18 味噌を舐める
お好み焼きに続いてタコ焼きのような料理も町でも売られだした。
ただし、あくまでも「タコ焼きのような料理」である。
タコが不気味に見えるという理由と、海が近くにないと新鮮なタコを供給できないという点から、町で売り出すものはタコを食材に使わないことにした。
「ボール焼き」という名前で、具のチーズやハムを選んでもらって、提供するというスタイルをとった。
形が丸くて面白いということでお好み焼き以上に早く浸透した。これまで出店していなかった近辺の町などからも是非店を出してほしいという要請が来るほどだ。
ボール状の形を作るためには専用の鉄板がどうしても必要なので、結果的に町の鎧職人の仕事が激増したという。
ハルナの店以外にも自分でやってみようという層も鉄板を求めたせいもある。
とくに大商人や貴族の専属料理人などがボール焼きを供するために購入した。
ボール焼きはこちらの世界では貴族が食べるような料理になったのである。
一方でハルナはゆでたタコを本来は入れるのだということも各地で説明してまわった。スタンダードなスタイルも一応は知ってもらいたかったのだ。
タコを食べるとハルナのように強くなれるという俗説まで流布されだし、おかしなところで徐々にタコを食べてもいいかと思う層は増えてきている。
これまでも漁が行われる地域では食べられていたはずだし、味自体は美味なので広がるかもしれない。
タコ焼きとお好み焼きの店は別々に出店されたので、その両方の店舗を数えると、現在ハルナが経営する店はこの国で二十五軒を数えるまでになった。
ハルナに無許可で(といってもお好み焼きやタコ焼きに使用権などないが)見よう見まねではじめた店舗を含むと四十軒はあるだろう。
まだハルナが異世界に来てから半年とちょっとという期間しか経っていないのに、あまりにも急激な増加である。
まさにとんでもない食の変化、むしろ食の革命が現在進行形で起こっていた。女神もきっとご満悦だろう。
ただ、その激変はハルナの体に疲労としてのしかかっていた。
「さすがに疲れたわ……」
地下十三層にある『ハルちゃん』の休憩スペースでハルナは横になっていた。
各地から出店依頼がやってきて、全国を歩き回っていたせいだ。
新幹線とか飛行機みたいな便利なものがあるわけでもないので、移動も大変である。
お好み焼きとボール焼きの調理指導自体はオールサックの町に向こうから来てもらったり、ナタリアのような経験のある社員を派遣したりしている。
それでも、店舗自体についての細かなチェックはハルナ自身が足を運ぶしかない。本場を知っているのは、ハルナだけなのだ。先日も片道二日かかる町で、店舗のプロデュースをしてきた。
「本場やと、そのあたりにタコの顔を描いてることが多いんやけど、タコは気持ち悪がられるから、ボール焼きの絵にしよか」
「あとは、焼いてる姿は必ずお客さんに見えるようにするねんで。音と匂いと視覚、これを全部動員して美味そうやって思わせんとあかん」
こういったことを現地の担当者に直接説明する。
もはや相手もハルナを冒険者ではなく商人として認識していた。少しゆっくりしていってはという誘いを断って、まだまだ仕事があるからとオールサックの町に戻ってきた。
当たり前だが、疲労もたまる。『ハルちゃん』で休息していた。
「昨日、夜に足がコブラ返りしたんや。足が限界に来てるから、今日は休む……」
常連の一人が「それってこむら返りなんじゃないの?」と指摘した。
「うちはコブラ返りって言ってるねん……」
関西ではコブラ返りという人が多い。なお「こむら」も「こぶら」も足のこの攣る部分を指す古語である。関西人が蛇好きなわけではない。
「ハルナちゃん、はりきりすぎだよね……」
「いや、二十五軒を経営してるんだから、もうハルナ様だろう。この地方最大の商人じゃないのか?」
常連客も心配そうに見ている。ハルナが疲れた顔を見せる時点でかなりの異常事態だ。
「病気やないから、ちょっと休めば回復するわ……」
「こっちで店は回すから心配しないで」
今はお好み焼きとタコ焼きをナタリアが、物品の販売などはほかの店員が担当していた。
なお、料理は夜は休止で、物品の販売だけとなる。
従業員数の問題はハルナの食べ物の店が有名になったことで、『ハルちゃん』一号店の知名度も広がり、働きたいという希望者も増えて、どうにかなっている。すべての店舗の従業員を足すと一部隊を作れるぐらいの人数になるだろう。
「まあ、疲れた時はこれが一番やな」
ハルナは小さい木の箱のふたを開く。
中には茶色いものが入っている。周囲にわずかに独特の香りがする。
そこに人差し指を突っこんで、少しつけて舐める。
「うん、ちょっとだけ甘くておいしいわ~」
そのハルナのしぐさに男たちの視線が自然と集まった。
「おお、ハルナちゃんが指をしゃぶっている……」
「なんか、エロいな」
それを見ていたナタリアが、「男ってバカばっかり……」とあきれたようにつぶやいた。
もっとも、ナタリアも興味を持っていることは間違いない。
「ところで、それって何なの?」
ナタリアは箱のほうに目がいった。
「その茶色いやつ。なんか汚らしいわ。発酵食品の一種なんだろうけど」
「そうそう、正解や。これはな、味噌やねん」
「みそ?」
またナタリアが聞いたことのない食べ物だ。
「豆で作った調味料兼食品やな。これを舐めると力が回復するねん。親にしんどい時は梅干しか味噌でも舐めとったらええんやって言われた」
「でも、そんなのどうやって作ったの?」
「作ったっていうか、増やした。こっち来た時にカバンに味噌入れとったからな」
異世界に飛ばされた時、カバンに飴のほかにスーパー玉出で買っていた味噌が入っていたのだ。お菓子の数が少ない世界なので、口が寂しい時など、ちょろちょろ舐めたりしていた。
そのあと、ハルナはこの世界に味噌とか醤油とかがないことに気づいて、その味噌を種にして増やしていくことを計画したのだ。
「大豆と塩はなんぼでも調達できる。あと、麹がいるけど、その麹は持ってきたパック味噌のやつを使ったんやわ」
そこから先は大豆と塩を入手すれば味噌を増やせるというわけだ。
ちなみに戦国時代に兵士が最低限持っていった食料は米と塩と味噌だった。
味噌は栄養価が高くて、健康維持に必要な成分も多く含まれていた。兵士のように戦闘に明け暮れる冒険者をやっているハルナが味噌を欲するのも当然のことだろう。
「熟成にある程度、時間がかかるんやけど、そろそろええ頃合いかなと思って出してきたんや。ちゃんと腐敗せずに味噌になっとった」
味噌はけっこうゴリ押しですが、ご容赦ください……w