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24 王都からの招待

「さあ、オールサック風もりソバ完成や!」


「これがソバ――の麺か……」

 初めて見る食べ物にナタリアは硬直していた。


「麺が浅黒いし、入れて食べるつゆに至っては真っ黒だけど……」

「それはそういうものやねん。まだ関西風に少し薄口にしたぐらいやで」


 本当はこれこそ箸で食べてみてほしいが、そこはやむをえない。フォークで食べる形になる。

 ナタリアは少しソバを巻きつけると、つゆの器に入れて、口に運んだ。


「!」

 食べたことのない味がナタリアの口に広がる。


 ゆっくりとナタリアは噛むと、ごくんと呑みこんだ。

「何これ……」


 ナタリアはじっとソバを見つめている。

「口に入れた瞬間はからいと思ったけど、そのあとにすぐに甘さが来て……麺を噛んでいるうちにコシのある食感が口の中に広がって、だんだん小麦粉とは全然違う味がして……。いろんなことが同時に来てよくわからないよ!」


「なんか、ナタリアのコメントも複雑になってきたなあ」

 変わったものばかりを食べて、ナタリアの言葉も発展を遂げてきていた。


 すぐにナタリアはまたソバをフォークで絡めた。

「とにかくおいしいわ! これまで食べたどんな食べ物とも違う!」


「うん、それやったら私は何の文句もないわ~」

 ナタリアの猫の尻尾も左右にぴょこぴょこ動いているので、なかなか好評だったようだ。

 一人前のソバをナタリアはきれいにたいらげた。


「ただ、この食べ物はつゆっていうものの味が強くないと食べづらいかもしれないわね」

「そうやねん。大量生産には今の時点では向かへんな。そもそも醤油があんまりない。あ~、和歌山の醤油蔵でも引越してけえへんかな」

 すっかり事務所は料理談義の場となっていた。


「あ、そうだ」

 ナタリアは何か思い出したらしい。

「ちょうど、あなたが巨人戦に行ってる間に王都から連絡があったの」

「ふうん、王都からか。何? ギルドからの話?」


 ハルナは白金という冒険者最高ランクだから、ギルド本部からお呼びがかかることは十二分にありうることだった。


「いや、そうじゃないの。王国でもトップクラスの貴族、ヤコマイー家のお嬢様から」

 ナタリアはその書状を出してきて、ハルナに渡した。紙の質からしても、上質の物を使っているのがわかった。ハルナも立場上、書類作成の必要も多いので、そのあたりは見ればわかる。


 ちなみにこの土地に来た時点で読み書きはできた。言語が最初から通じたのと同じで、お好み焼きを広めようとした女神からのボーナスなのだろう。


「ぜひとも、あなたの作るお好み焼きを食べてみたいと書いてあったわ」

「そうか、そうか。たしかに今後、『ハルちゃん』グループの進出のためにも、王都を見ておくんは悪ないかもな」


 まだハルナは距離的に近いところから出店していくという、けっこう堅実な方法をとっていた。

 だが、王都に有力な支店が出せれば、一気に王国中に店が広がる可能性もある。


 王都には王国すべてから人が集まってくるだろう。東京に日本中から人が集まるのと同じだ。

 そこでお好み焼きやうどんを知った人間が地元に広めてくれるかもしれない。


「またとないチャンスよ。しっかり王都を視察しましょう」

 ナタリアも乗り気だ。

「せやな。王都の顔も一度ぐらい拝んだろか」


「ただ、今回の話、ちょっとだけ懸念があるのよね」

 少し、ナタリアの顔が曇る。

「このヤコマイー家のお嬢様って性格悪いってことで有名なの。あと、すごい美食家で、料理人泣かせだって言うわ。どんな些細なことにも妥協しないって」

「なんとかなるやろ。大丈夫や、大丈夫」


 ハルナはとくに懸念も何も感じてなかった。基本的に楽観主義なのだ。

「どうせ、お好み焼きは庶民の食べ物やからな。高級食材使ったらええってもんでもない。それで貴族の舌に合わんのやったら、それまでのことやわ。もっとも、お好み焼きを不味いって言う奴はそうそうおらんやろけど」


