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14 偉い冒険者になったけどオバチャンは興味なし

 その日、ギルドに持っていった魔石は金貨六十枚になり、受付嬢のルーファは軽く引いていた。普通の人間がこれだけの額を稼ごうとしたら、何か悪事を働かないときつい。


「あっ、ハルナさん、ちょっとお時間いただいてもよろしいですか……?」

「いただくんやったら、あとで返してや~」

「いや、時間なんて返せませんよ!」

「今のツッコミはまあまあなレベルやな」


 ハルナはルーファに別室に案内された。

「今日の魔石なんですけど、これ、地下三十五層付近で取れたものですよね……? 私も現物を見たことはないので、過去の資料を参照して言っているんですが……」

 まだルーファは若いギルド職員なので、ハルナとやりとりすると多くの初体験が待っている。


「せやで。そのへんのモンスターから取ってきたわ」

「もう、ハルナさんのほうがモンスターですよ……」

「失礼やな。まあ、ええわ、ほら、塩昆布あげる」


 なぜか部屋に案内されたほうのハルナが塩昆布を渡していた。飴ちゃん以外に塩昆布が出てきたりすることもある。


「それでですね、実は、ギルドの本部から話がありまして、ハルナさんを白金冒険者に格上げしたいということなんです」


 冒険者には下から真鍮・銅・銀・金・白金の5つのクラスがあり、白金は一種の殿堂入りだ。


「さよか」

 ルーファは光栄だと喜んでくれると思っていたが、ハルナが無反応だったのでちょっとがっかりした。


「あの、オールサックの町のギルドとしても名誉なことなので、もうちょっとお世辞でもいいんで反応してくださいよ……」

「でも、うち、ギルドの依頼なんてやってないやろ」


「特例です。だって地下三十五層なんて、金クラスの冒険者でもたどりつくだけでやっとですよ……。オールサックのダンジョンは今のところ、公式には地下三十七層までしか到達した人がいないことになってますし」


「あんなん、大阪歩くより安全やで。自転車乗ったオッサン、ぶつかってくるもん」

 かつてハルナは近鉄の布施ふせという駅の前で自転車にひかれかけたことがある。あと、神戸に行った時にJRの元町という駅の前で同じく自転車にひかれかけたことがある。


 なお、ハルナがおっちゃんではなく、オッサンと言ってる時は若干腹が立っている場合だ。大阪では、おっちゃんは丁寧語で、オッサンは失礼な言葉である。

 というわけで、とくに感動もなくハルナは最高位の冒険者になった。


「それと王国からは騎士に叙勲したいという話も」

「あ~、それはパスでええわ」

 手を振って遠慮というより、拒否を示すハルナ。


「騎士って貴族階級やろ? 騎士とかなったら自由きかんようになりそうやん。うちはずっと一冒険者でやりたいんや」

 大阪は商人の町なので役人的な権威を嫌がる気風がある。

 ハルナもどちらかといえばそうだったし、騎士になっても生き方の選択肢が増えそうにも思えない。


「まあ、そう言うと思ってました」

 はぁとため息を一つつくと、もうルーファの顔はからっとしていた。


 ルーファもハルナの性格はある程度わかっている。

「それでこそのハルナさんですからね。このまま輝いていてください」


「うれしいこと言うなあ。飴ちゃんあげるわ~。今度はパイン味のやつな」

「いや、むしろ、こっちがお茶菓子ぐらい出しますよ!」



 こうして地下深くに潜ってはモンスターを瞬殺する日々が過ぎて、二週間が経った。

 その頃には、猫耳魔法使いのナタリアもそこそこ店番を上手にこなすようになっていた。


「は、はい、その薬草は銀貨一枚です……ありがとうございました!」

「ネギ焼き二枚ですね! 銅貨六枚です。毎度ありがとうございます」


 まだ笑顔はぎこちないが、ひとまず接客を任せても問題はないところまで来ている。

 それにナタリアが一生懸命なのは客側の冒険者にも伝わっていた。冒険者の中にはほかのところから逃げてやむなく冒険者になったような者も交じっている。苦労人のことはなんとなくわかるらしい。


