13 地下に潜ってお金稼ぎ
「あ~、あかんあかん。そこで押したらあかんねん! ぺしゃんこになったらあかんねん。たしかに、そうやってカリカリを目指す流派もあるけど、うちのとこはふっくら重視やねん」
「そんなこと言われても、こんな料理よくわからないわよ……」
ナタリアはすぐに地下十三層の『ハルちゃん』でお好み焼き修行をさせられた。
「シンプルやから、そのうちわかるわ。繰り返しやな、繰り返し。失敗したやつはナタリアが味つけて食べたらええわ。栄養は変わらん」
ナタリアがソースをかけて不格好なお好み焼きを口に入れる。
「あれ、想像以上においしいじゃない……」
流れ者で、しかもできるだけ貯金するために、ろくなものを食べてないナタリアには十分にごちそうだった。
「ダンジョンの中だし、これなら問題なくお金とれるでしょ? これでよくない?」
「そりゃ、小麦粉焼いたらそこそこ美味いわ。でも、これやと小麦粉焼いたもんにソース塗っただけや。料理とは言えん。もっと頑張り」
むしろ、ナタリアの場合は接客のほうが難しそうだった。
「はい、おおきに! まいど~! 兄ちゃん、かっこええからお好み焼きひとまわり大きしたったわ~。えっ、うちも神戸住んでるように見える? ありがとうな~! でも岸里やねん。兄ちゃん、どこ? 野田か。野田やったら、甲子園行くの楽でええやん! ――はい、こんな感じな」
「そ、そんな接客恥ずかしくてできないわよ! ていうか、あなた、やっぱりすごいところの出身なのね。騎士の里って、騎士ばっかりが出る集落なんでしょ?」
「岸里に騎士なんておらへんよ」
「野や田畑ばかりのところよりはすごい場所に聞こえるわ」
「野田は野や田んぼやなくて固有名詞やで。ちなみに千葉県の醤油作ってるところとちゃうで。大阪の野田な。阪神電鉄の本社あるとこな」
異世界に来てしばらくになるが、ハルナは平気で日本の話題を出す。
「とにかく慣れることやな。慣れやって、こんなん。店入って、愛想悪かったらイラっとするやろ。どうせやったら楽しくいきたいやん。これも処世術やな、処世術。笑う門には福きたる。えべっさんはいつも笑ってるやん。初えびすは今宮と西宮二つ行ったわ」
関東で酉の市が盛んな代わりに関西は初えびすがメジャーだ。
そのなかでも、全国のえびす信仰の総本社である兵庫県西宮市の西宮えびすは若者が一位目指してダッシュする映像と、毎年タイガースが優勝祈願する映像で全国的に有名である。
今宮は大阪市の今宮戎のことだ。もちろん、ナタリアは知ったこっちゃない。
そこに常連の客たちがやってきた。
「あれ、新しい子が入ったんだ。今度は獣人の子か」「ああ、最初はお好み焼きの焼き方で熱烈指導受けるから大変だな」「今度は獣人の土地でもお好み焼きを広めるつもりかい?」
常連もハルナのキャラにずいぶん慣れてきた。
「お好み焼きの味が落ちたら客がこんようになってまうからな。そこは鍛えて鍛えて鍛えあげるわ。けど、この子もけっこうべっぴんさんやろ?」
「うん、言われてみればたしかに」「いや、俺はずっとハルナちゃん一筋だがな!」「あっ、でも、魔王もかなり美人だって話だったな。どっちが美人だろ」
いかにも常連という感じのやりとりが続く。
「ありがとうな~。でも、うちはみんなのアイドルやからあかんわ~。今、結婚したらその男の人、恨まれて誰かに刺されるやん」
おだてられるとうれしいのでハルナも調子に乗る。
「はいはい、もっと金落としていってや。今日は何にする?」
「じゃあ、こっちはネギ焼きとお好み焼きのハム・チーズで!」「こっちはお好み焼きのハムとチーズ一枚ずつ!」「俺は前に新作として出したクルミ入りのやつ! あれは悪魔的に美味い!」
横で見ていたナタリアは呆然とその様子をみていた。
「な、なんなの……この空気は……」
ダンジョンの中なのにアットホームすぎる!
