31 ドラゴンのボスのところへ
「うわあ……あんまりケンカ売らないでよ……」
ナタリアは無意識的にハルナの後ろに下がろうとする。
「ならば」「いたしかたない」
二匹のドラゴンは口から激しい火炎を吐き出してきた。
ドラゴンの多くは炎や冷気を噴くことができる。その身体的な破壊力もさることながら、ブレスによる攻撃がドラゴンが最も恐れられる理由である。巨大なドラゴンなら町ひとつ焼き尽くすぐらい容易だ。
だからこそ、山に住む民もドラゴンに食糧を納めることで平和を保っていたのだろう。一度、ドラゴンと契約を結ぶことさえできれば、今度は自分たちを守る頼もしい味方になってくれるだろうからだ。ドラゴン側も人間を痛めつけるメリットはとくにない。
右前と左前の両方向から来る炎を見ただけで、ナタリアは卒倒しそうになった。
まともに受けたら即死だ。
「ああ、来たか。まずは味方を守らんとな」
さっとハルナはナタリアの正面に立つ。
容赦のない炎がハルナに直撃する。
ドラゴン二体は、愚か者とはいえ、若い人間の娘を焼き殺すのは楽しいことではないなと思った。
だが――
「あ~、こんなふうにあったかい感じになるんやな。ストーブの弱いやつみたいや」
けろっとした声が炎の先から聞こえてくる。
「うち、中日ドラゴンスレイヤーやからな」
炎の中で平然とハルナは笑っている。
そう、以前、レベル85に上昇したハルナは「ドラゴンのブレスを無効化」という能力を身につけていた。
それがなくてもハルナのステータスならドラゴンぐらいなんとでもなるのだが、少なくともナタリアを守るのには都合がよい。
「それじゃ、こっちから行くでー!」
ハルナは剣を取って、握り締めると――
「っていっ! 巨人の次は竜退治や!」
わざと切れない部分で殴りつけた。
それがハルナなりの情けである。
ただし、チートな攻撃力で殴ってはいるわけだから、猛烈に痛い。
ドラゴンの一体が地響きのような悲鳴を上げて、吹き飛ばされる。ドラゴンが吹き飛ばされるような威力の一撃を加えられる人間など常識的にはありえないのだが、もちろんハルナに常識など通用しないのだ。
残ったもう一体のドラゴンも何かおかしなことが起こってると悟った。空に飛んで逃げようとする。
「手だけ出して逃げるんかい! セコいことすんな! 一発叩かせえや!」
ハルナはそのまま見過ごすほど甘くない。右手を前に突き出すと――
「風魔法、六甲おろし!」
上空から地上めがけて吹きつけてくる風を発生させる。
「なっ! 貴様、ただの剣士ではなく、魔法剣士なのか!?」
魔法剣士は一般の剣士よりはるかに珍しい職業である。しかも、ハルナがとても魔法など使えそうにないほどガサツに見えたので油断していた。
「職業なんてどうでもええわい! 六甲おろしや言うたら六甲おろしなんや!」
飛んでいたドラゴンはその突風が直撃して、叩き落されるようになる。ほとんどかたまりのような風圧だ。大きな翼すら言うことをきかない。
よろよろと戻されてきたところに、もちろんハルナが控えている。
「代打逆転ホームランやっ!」
ドラゴンを剣で叩いて、再び空に打ち上げた。一切の容赦なし。
「化け物だ!」「悪魔が来た!」
門番をしていたドラゴン二体はほうほうの体で山の上へと逃げていく。
「おい! 誰が化け物や! 悪魔や! かわいい、かわいい女の子や! アイドルユニット組んでもええくらいやで! 宝塚行けるやろっ!」
「いや、ドラゴンを叩きつぶすって完全に化け物でしょ……」
後ろで見ていたナタリアの感想だ。
「きっと、すべてのモンスターの頂点である魔王も倒せちゃうでしょうね。それを倒したら、文句なしの英雄になるわよ」
「でもマー君、そんな悪さしてないんやろ。それやったら放っておいてもええんとちゃうん?」
「マー君って何よ……」
「魔王やからマー君や」
なお、大リーグで活躍中のほかのマー君こと田中将大投手は、大阪から電車で十分ほどの兵庫県伊丹市の出身である。
JR伊丹駅を出てすぐのところが、黒田官兵衛が閉じ込められていた、荒木村重の有岡城跡だ。
ハルナとナタリアはそのままドラゴンの住む高山の本拠地を目指した。
ただ、想像以上に時間がかかった。
「あっ、これ、天ぷらにしたら意外といけるんや」
「このキノコも食べれる」
「栗、けっこうあるやん!」
こんなふうに食べられるものを見るたびにハルナが採集しているためだ。
地元民が山に入れなくなったので、未収穫のものがけっこう残っていたのだ。
「これ、勝手に取っていいの?」
「冒険者なんやから冒険してる土地で食糧調達は必要や。あと、もし地元民が食べれること知らへん野草とかあったら帰りに教えられるやろ」
理屈はさておき、とにかく拾っていくつもりらしい。
「あの栗、登って取ってくれへん? ほら、ナタリア、猫やから木登り、得意やろ」
「いや、獣人だからってできないわよ! ていうか、本気で木登りできるって思ってるの?」
「揺らしたら落ちてくるかな」
「いや、もう栗ぐらい買えばよくない? お金あるでしょ」
「タダでもらえるもんはもらっとかんと罰当たるわ」
あまりにも諸々拾いすぎたので、途中からハルナだけで持つのが大変になり、ナタリアも持たされた。
「飴はタダで配りまくるのに、ほかのところでは惜しむの、変じゃない?」
ナタリアは素で疑問に思った。
「それはそれ、これはこれや。ほら、どこのおかんも子供しつける時に言うてるやろ。『うちはうち、よそはよそ』って」
「私はそんなの知らないわよ……」
二人がずっと緊張感なく、栗その他を収集できていたわけではない。定期的にドラゴンたちが侵入者を追い払おうとやってきた。すでにドラゴンのテリトリーを見事に犯しているのだ。
だが、その都度、ナタリアを後ろに隠すようにして、ハルナが撃退した。
●
ドラゴンの本拠地にやってくる頃にはハルナが戦闘、ナタリアが荷物持ちという役割で固定されていた。
「なんで、私、こんなところまで来て、栗とか草の入った袋を持ってるの……」
リュックのように肩に提げるものだけだと足りないので、両手もふさがっていた。
「ナタリア、スーパーの帰りのオバチャンみたいやわ。詰め放題の日とか、そうなってたりするなあ」
「なんかよくわからないけど失礼なたとえね! それと、こんな話をしてる場合じゃないんじゃない……?」
ナタリアの視線は高原の少し先に向けられている。
そこに、これまでと比べてふたまわりは大きいドラゴンがいた。
翼をはためかせた風だけで小さな村ぐらいなら吹き飛ばしてしまえそうだ。
もう、ドラゴンの頭目のところにまでやってきてしまっているのだ。
「まさか人間がここまでやってこれるとはな。にわかには信じがたいが……」
よく響く声でドラゴンが言う。
「あんたがわがままなドラゴンやな。みんな迷惑しとるんや。何かムカつくことあるんか? 競馬やパチンコで負けたオッチャンでももうちょっと礼儀正しいで!」
「ふん。矮小な人間が我の命令を守ろうとせぬから、報いを与えたまでのこと。黙っておれ!」
「そりゃ、話し合いじゃ解決できないわよね……」
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