「でも、性格が悪いのよ。何か嫌がらせをされるかもしれない……」

 一方、ナタリアは苦労人なので悲観的だ。


「ああ、それも心配ない、ない。うちは大阪住んどったから慣れてんねん」

「何それ。大阪って、そんな性格悪い人が多い町だったの?」


「いや、隣やな」

 珍しく、ハルナは嫌そうな顔をした。

「京都っていう町があってな。性格が悪いというか、思ったことをそのまま言わへん土地なんや」


「あなたとまるっきり正反対ね」

「そうそう。うち、トイレで大か小まで言うやろ?」

「それは言わなくていいわよ! 私が報告される意味ある!?」


 大阪の人間は京都という都市自体は嫌いではない。近いこともあって、観光に訪れる大阪人も多い。

昔から京都の観光客数は多かったが、人口が多い都市が周囲にあったのもその一因だ。日帰りで、大阪や神戸の人間が来ても観光客数としては、関東や九州から来た人間と同じ一人と数える。


 だが、京都人に関しては大阪人はかなり苦手である。

 大阪は長らく商人の都市だった。


 商人というのは実利を求める立場だ。また、相手を安心させるためにも金額を早目に言ったほうがいい。大阪人が初対面の人間に年収を聞いてくるのは、このあたりの商人気質によるものがある。


 それに対して、京都というのは貴族の都市であり、平安時代から千年以上、都だった。

 かつての政治も寺社の行事も、儀礼をガチガチに重んじて執行される。つまり形式や伝統を重んじる都市なのだ。


 実利と伝統――その二つがバッティングしてもなんらおかしくない。

 なお、大阪人が東京というか江戸を苦手にしているのも、おそらく都市の成立過程から説明できる。


 江戸は武士が全国から集まって作られた都市だが、江戸時代の武士はつまり官僚とか役人だ。つまり元々は役人が集まってできた都市である。


 役人と商人、これも相容れるものではない。

 現代でも、役所は非効率的すぎる、まさしくお役所仕事だとバカにする企業人がいるが、つまり、そういうことだ。一方、問題のある企業を取り締まるのは役人たち国家権力の仕事である。


 また、江戸時代は江戸のほかには大阪と京都ぐらいしか大都市がなかった(実際、三都と呼ばれていた)ので自然とライバル視するようになったとしてもおかしくない。


 なので大阪はずっと京都と東京が苦手で、二十一世紀になっても、まだその価値観みたいなものを引きずっているところがある。


 少なくともハルナはそういうことを漠然と思っていた。

 手紙の中には来る場合の日程の候補がいくつか書いてある。


 メールではなく手紙のやり取りが前提なので、けっこう余裕のあるスケジュールである。明日すぐ出発というようなものではない。


「よし、じゃあ、この日にしよかな。返事はあとで書くわ」

 ひとまずスケジュールを決めた。


 それから、ハルナは台所のほうに目をやった。

「せっかく時間はあるんやから、ほかのコナモン料理も練習しとこかな」


 ハルナが楽観主義なのは、それだけ自分の実力に自信があるからでもある。

「お好み焼きが嫌いな人間もタコ焼きが苦手な人間も中にはおるやろ。でも、コナモン料理そのものが嫌いな人間はまずおらん。それは小麦粉アレルギーの人間ぐらいや」


「新しい料理を試すの?」

 ナタリアは顔には出さないが、ちょっと期待していた。

 またおいしいものが食べられるかもしれない。


「せやな。でも、当分はナタリアにもないしょな。納得いくもんができるまでは食べさせへんよ」

 出発までの間、ハルナはいろいろと試行錯誤しながらいい料理の開発にいそしんだ。


 資金はいくらでもあるのでいろんな食材を使ってみた。

 そして、王都出発の日がやってきたのである。


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