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29 豆腐を食べよう

「あの、ハルナはん……今日はせっかくやし、ゆっくりしていってや……」

 食後、カレンにそう言われた。


「それは本音か建前かどっちや。あんたらは『はよ帰れや』って思った時でも『ゆっくりしていってや』って言うからな」

「本音のほうですわ。そいでなかったら、引き止めなんてしまへん」


 ちょっと、カレンはむすっとした。

 それから、ぼそりとハルナにだけ聞こえるように顔を近づけて言った。

「わたし、前世の記憶があるんですわ」


 それでハルナも話を聞こうという気になった。

 ピクニックぐらい問題なくできそうな、ヤコマイー家の広大な庭をカレンが案内した。池にはカモやアヒルが呑気に泳いでいる。


 それにハルナとナタリアが続く。

「わたしな、京都って町に住んでた記憶が頭に残ってるんですわ。その町の鴨川って川に橋から転落して死んで、このヤコマイー家の娘として生まれてきた――と思ってる。幼い頃からな」


「その川も実在してるわ。京都の大学生が飲み会の帰りとかによくふざけて河川敷から飛びこむやつや。道頓堀に飛びこむ奴がいたんと同じや」

 ハルナの知識はけっこう偏っていた。


 鴨川は台風などで増水している時は別だが、普段は流れもゆるやかで浅いので、飛び石沿いに対岸に容易に渡ることができる。おそらくカレンも溺れて死んだというよりは、頭でも打って死んだのだろう。


