21 巨人とは戦わねばならない
ハルナは馬を駆ってモートリに向かう途中、近くの別の町に寄った。ここでモートリの住人大半が避難生活を送っていたのだ。
もちろん、住民たちが何もしていないというわけではなくて、町長もこちらに移って対策本部を立ち上げてはいる。町のお金で討伐用の冒険者を雇おうともしていた。
しかし、巨人を倒せる冒険者などそうそういない。すでに町を追い出されてから二十日が経過しようとしていた。
ハルナはまず町長に会いに行った。町への出店の際にも一度あいさつしているので、顔は知っている。面会はすぐにかなった。
「ここに来られたということは、巨人と戦おうとされているということですね?」
まだ三十代なかばの町長は思ったよりも白髪が目立った。心労のせいかもしれない。
「せやで! 巨人には勝たんとあかん! 大阪城焼かれて以来の因縁があるんや!」
ハルナのタイツは気合を入れるために黄色と黒の縞模様にしている。当然、踏み切りをモチーフにしているのではなく、トラをモチーフにしたものだ。これによって球団と一体化した気持ちになり、さらに戦意を高めるのである。
「ハルナさん、あなたが優秀な冒険者ということは存じあげていますが、巨人は非常に強力です。一説には、地下三十層のモンスターに匹敵するとも言われています……」
「じゃあ、楽勝やん。しょっちゅう行ってるわ。電車で京都や奈良に行くぐらいの感覚やで」
素でハルナは言った。
「今から占領されてる町に向かうわ。わかる範囲のことは全部教えてや」
町長は死に急がないでくださいと何度か止めたが、結局ハルナが強引に全部聞き出した。
「これは死のロードやないで。それに敵地で相手をぶちのめすんも、それはそれでオツなもんや! あと、関東にも虎党はけっこうおるから寂しないで!」
「ハルナさんに神のご加護があらんことを……」
「神様仏様八木様や」
八木とはかつて代打の神様と呼ばれた選手のことである。似たような地位はそのあと、桧山が継いでいたような、いないような感じである。
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到着したモートリの町では、上半身裸の体長十メートルほどの巨人族が闊歩していた。
騒いでいるというよりは何か探しているといった感じだ。食糧を求めているのだろう。おかげで町そのものは破壊されていなかったが、畑は荒らされている。体が大きいから野生動物の被害なんて比ではなかった。
普通サイズの人間がいないところに現れたハルナの姿は当然目立った。もっとも隠れるつもりなど毛頭ないから気づかれたほうが楽だ。
「あんたら、不法占拠はあかんで。巨人は山に帰らんとあかんで。それとも巨人だけに『原』に住むほうがええんか?」
巨人たちも人間が攻撃に来ることは当然考えていたようで――
「ぐおおおおっ!」
すぐにハルナ目がけて棍棒を振り下ろしてきた。
棍棒ももちろん巨人サイズなので、ほとんど大木そのものである。
「なんや、のろいスウィングやな!」
ハルナはあっさりとそれをかわす。
「そんなんやったら全盛期の藤川にはかすりもせえへんで!」
藤川とはかつての抑えの切り札だった投手である。
「っていっ! 喰らえっ! これがスウィングや!」
巨人の弁慶の泣き所に剣を叩きつけた。
「パチョレック&オマリー・アタック!」
ものすごい勢いで剣をわざと切れない面で叩きつける。
なお、パチョレックもオマリーも往年の阪神を支えた外国人選手名である。
無論、ハルナの攻撃力なので切れなくても無茶苦茶威力がある。
そのうえ、さらにクリティカルが発生していた。
そう、ハルナのステータスには、こんな一文が入っているのだ。
『アンチ巨人なので、巨人に対して常にクリティカルが出る』
ハルナはこの世界において対巨人最強の人類なのである。図らずも、完璧な人選だったのだ。
「っつうぅぅぅ!!!! うおおおおっっっ!」
あまりの痛みに巨人は声を発して、脛を押さえる。
以下、同じように次々と弁慶の泣き所を攻撃していく。
「巨人め! リーグ戦で負けても前みたいにCSでは勝つからなあ!」
なかば私怨に近い攻撃だったが、とにかくハルナ一人で巨人に対してかなりの打撃を与えた。
致命傷には至らないが、弁慶の泣き所へのクリティカルヒットは相当な精神的苦痛である。
「全員、町から出ていけっちゅうねん! 今からここが甲子園じゃあ! 甲子園や言うても砂のひと粒も持って帰ったらあかんけどな!」
休みなく攻撃を繰り出すハルナ。
「鳥谷アタック!」「金本アタック!」
気合を入れるためになぜか選手名を呼んで攻撃していた。
「亀山アタック!」「久慈アタック!」
高さの関係上、顔を狙うようなことはできないが、跳びあがるとだいたい弁慶の泣き所ぐらいにぶつかる。
「甲子園は兵庫県にあるけど、難波から阪神一本で行けるんや! 途中で大阪ドームも通るから完璧や!」
かつて大阪の南側から兵庫県西宮市にある甲子園に行くのは割と面倒で、延長戦などになると終電を気にして早めに引き上げるファンもいたが、その後、ミナミの難波から直通する路線ができたことで、利便性は相当向上した。
しばらくすると、町にいた巨人のほとんどが脛のあたりを押さえていた。
「うぐぅ……。あうぅ……」
まるで哀歌のように、巨体の割に情けないうめき声が響いていた。
「雨も降ってないからコールドゲームはないで。うちはまだまだやるからな!」
ハルナの体に影が差す。
「待ってくだされ……」
白髪頭であごひげまで白い老齢の巨人がハルナの前にやってきていた。
「なんや、言葉わかる奴もおるんかい」
ハルナも攻撃の手を止めた。
「わしは巨人の長老ですじゃ。町を襲ってしまったことは謝りますじゃ……。ただ、これには深い理由があるのです……」
「巨人の長老か。じゃあ、シゲオさんって呼ぶことにするわ」
ハルナは巨人だろうと往年の名選手には一定の敬意を払う。
「それで後楽園の池より深い理由っていうんは、いったい何なんや?」
巨人の長老はハルナにとつとつとその理由を話しはじめた。
小声でしゃべっているつもりらしいが、巨人なのでメガホンでかなり拡大したような声にハルナには聞こえた。




