36 異世界アンケート調査
王都近郊の味噌蔵の稼働から半年、ハルナは視察で再び、その地を訪れていた。
試作品の味噌を小皿にとって、舐めてみる。
「ええあんばいになってきたな。というか、半年でなんでこんなに進んでるんや……?」
蔵の中には、巨人みたいな大きさの木の樽がいくつも並んでいる。十年は蔵を使い続けないとこんなことにはならないと思っていたのだが……。
ハルナも発酵のプロではないけれど、このペースがおかしいことぐらいはわかる。
「発酵とかのことは、その道の玄人に任せましたんや」
カレンもかなり得意げな顔をしている。それだけの結果を出せているから当然だ。
二人のところに、三人のエルフたちがやってきた。その服には「ヤコマイー発酵食品」と書いてある。
「エルフの方々は菌類や発酵にも知識はありますし、発酵促進の魔法もお持ちなんで、ご協力いただいとるいうわけですわ。はよう醤油も売り物になるようにしますからな」
「ほんと、ありがたいわ! 助かるわ!」
カレンの手をハルナはぎゅっとつかむ。
「ハルナはん、気が早いですわ……」
「これで、味噌も醤油も手に入るわ! 本格的にいろいろ広められる!」
ハルナの手はやたらとあったかい。別に剣士だから大きいというわけでもなく、年頃の女性のサイズなのだが、カレンからしてみると包まれているような感じがした。
「今日はほかにも頼みたいことあって来たんやけど、幸先がええわ~」
「いったい何なん? 何なん?」
その言葉にやけにカレンは身を密着させてくる。
「もしかして……ハルナはん、わたしのこと、そんな気になってるん?」
「いや、カレンのことは全然関係ないよ」
カレンはがくっと脱力した。そういうことに関する遠慮はハルナにない。
「うちな、お店の計画を次の段階に移したいと思うてるねん」
「次の計画て、もう十分すぎるんとちゃいますか? 物は売ってるし、料理も出しとうし」
「ほかのダンジョンにも店を作っていきたいんや。ダンジョンにあるのは一号店だけやからな」
その言葉でカレンも得心がいった。
「ダンジョンの資料もヤコマイー家ならある程度持ってるやろ」
「ああ、そういうことですかいな……。あるんとちゃいますかあ? 好きなだけ持ってったらええですわ。ほんに、いけずなんやから……」
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ハルナはヤコマイー家から資料をもらいつつ、まだまだ冒険者の踏査が完了してないダンジョンのうち、利用者が多いところをいくつかピックアップした。店をやる以上、一日の利用者が十人程度では経営ができない。
ひとまず、第一弾として五箇所ほどを絞り込んだ。
それと同時に、ギルドにも協力してもらい、冒険者にアンケートをとった。
冒険者に何を普段から希望しているか確認するためだ。ハルナはオールサックのダンジョンのことしか実質知らないので、全体的なニーズを知っておく必要があった。
後日、ハルナのところにアンケート結果が送られてきた。二人はこれを町の事務所で仕分けていった。
多かった意見としては次のようなものである。
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Q 冒険者としてダンジョンに入るなかで、困ることといえば何ですか?(複数回答可)
・食糧を持っていくのが面倒。とくに水分がかさばる。
・体が汚れるので、町に戻っても嫌がられる。モンスターの体液などがかかると最悪。
・休息をとる余裕がない。
・トイレがない。
・いいアイテムを見つけたがかさばってしまい、持ち帰るのを断念した。
・一人で冒険者をしていると孤独だ。
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おおむね『冒険者のデパート ハルちゃん』で解消できていることだ。
最低でも、食糧問題・休息場所・トイレの需要を満たしている。繁盛したのも当然だろう。
アットホームな空気が孤独もやわらげているはずだ。実際、常連客にはパーティーでないソロプレイヤーも多い。常連の多くはダンジョン攻略より店に行くのが目的になっている。
このあたりは、ハルナの人柄もあるが、店というよりはダンジョンにおける集会場みたいなものに今の『ハルちゃん』はなっている。そんな場所を各所で作ることができれば、社会事業としてもよいことだろう。
「想像以上に店があることでどうにかなってるわね。『ハルちゃん』は偉大だわ」
ナタリアも満足しているようだった。
「これなら、絶対にほかのダンジョンでも成功するわよ」
「それはわかってる。でも、まだ克服できてないやつが残ってるやろ」
ハルナは調査結果の項目一つをとんとんと突いた。
・体が汚れるので、町に戻っても嫌がられる。モンスターの体液などがかかると最悪。
「たしかに冒険者あるあるね……」
土で汚れもするし、汗のにおいだって残る。そんなことを気にしていたら冒険者などできないのだが、気にする人は気にする。
「とくにうちみたいなレディーは地上に出てもにおってないかなとか心配したりするわ」
「いや、そんなこと考える人がトイレ報告するわけないでしょ」
「なんでや。汚いものが体から出ていったわけやから、むしろきれいになってるやん」
「……あれ? そういう考え方……? 私のほうがおかしいのかしら……?」
ナタリアは混乱しだした。
「そ、それは置いておくとして、男の冒険者でも町で汚い奴だなって目で見られるのは嫌だっていう層がそれなりにいるわね」
数を見ると、三人に一人は気にしている計算だ。
「これは濡れタオルでも用意すればいっか。それだけでもずいぶん違うでしょ」
しかし、ハルナはどうも不満そうだった。
「濡れタオルとか、地味やわ。もっと派手で楽しい解決策ないんかな」
ハルナはあらためて自分のステータスを見た。
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ハルナ
Lv85
職 業:剣士
体 力:645
魔 力:464
攻撃力:532
防御力:493
素早さ:523
知 力:240
謙虚さ: 2
ボ ケ:744
ツッコミ:264
魔 法:炎魔法・風魔法(六甲おろし)・治癒魔法・紅ショウガの天ぷら魔法・梅田ダンジョン作成魔法・簡易次元操作(カバンからお菓子等が出てくる。一部、大阪にちなむ食品が出せる)
その他:ビリケンさんの加護により、毒無効化・麻痺無効化。アンチ巨人なので、巨人に対して常にクリティカルが出る。中日ドラゴンスレイヤー(ドラゴンのブレスを無効化)。
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「あっ、全然気づいてなかったけど、これ、もしかしていけるんとちゃうかな」
「いったい、どれよ……。あなたの魔法、特殊すぎて、わけがわからないのよ……」
「ほら、その治癒魔法や。『治癒魔法』ってやつ」
ナタリアはそれでも意味がよくわかってなかった。
「これで温泉が作れるはずや」




