23 もりそばを作ろう
町との交渉は比較的スムーズに進んだ。モートリの町としても、まずは自分たちが町に戻ることが重要だった。
巨人を追い出したということで、ハルナはモートリの町からも英雄として顕彰されることになった。ハルナが「これがトラの力や」と言っていたので、やがてモートリの町では、この一件を「トラの奇跡」と呼ぶようになる。
モートリの町で歓迎されてる最中、ハルナはふと思いついた。
「せっかくやし、うちもソバ作ってみよかな」
モートリの町周辺では少し山に入ると、かなりの量のソバの実が収穫できた。
聞いたところによると、食べる物が足りないほどに飢えた時などは野山に分け入ってソバを探すが、積極的に食べたりはしていないらしい。
そういう飢えた時だけ食用に使われる植物なら、日本でも何種類もあった。
極論、毒がない限り、たいていの植物の葉っぱは湯通しすれば食べられるし、実や根も水にさらしたりしてから粉にすれば食べられる。
場合によっては毒のあるキノコすら毒抜きして食べた地域がある。採集の効率などを考えると割に合わないので食べてないだけとも言える。
ソバに関しては痩せた土地でも生えるので救荒作物としては悪くない。
ハルナはモートリの町の町長にソバの実をオールサックの町に送ってくれるよう頼んだ。町を巨人から救った英雄なので、町長は二つ返事で了承してくれた。
「ハルナさんがすぐに巨人を追い返してくれたおかげで経済的な損失が最低限ですみました。どうお礼を言っていいかわからないぐらいです。もちろんソバの実もいくらでもお送りします!」
「ありがとうな。あと、巨人も悪さしようと思ってやったわけでもないみたいやから、穏便にすましたってや。ほんまに殺し合いになったら、町の人間にまた被害出てまうかもしれんしな」
「わかりました。それでぜひ、ハルナさんのブロンズ像を作って町に置きたいんですが」
「え~、いや、そういうんは恥ずかしいからやめてや……。断るわ……」
像を作るのを断られた分、町の歴史を記した資料にはハルナの活躍がこれでもかというほどびっしり詳細に、時に誇張までされて書かれたという。
◇
オールサックの町に戻ってきたハルナは早速事務所に向かった。
「ナタリア、こっちのほうは大丈夫やった?」
「なんとかやってる。小麦や春キャベツの買い付けの話も無事に進んでる。あとは支店へ運ぶ業者の選定だけど、どうにかなってるんじゃない?」
店舗数が多いので、材料の使用量も相当な量になっている。
少なくとも、市場で個人的に買える範囲はとっくにオーバーしていた。
魔法使いはそれなりに頭がよくないとできない。ナタリアもデスクワークはある程度こなせていた。
「よっしゃ。それでこそナタリアや。よーし、今日はナタリアにソバをごちそうするわ」
「えっ、ソバって植物の名前でしょ? あんまりおいしそうに聞こえないけど……」
「まあ、待っとき。ソバの世界は職人がうるさいから好かんけど、食べもんに優劣はあらへん」
まず、そばの実を石臼で挽いていく。ハルナのステータスはチートだから、かなり簡単に粉にできた。
ここで甘味を加えればお菓子を作ることぐらいは容易だが――
「せっかくやし、麺にするわ」
つなぎ用の小麦粉を少し、それに水などを加えて、ゆっくりとこねていく。十割ソバは初体験のナタリアは向かないだろう。
やがてソバ粉がボール状になる。これもハルナの馬鹿力なステータスのおかげでかなり簡単にやれた。
次いで、木の棒でひたすら延ばしていく。
現在はうどん用の棒の余りが事務所にいくつもある。
これを切ったら、あとはお湯を用意して、ゆがく。この手順自体はうどんとそう変わらない。
「問題は、つゆ作りやなあ」
ソバは小麦と違って癖が強いから、パスタ的な食べ方などは難しい気がする。
そこで、本格的とまでは言いづらいが、それに近いつゆ作りを行う。
まず、カツオ節。
これはハルナの能力である「簡易次元操作(カバンからお菓子等が出てくる。一部、大阪にちなむ食品が出せる)」の対象になっている。
カツオ節は大阪で作るものではないが(おそらく静岡県の焼津とかで作ってるんだろう)タコ焼きの必須アイテムということで取り出せるのだ。
当然ながら、武器みたいに硬い状態のものではなく、すでに鉛筆の削りカスみたいになってる状態のものだ。
その二は、昆布。
これはお菓子扱いで前から塩昆布が出せていた。塩昆布になっているのはダシが取れるような次元のものではないかもしれないが、ないよりはいいだろう。
大阪の塩昆布の消費量は日本でも最上位と言っていいレベルだ。江戸時代、船で運ばれてきた昆布の多くが大阪に集まってきことに関係すると思われる。昆布を使った佃煮の老舗が今も大阪にある。
酒はこの世界にも様々なものがあるので合いそうなものをチョイスする。
さて、次が最大の難関だ。
醤油だ。
醤油は醤油蔵のような大きな場所がないと、そうそう作れない。実質、工業製品と言っていいレベルのものだ。
しかし、少量ならば例外がないわけではない。
ハルナは棚の奥から大きめの壺を出してきた。
「何なの、これ? 変なにおいがするけど……」
ナタリアが違和感を表明した。
「ああ、これな。ナタリアも前に見たはずやけど、このサイズでは初めてか」
ハルナは壺のふたを開ける。
「味噌や」
「あっ、地下で舐めてたやつね。ふたが開いたらもっとにおいが強烈……」
発酵食品はたいてい独特のにおいを発するので子供の頃からそのにおいに慣れてないと抵抗を覚えることが多い。
「何かに使えるんちゃうかなと思って、けっこう味噌を増やしてたんや。当分、商品化のつもりはないけど、作っておいてよかったわ」
「それをスープに使うの……?」
「これを使ったスープもあるけど、今回はこれそのものを扱うわけやない」
大事なのは、その壺でうっすらと溜まっている黒い液体のほうだ。
「味噌を作ると、たまり醤油ができるんや」
醤油は味噌作りの過程でもともと偶発的に生まれたものと言われている。
なので味噌と比べると広まったのも遅くて、味噌が出回っていた戦国時代でもまだ醤油での味付けはほぼしていない。江戸時代でも長らく高価な代物だった。
「たくさんはないけど、ソバ用程度なら、どうにかいけるやろ」
そして、そのたまり醤油にほかの要素を足し合わせて、つゆを作る。
ソバのほうはナタリアの魔法で作った氷の入った水で締める。
「ワサビはないけど、いきなり入れてもびっくりするし、別にええか。あとは薬味に、日本ネギに似た野菜をつゆにちょっと入れて――」
皿にソバを載せる。
「さあ、オールサック風もりソバ完成や!」
関西住んでた頃はそんなに蕎麦食べなかったというか、THE蕎麦屋というのがあまりなかった印象ですが、仕事で福井に引っ越したらやたらと蕎麦屋があって、けっこうおろしそば食べてました。