「じゃあ、やっぱり、ハルナはんと同じ世界の記憶があるんやなあ」

 カレンはちょっとほっとしたような顔をした。自分の記憶に根拠が与えられたのだ。


「ずっと、この記憶は何なんやろ、どうして夢みたいな変なこと覚えてるんやろって思とったけど、実在する場所なんやなぁ。ハルナはん呼んでよかったわ。不安が一個減った」

「なんや、そんなこと気にしてたんか。貴族の娘なんやから好き勝手に生きとったらええやん」


「いや、普通の人はあなたほど神経図太くはないわよ……」

 ナタリアがツッコミを入れた。


「ただ、なんかお好み焼きやとかボール焼きやとか聞いた時に対抗したい気になって、こないな意地悪してもうたんですわ……」

「それ、大阪に対する本能的抵抗なんかもな。まあ、でも――」

 ぽんぽんとハルナはカレンの肩を叩いた。


「そんなにビビってまうことがあるんやったら、うちを頼り。これでも冒険者のはしくれやからな」

 困ってる人間がいたらとりあえず手を差し伸べるのがハルナの生き方だ。


「お、おおきに……」

 カレンも少しハルナに身を寄せた。


「なんだ、上手く収まったみたいね」

 その様子を見ていたナタリアが微笑ましげに言った。


「同郷人らしく仲良くしたらいいわ」

「同郷? 同郷やありまへんわ!」

 なぜか、カレンから苦情が来た。


「京都と大阪は全然違う町なんですわ! あんな品のない町と一緒にしてほしないですわ!」

「こっちだって願い下げや! 自分の思ったこともストレートに言えん町の人間とこっちは違うねん!」


「それは言いたいこと言うてるだけですわ! だいたいまとめて関西人ってひとくくりにするんは堪忍してほしいんですわ! 大阪は大阪! 京都は京都!」


 京都人や神戸人は関西ひとくくりで大阪とセットにされるとマジで怒る。

 たとえば「東京なんかと一緒にするな!」と怒る埼玉や千葉の人間はあまりいないだろうから、関西の特徴の一つかもしれない。


「え、なんでケンカになってんの!? よくわかんないわ!」

 ナタリアは地雷の場所がわからないので困惑した。


「まあ、この話は置いときましょか……」

「そうやな……きりないしな……」


 お互い、今回はすぐに折れた。それから、カレンはハルナの顔をうかがうように言った。

「あのな、昔の記憶を元に作ったもんがあるんですわ。ディナーで出しますわ」



 そして夕食。

 食堂で待っているハルナとナタリアのもとに大きな鍋が出てくる。


 かなり熱そうで、ヤコマイー家の専属料理人は手袋のようなものをして運んできた。

「これはお嬢様の考案された食べ物です」


 そして鍋のふたを開ける。

 そこには白いブロック状のものが湯の中に入っていた。


「言葉の意味はわからへんけど、トーフって名前やった気がするんですわ」

「出たな、湯豆腐。これだけでけっこうな値段取りおるんや」


 ハルナはもちろん心当たりがある。

「あまり味がないんで、ソースをかけて食べはってな」


「すごくやわらかそうなチーズみたいね。でも、チーズなら溶けちゃうか」

 不思議そうにナタリアは出された料理を見つめた。


 それからスプーンに載せて冷ましながら一度味をつけずに食べる。

「たしかにこれ自体は味があんまりしないわね」


「大豆から作る食べもんやな。京都はええ地下水が多いから豆腐には向いてたんや。盆地やから、地下水が集まってくる。繁華街のど真ん中の神社でも名水が湧き出てたからな」


「やっぱりハルナはんは詳しいんですなあ」

「そりゃ、日本なら誰でも知ってるぐらい有名な食べもんやからな」


 カレンはよそった豆腐にソースを垂らした。なんとかして豆腐をおいしく食べようという意図は感じられる。しかし、しっくり来るかというと、どことなく、ズレを感じる。


「これでも招いた側ですからなあ。わたしなりのもてなしですわ……」

 少し照れくさそうにカレンは言った。これは本音と受け取っていいのだろう。


「うちもそのおもてなし、うれしいで。でも、この料理やったら絶対にもっと合う食べ方があるわ」

 ハルナは醤油の残りをすぐに持ってきた。


 醤油の入った小皿に湯豆腐を移し、ネギをぱらぱらとかける。

「この食べ方が最高や。本当は七味もかけたいところやけど、そこはしょうがないな」


 早速、醤油を使った方法で各々が豆腐を口に入れた。

「なんやろ! ものすごう引き締まるわ!」


 カレンは思わず口を押さえた。

 ナタリアも目を見開いている。


「これが正解だってすぐに思えるほどによく調和してるわ……」

「せやろ。そう言いながら、うちはほんまはポン酢派なんやけどな」


 ポン酢の消費量は圧倒的に西日本のほうが多く、大阪でも鍋物などでしょっちゅう出てくる。

「この醤油ってもん、もっとあらへんのですか? これがあれば料理の幅が広がると思うんですけど」


「申し訳ないけど、これは量産が難しいんやわ……」

 期待にこたえられないハルナは苦笑して言葉を返す。


 そこで、少しばかり間が空いた。

 同席していた当主が、ちょうどいいというように、空咳をして、


「娘は問題児ですが、心の中までは濁ってはおりません。お昼のご無礼はお赦しください」

 昼のことを詫びた。たしかに高位の貴族となれば娘のことも上流階級で話題にのぼるだろうし、けっこう頭の痛い問題なのかもしれない。


「ああ、気にしてへんわ。たしかにお好み焼きやと手のこんだ料理には勝てへん部分もあるしな」

「そう言っていただけるとありがたいです。それで勝手ながらもう一つお願いがありまして。いえ、本来、そのためにお呼びいたそうと思っていたのですが……」


 妙に当主は言いづらそうだ。

 本題がほかにあるとはハルナも考えてなかったので、意外だった。


「西方の高山地帯でドラゴンが暴れているんです。弱い冒険者では歯が立たず……可能であれば白金クラスの冒険者であるハルナさんにも討伐軍に参加を……」


「お父様、何を言うてはるんですか!」

 娘のカレンがかなり強い口調で言った。声にはっきりと非難の色が含まれている。


「ドラゴンは冒険者個人にお願いしてどうこうするもんとちゃいますやろ! 三十人ぐらいの魔法使いを動員して、それでやっと留められるようなもんですわ!」


 カレンなりにハルナの身を案じているらしい。

「もちろん、王国騎士団を派遣する予定もある……。だが、それでも鎮圧ができるか怪しいと言われている……。もし、そこに白金冒険者のハルナさんが入っていただければ、全体の士気も上がるだろう……」


「お父様、だからって、だからって!」

 ハルナは心配してくれてるんやなと楽しく聞いていたが――


「それじゃ、ハルナはんに死んで地獄に行けって言うてはるようなもんですわ!」

「なんで死んだら地獄確定やねん! 天国の可能性もあるやろ!」


 最後の部分がおかしかった。

「せやかて、天国にハルナはんおったら天国のイメージ崩れてまいますわ」


 ナタリアはまったくそのとおりだと内心で思った。

「そういう問題やないやろ! でも、それはええ。問題はドラゴンやな」


 にやりとハルナは笑った。

「当然、受けるわ。うちは冒険者やからな。むしろ、うち一人、正確にはうちとナタリアだけで十分や。討伐部隊なんていらんよ」


 その発言に当主も呆然とした。自殺行為というか自殺みたいなものだ。

「あの、いくらなんでもそれは危険です……」

「巨人の次はドラゴンを倒すんが筋ってもんやろ。これはうちの使命やで」


現在、6月の書籍化作業の大詰めです! アース・スターさんより書籍化します! よろしくお願いします!

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