「お好み焼き一枚くれ。ハムで」

「はい、少しお待ちくだ――あっ……」


 ナタリアの顔がこわばる。

 以前ケンカした大男が席についていたのだ。今日はパーティーではなく一人で来たらしい。

 やりづらくないと言えばウソになる。とはいえ、あくまで今は店番だ。自分の店ではないし、勝手なことはできない。


 もしケンカを売られたらどうしようか。難癖をつけられてもほかの客の手前もあるし……。

 しかし、それは杞憂だった。

「ほらよ、銅貨だ」

 なんでもないふうに大男は金を払う。


「あ、ありがとうございます……」

 それから大男はナタリアからお好み焼きを受け取る。

「おうよ、ああ、それと……」

 大男は少し言いづらそうにしていたが、


「なんでも、お兄さんを助けるのに金がいるらしいな。そりゃ、金の効率だけなら一人で稼いだほうがいいからな」

 そう籠もるような声で言った。


「なっ! なんで知ってるのよ!」

「前にパーティーでダンジョン潜ってた時にハルナに会ったんだよ。それでこういう事情だから許してやれって言われた」


「あいつ、身の上まで話して……」


 大阪のオバチャンにはプライバシーという発想はない。これは感覚的なものだけでなく、ハルナのステータスは「謙虚さ:3」である。

 とはいえ、これは全世界のオバチャンに割と共通している部分でもある。中学校まで一緒だったけど、それ以降一度も会ったことない同級生がどこの大学に進学したかを、母親が知ってたりする例は全国にある。


「悪く思わないでやってくれってハルナに言われちまったら、こっちも折れるしかねえや。お前は流れ者だからわからねえかもしれねえけど、あいつが来たおかげでこの町の空気はがらっと変わったんだぜ。それ自体が魔法みたいなもんだ」


 大男はいい顔で笑った。

「ハルナは商人の町から来たらしいんだ。商才があるのもそのせいだ。あいつの下で働いてれば金も貯まるさ」


「あなた、もしかして、ハルナに惚れてるの?」

 ふっかけるようにナタリアは言ってみた。

「よ、余計なこと言うんじゃねえ!」


 大男は顔を赤くして叫ぶ。どうやら図星だったらしい。

「ほらよ……ハルナが火の玉受けたの、俺も当事者と言えば当事者だからさ……気にはするだろ……。あいつ、回復魔法も使えるからあんなのたいしたことじゃねえだろうけど……」


 ナタリアもそれを聞いて、罪の意識を感じた。たしかにハルナはわざわざ首を突っ込んで受ける必要のない傷を負ったのだ。


 そのくせ、ハルナがそれをまったく感じさせないことはナタリアもよく知っていた。

 困っているから助ける、ただそれだけのシンプルな思考回路でハルナは生きている。

 その生き方がどれだけ難しいことか、普通からすれた生き方になってしまっているナタリアには痛いほどよくわかる。


 思わず、ナタリアも笑ってしまった。

「なんだか間抜けね。結局、女の色香に迷わされてるんじゃん」

「いや、違うんだ! あいつのは色香とかじゃねえんだ。いまだに威嚇みたいにヒョウの顔の皮の服を着てる時もあるし、いろいろおかしいんだけど、とにかくあいつが町にいると安心するんだ」


「そうね、私もわかるわ」

 ナタリアも笑いながら首肯する。

 よく考えたら、兄を助けるために旅をして、こんなに笑ったことはなかった。


6月にアース・スターさんより出ます! アース・スターさんは慣例的におまけ小冊子みたいなのが本編ラストのおまけとは別に入ってますので、そちらもご覧いただければと思います!

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