなえてやろう』
とてつもなく、破格の条件に後ろの二人も衝撃を受けた。
それは神にすらなれるような条件なのではないか!?
ハルナはちょっと考えたが、答えはすぐに出た。
「タイガース優勝や!」
『…………それはお前の所属する組織とも、この世界とも関係ないな』
「所属はしてないで。まあ、うちのほうがええ采配できるやろって監督も何人かおったけどな」
『やはり、お前は自分のことではなくほかの者の喜びを求めるのだな。その利他の精神が、女神に選ばれた理由かもしれぬな』
別にそういうわけではないのだが、ベーンテーンはポジティブに解釈した。
『その望みかなえてやろう』
「あっ、リーグもCSも両方やで!」
そして、ぱっと神は姿を消した。いつのまに消えたかすらわからなかった。
「ハルナはん、なんであんな変な願いをかなえたんです……?」
「自分が神になるとか言い出されても困りましたけど、もっとほかのなかったんでしょうか……?」
二人は信じられないといった顔をしていた。一言で言うと、「もったいないなあ」という顔だ。
「なんでそんなこと言うんや? うちは満足やで」
ハルナ一人はものすごく楽しそうな顔をしていた。目的は達したのだ。
「さてと、あとで広島風用の麺も作らんとなあ」
そのあと帰ろうとしたところに僧侶たちが来て話を聞かせてくれと呼び止められた。
神が語りかけてきたという話(は神殿の記録として長く語り伝えられることになりそうだ。さすがに神と戦ったという部分は不敬なので隠されるだろうが。
そして、ハルナという冒険者は神と対話したという伝説がまた増えたのである。
ちなみにずっと一人にされていたナタリアはシカと触れ合えていて楽しかったのか、とくに文句も言ってこなかった。
「また、あそこ行こうね」
「次はナタリアだけで行ったらええんとちゃうか……?」
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