ナタリアをほったらかしにして、お好み焼きが焼ける。
そして、そのお好み焼きはナタリアも認めざるをえないほどにおいしそうなのだった。
●
二日ほどハルナはナタリアの横でお好み焼きの焼き方などを指導した。
技術自体はそう難しいものではないので、ハルナが納得できる味ができてきた。
「じゃあ、あとは頑張って焼いてな。モンスターが来たら容赦なく魔法で倒したらええわ。回復のアイテムは売り物のやつ、使ってええから。うちがおる時は回復魔法かけられるけど」
「たしかにこれだけアイテムがあったら負けるわけがないわね……」
ダンジョン内に店舗があるというのが画期的であることにナタリアはあらためて思い至る。
「ほんまはもっと地下に次の店出そうかなとも思てるんやけど、それやとたどりつける人が少ないからお客さんも減ってまうやろ。店番まかせられるのも、かなり高レベルの冒険者限定になってまうし」
「あなた、冒険者というより商人ね……」
「とにかく、しっかり手動かしや。こっちも手動かしてくるわ」
考えてみれば、ずっと商売に専念していたので久しぶりのダンジョン探索だった。
とはいえ、レベル84のハルナには何の問題もなかった。
「これまで三十層が最高やったし、三十五層ぐらいまで行こかな」
この階層まで来る人間はほぼいない。モンスターたちは久しぶりの獲物が来たとばかりに押し寄せてくる。そして、だいたいすぐに叩きつぶされる。文字どおり、叩きつぶされる。
「っていっ! っていっ!」
剣を振るたびにモンスターがつぶれて魔石に姿を変えた。
ハルナの剣は決して切れ味の悪いものではない。入ったお金ですぱすぱと敵を切り裂くようなものを買っている。
しかし、ハルナは剣士としての修練は何も積んでおらず、大阪のオバチャンをやっていただけなので、型など無茶苦茶というか、基本的に振り回しているだけだった。
それでもレベル84なので勝ってしまう。
「あんたら、隙が多すぎやねん。さあ、魔石落としっ! お金いるんや! あんたら新地で遊ぶわけやないから、金いらんやろ!」
新地とは梅田にほど近い歓楽街、北新地のことである。
しかし、さすがに地下三十五層ではモンスターも実力者揃いだ。
全身を岩石で覆った極めて防御力の高い亀のモンスター、ロック・タートルが襲ってきた――が、やっぱりハルナの攻撃で甲羅が一撃で割れた。
「なんや、雷おこしみたいなやっちゃな」
続いて、醜悪なサルのような姿をした高位の悪魔も襲ってきた――が、やっぱり一撃で粉砕した。
「サルは箕面の山に帰れ!」
箕面は大阪の北にある紅葉と滝で有名な山だ。東京都における高尾山みたいなポジションの場所である。大阪における高級住宅地の一つでもある。
その他、京都と滋賀の間あたりにある比叡山でも野生のサルが出る。ふもとの日吉大社ではサルは神の使いである。
今度はクマほどもあるようなイノシシが出てきたが――
「イノシシは六甲山か丹波篠山にでも帰れ!」
これもあっさり剣で殴って退治した。
六甲山はやたらとイノシシが多い山だ。また、篠山城のある丹波篠山は大阪から電車で約一時間行った郊外で、牡丹鍋などのイノシシ料理で有名だ。
結局、地下三十五層でもハルナには何の問題もなかった。
ネギ焼きを食べたくなってきました。
丹波篠山はなかなか街並みが残っていて、城もよく残っているので城好きの人はどうぞ!