38 地下13階温泉
大浴場を作れるだけのスペースはできたので、今度はお湯を貯める穴を掘った。
そこにお湯をひたすらハルナが出していく。
ナタリアは最初、大浴場を満たすほどのお湯なんてどれだけ時間がかかるんだと思っていたが、慣れてきたのかハルナの手から出る湧出量がどんどん増えてきた。
「これやったら、問題なくいけるで。源泉かけ流しってほどではないけど」
「あなたってどこまでも成長するのね……」
「これやとダンジョン作成も繰り返したら、もっとすごいことなるんとちゃう?」
「怖いからやめてね! 絶対に、絶対にやらないでね! それこそ本当に魔王だと思われて討伐されるわよ!」
こんな調子で無事にお湯の問題も解決した。
あとは本格的に準備に向けて動き出すだけである。
冒険者は男女比では男のほうが圧倒的に多いが、そこは女子目線ということで、ちゃんと性別ごとに二つの浴場に分けた。
浴槽のうち片方は岩を並べて、岩風呂に。
もう一方は木を切り出してきてヒノキ風呂感を出す。
一日おきに場所を交互に変える、どちらの風呂も楽しめる仕様だ。
本当に露天風呂で外から丸見えでは困るので、浴槽周辺を丸太などで覆い、脱衣スペースなども作る。
無事、『ハルちゃん』の中に入浴施設『春乃湯』が生まれたのだった。
なお、入浴マナーはできうるかぎり、日本のものに準じている。
以下のような注意事項が脱衣場に掲げられている。
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・金目のものは預かります。脱衣カゴに入れてて盗まれても責任負いません。
・浴槽につかる前に、かけ湯をすること。
・体が汚れてる時は、体もまず洗ってからつかってほしい。
・タトゥーや刺青の方はご遠慮ください――と言いたいけど冒険者しか使わないから許す。
・長時間つかる時は定期的に水を飲もう。
・タオル・ひげそりは別料金。
・風呂上がり用に冷たい飴湯あります。
・泉質は不明ですが、多分温泉です。少量だと治癒効果はありますが、あまり飲みすぎるとよくないです。
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「よし、何から何まで完璧や!」
ハルナは完成した温泉を見て、一人で感動していた。
すでに岩風呂にはなみなみとお湯が入って、うっすら湯気も出ている。
治癒魔法だけで強引に浴槽を埋めたのだ。こんなことをやっても魔力が尽きないハルナならではの力技だった。
「よし、じゃあ、ナタリア、入り初めしよか!」
「え、入り初め?」
「そうや。うちらがどんなお湯か知らんのにお客さんを入れるわけにもいかへんやろ。ちゃんと二つのお風呂、試しとかんと」
「そ、それって一緒にお風呂に入るってこと……?」
ナタリアはあまり乗り気ではないようだ。
「当たり前やん。ほかに誰と入るんや」
「だって、裸を見られるわけでしょ……? 恥ずかしいと思わないの……?」
大浴場に何人もが入るという文化がない地域もある。アジアでも銭湯のようなものがまったくない国のほうが多いだろう。
「裸見て恥ずかしいとか言われても、うちのおとん、うちが年頃なっても裸で風呂上がりのまま歩いとったしなあ」
風呂上がり、全裸で冷蔵庫に飲み物を取りにいくような親父は全国的にいる。
「それ、野蛮人すぎるわよ!」
「うん、おかんも変なツチノコぶらぶらしとるわーとか言っとった」
これは一般的な大阪の話ではなく、あくまでハルナの子供の頃の話だ。
「じゃあ、長いタオルで体巻いたらええわ。うちは先に入る」
ハルナはとくに恥ずかしがるでもなく服を脱ぎだしたので、ナタリアは脱衣場から出てしまった。
このまま追いかけるわけにもいかないので、ハルナだけ入ることにした。
かけ湯をして、岩風呂のほうに体を沈める。
「あ~、ええ湯やわ。やっぱり日本人は温泉やなあ。これで景色よかったらええんやけどな。壁に富士山でも描こかなあ」
ただ、富士山を描いても誰も富士山ってわからないなと思いなおした。
「しかも、大阪から富士山見えへんわ。あんまり富士山になじみないんよなあ」
お湯につかると人間はなぜか思索的になる。ハルナも例外ではなかった。
「ナタリアの嫌がり方を見ると、大浴場はハードル高かったかもしれんな」
同性の裸を見るのも拒絶する文化だと、温泉は成立しない。
「日本やと浴槽にタオル入れるなって書いてること多いけど、OKにするしかないなあ。あるいは一人十五分とかの時間貸しか。でも、こういうんはみんなで入ってこそやしなあ」
食べ物と比べると文化の移入は時間のかかるものだ。
食べ物は宗教上の理由とかで食べられないとか、明らかにその土地では食べ物とみなしてないとかいったことを除けば、割とスムーズに受け入れられる。
食べておいしいと感じるかどうかで、おおかた決まる。
実際、二、三十年のうちに日本に広まった料理など腐るほどある。
ピザなんてイタリアの外に出ていったのは戦後で、あっという間にアメリカを中心に全世界的な食べ物になった。
寿司の店だってニューヨークにもパリにもあるだろう。
その点、文化というものは難しい。
と、大浴場の扉ががららっと開いた。
タオルで胸と腰のあたりを巻いたナタリアだった。
「おっ! 来てくれたんやな!」
「せっかくだし、私も……入るわ……。冒険者として逃げ帰るのも、それはそれで恥ずかしいし……」
ナタリアは胸と腰を白いタオルでガードして、浴槽につかろうとする。
「タンマ!」
これは「タイム」、つまり「ちょっと待った」の意味である。
「え、何?」
足を入れかけたナタリアがひっこめる。
「まず、かけ湯や! 恥ずかしいんはわかるけど、かけ湯なしでお湯につかるのはマナー違反やで!」
「そうなのね……。わかった。汚れた体のままじゃ、不衛生だしね……」
意図は解したらしく、ナタリアが隅っこでタオルをとって体にお湯をかけていた。
「み、見ないでね……」
「あれ、ナタリアってけっこうおっぱいでかいねんなあ。なんや、着やせするタイプなんか」
「すでに見てるし!」
「それでも、うちほどやないけどな」
「だから、余計なこと言わないでいいの!」
ナタリアはため息をついて、タオルを巻いて風呂に入ってきた。ハルナとは少し間を開ける。
「ナタリア、胸のタオル、もっとしっかり巻かんと、かえってなんかいやらしいで」
「もう、どうでもいいわよ……。どうせあなたしかいないし……」
気にするのもばからしくなってきたらしく、ナタリアは足を伸ばした。
「あぁ、いいお湯ね」
ナタリアが率直な感想を漏らす。
「なんていうのかな、体の真ん中まであったかくなるっていうか」
「せやろ。それが温泉の力やわ」
ハルナが胸を張って言った。
「この温泉は、うちの回復魔法のお湯やからな。これで回復せんかったらウソやで」
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