11 おせっかいの力で助太刀
続き物なので、前の10話とほぼ連続して投稿しました。
大男が猫耳の女性に食ってかかっていた。
獣人だろう。この世界には犬や猫の獣人が生活している。
大男のほうは数人のパーティーを組んでいる者の一人だ。顔は知っている。
猫耳の女性は初めて見る顔だ。だいたい二十代前半で、ローブからして、魔法使いか何かのようだ。魔法陣でも描くためか、杖も持っている。長い褐色の髪が遠くからでも目立つ。
まあ、冒険者は血なまぐさい職業だし、ケンカぐらいならギルドでは日常茶飯事だ。
「聞いてないの? 私は『やらない』って言ったのよ。あんたみたいなサルの集まりみたいなパーティーに入るわけないでしょ」
「お前! 言わせておけば!」
パーティーに入れと勧誘されたのを、ぴしゃりとはねつけたのだろう。それも含めてそんなにおかしなことじゃない。
ハルナは最初、標準語のケンカってなんか変な気がするなと思いながら見ていた。ハルナはずっと大阪に住んでいたので、ケンカも関西弁で基本的に行われていた。多分、よその土地の人間が見ると、標準語のケンカより三割増しで怖く見える。
「誰がサルだ! お前こそ、奴隷扱いで一山いくらで売られてる獣人じゃねえか!」
大男のほうが言った。売り言葉に買い言葉だ。
むっと猫耳の少女のほうが反応した。
それと、ハルナもちょっとぴくりとこめかみが動いた。
「奴隷階級が偉そうなこと言ってんじゃねえよ! こっちから願い下げだ!」
「そんなの、百年前に廃止されたでしょ! 私たち獣人をバカにした償い、受けてもらうわ!」
その言葉に反応したように、猫耳の魔法使いが杖を握り締めた。
これは何か魔法を使おうという腹だろう。
「その身をもって償え! ファイアボール!」
「ああ、手まで出してもたらあかんわ」
さっと、ハルナはそこに割って入る。
――ドォン!
ファイアボールがハルナの背中に直撃する。
ざわついていたギルドも静まり返る。背中からそんなもの喰らえば、死者が出かねない。
猫耳の少女も表情をゆがませた。無関係な人間を巻き込んでしまっただろうか。
だが、ハルナは苦痛の色を浮かべたりはしていない。チート級のステータスのおかげだ。せいぜい服に穴が空いたぐらいである。
「まあまあ。二人とも、ケンカはあかんで。ここはハルナの顔に免じて、どっちも引いてくれへん?」
再び、周囲がざわつく。ファイアボールが直撃して、平気だったからだ。
それと、オールサックの町のギルドでハルナは物凄い有名人だった。もう誰が関わったかみんな把握していた。
「それとも、二人セットでうちにかかってくるか? しばきまわすで~。いや、そんなひどいことせえへんけどな」
「何よ、あなた」
それでも冷たい顔で猫耳の魔法使いは言う。
ただ、声には微妙に驚きのようなものが混じっているが。
そんな、なんともないような威力の魔法ではなかったはずなのだ。
「おい、獣人、お前、ハルナを知らねえのか? やっぱり、よそ者だな! ハルナは化け物みたいな剣士なんだぜ! その剣で斬るんじゃなくて、なんでもぶっ叩くんだ!」
大男のほうは自分が自慢するみたいにハルナを褒めた。ハルナは町の誇りなのだ。
「化け物は余計や。こんなかわいいのに。ほら、宝塚みたいやろ?」
にこっと笑ってみせるハルナ。今の自分の容姿が女優顔負けなのはよくわかっている。
「お、おう……っそうだな、化け物じゃなくて天使だぜ……」
笑いかけられて、大男も照れたような顔をする。
「……今日は気分が乗らないから帰るわ」
やりづらいのか、魔法使いのほうもギルドから出ていく。
それでトラブルは収まったかと思った。
実際、「さすがハルナちゃん!」「ハルナはこの町の英雄だ!」なんて声が飛び交う。
しかし、ハルナの中ではまだ終わりではなかった。
すぐにギルドを出て、魔法使いの肩をつかむ。
「まあ、待ち待ち」
「何よ、仕返しでもする気……?」
魔法使いの顔がこわばる。
「なあ、何の悩みあるん? 絶対に悩みあるやろ? しんどいんやったら、うちに相談しいや」
「は、はあ……?」
猫耳の魔法使いもこれにはかなり困惑した。
大阪のオバチャンは他人のことに平気で顔を突っこむ。
「ど、どうして見ず知らずのあんたに相談しなきゃなんないのよ……。訳がわからないわ!」
「ということはやっぱり悩みあるんやん。そういうんは顔見たらわかんねん。あんた、顔にそう書いてんねんもん。ほら、うちに聞かせてみいや」
「ふざけないで! 私はただの流れ者の冒険者なの。放っておいて!」
「あのさあ、そんなクールなキャラでかっこつけとったら大変やで。素で行き、素で! あんた、ええかっこしいやねん。ここは東京やないんやから、肩で風切る生き方せんでもええやろ。東京かて、葛飾とかのほうは義理とか人情の世界や言うで」
「なっ……クール……!? ち、違うわよ!」
露骨に言われて魔法使いもたじろぐ。
「ほら、いきっとったらあかんて」
「『いきる』って何よ……」
いきる――とは格好をつける、といった意味である。
大阪は本音さらけだし文化なので格好をつけるのは嫌がられる。
なお、大阪より西のほうだと「いちびる」という言葉が使われることもある。「何、いちびってんねん」と言われると、言われたほうはけっこうショックだ。
「わかんねん。うちの近所にも中学生ぐらいの男の子でこういう、かっこつけだす子おってん。俺は一人で生きてくとか調子ええこと言っとったわ。つまらんような顔するんがかっこええと思ってんねん。なんでやねん、お笑い見てゲラゲラ笑てるほうが世の中楽しいやん。それに笑てるほうが免疫力もつくんやで」
ハルナは聞かれてもいないのに、ぺらぺらしゃべる。
「ほら、悩み、うちに聞かせてや。どうにかしたるから! だてに長く生きてへんで」
「いや、あなたのほうが若いと思うけど……」
ハルナの見た目は転生したせいで女子高生ぐらいなのだ。
ただ、魔法使いも見たことのないこのキャラに押されたらしく――
「わかったわ……。話してやるわよ。どこか酒場に案内して……」




