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仮想現実の異能奇譚  作者: 蟬時雨 あさぎ
act.1:prelude
9/72

08:それぞれの思惑


「凄い……わね」


 唖然とした様子で、水無月(ミナヅキ)はそう零した。ホログラムモニタの中で、ほんの一瞬で局面が変わった。真琴(マコト)が装置を破壊したのだ。

 部屋の中の空気が一変したのを、詩織(シオリ)は感じ取る。同時に、彼等(かれら)が真琴の価値を認識したことも。


「詩織さん、……いつから真琴さんは異能を使えるようになったのかしら?」


 質問を投げかけてくる水無月社長の目が、肉食動物のように煌めいているように見えた。


「さあ……? 私には、分かりません」


 軽く首を傾げて、そう詩織は返答する。実際のところ、いつから彼女(マコト)が異能力を使えるかなんて知らないのだ。真琴から異能(ちから)の存在を聞いたのは十三歳のときだが、それ以前から使えていたことは確かだろう。


「そう、わかったわ。有難う」


 にこりと口元に弧を描いて社長は頷いた。それで話は終わり、といった様子だったが、詩織はこの問いかけからある疑問を抱く。


「……あの」

「なにかしら?」

「異能力って、……突然使えるようになるものなんですか?」


 まるで、何かしらの切欠(きっかけ)から異能力が使えるようになった、というような。そんな考え方から投げられた問いのように思えたのだ。知らないのか、というかのように目を見開いた後、水無月社長は顎に手を遣る。


「そうねぇ……異能結社(ここ)には現在十名ほどの異能者がいるけれど、全員が生まれつきではなく、或る日突然使えるようになっているの」

「じゃあ、その……異能者の皆さんには何かしら共通点があるんですか?」


 疑問を口にすると、考えこみ虚空を見つめるその瞳の、視線を少し鋭くして真剣な顔つきへ変わる。


「年齢、性別も、生まれも育ちも此れといって無いわ。強いて言えば、“Eden”のヘビィユーザーだったことくらいかしら」

「そうなんですか……」

「――社長」

「ええ、分かってる。帰って来るわ」


 石像のように黙って立っていた浦田(ウラタ)と社長がそう言葉を交わした直後。

 部屋の中の空間が(ゆが)み、(ひず)み、やがて四人の姿がそこに現れる。外から見ると、〈転移〉は不気味極まりない登場の仕方であった。


(ゲン)、帰還しました」

(ガク)、帰還しました……」

杏津(アンヅ)、帰還しましたっ」

「……真琴、帰還しました?」


 三人の口上に続いて、何となく言ってみた、な真琴がなんだかいつも通りで気が抜ける。現実世界であんな殺伐としたところについ先ほどまで居たというのに。


「おかえりなさい、四人とも。そして無事で良かったわ」


 そう告げる水無月の、安堵の隠しきれていない表情。仕事に向き合う女社長から人間味のある一人の情勢へのその変貌に、真琴と詩織はどこが親近感を感じた。

 真琴は、さりげなく視線を詩織に向け、笑いかける。すると、少し硬い表情だったのが弛緩していくのが見えた。詩織も小さく笑みを浮かべ、それでも視線を尖らせることで少し怒っているのを表現する。分かりやすく真琴の口元が引き攣った。


「真琴さん」

「ふぁっ、はい」


 突然呼ばれて変な返事をしてしまう。くすっ、とその様子に笑った後、水無月は真摯な顔つきへと変わる。


「見事な手際だったわ。お陰で現界を防ぐことができた、本当に有難う」


 頭を下げる水無月に、少し照れたような何とも言えない表情で真琴はいえいえ、と返す。

 インカムのようなものを外しながら、ばつが悪そうに絃と樂が頭を掻いた。


「すみません、まだまだ俺らだけじゃ歯が立たなかったです……」

「無念、です」

「それに対して真琴さんは本当に一瞬で倒してしまって……!」


 社長もご覧になってましたよね、凄かったです、と輝かしい笑顔を社長と真琴に向ける。

 それに反して今を時めく双子のシンガーのへこみ様と言ったら。


「そんなに喜々として言われると大分(だいぶ)傷つくなぁ……」

「……ん」

「あ、有難う杏津さん……、そしてなんかごめんなさい……」

「や、別に謝られるようなことじゃないんだがなぁ」


 何一つ悪いことをしていなくても、悪いことをしてしまったような気分になるものである。真琴としては喜べるような賛辞でもないが、杏津としては褒めているのだろう。

 そこで空気を変える様に咳払いをした浦田が、てきぱきと指令を出し始めた。


「では、話しが落ち着いたところで。一先ず絃と樂は傷の手当と着替えを。杏津は仕事についての詳細が来たと担当が言っていましたので確認をお願いできますか?」

「わかりました!」

「はい」

「承知しました!」


それぞれそう返事をすると、三人は扉を開けて部屋を出て行った。真琴は浦田に促されて、再びソファーの詩織の隣へと座る。


「まさか、説明だけでなく実地研修までやるとは思ってなかったわ……。本当、こんなことになっちゃってごめんなさいね」

「いえ、言い出しっぺは私の方なので……」

「それでも、断れるような状態だったら良かったのだけれど……」


 そこで、溜息を一つ吐くと、社長は困った、と眉根を寄せる。


「芸能活動のスケジュール調整でなるべくこういう事が無いようにはしているのだけれど、何しろ戦える人数が少ないから」

「それは……戦える異能を持つ人が、って事ですか?」

「ええ、そうよ」


 詩織の問いかけに、頷き返す。確かに、真琴のような〈念力〉のように汎用性の高い物もあるが、異能力の中には戦いに向かないものもあるだろう。


「言われてみると、透視(クリアヴォヤンス)とか読心(テレパス)とかでは戦えませんね」

「詳しいわね、そのとおりよ。だから、真琴さんのような異能者は是が非でも異能結社(うち)に入って欲しいの」


 真剣な、真っ直ぐとした意志の強い瞳が、真琴と詩織に注がれた。美人が凄むと迫力があるなぁ、なんて能天気なことを考えながら真琴は視線を返す。こうして、予想とかけ離れた事務所訪問は幕を下ろした。
































「ねぇ、真琴(マコ)っちゃ。どうするの?」

「どう、しようねぇ」


 事務所を出た後、晩御飯を食べるために入ったファミリーレストランで詩織がそう切り出した。

 入ったのは、今時珍しい和膳がメニューにある店だった。よって二人は焼き鮭、麦ご飯に赤味噌と白味噌の合わせで作られた味噌汁、冷奴に金平ごぼうのセットを頼み、真琴に至っては追加でとろろを注文済みである。


「もう、突然助太刀する! とか言うから、怪我しないか心配したよ……」

「や、それは本当にごめん。でも、あの二人を見ててさ、詩織も思ったでしょ」


 あの二人、とは言わずもがな、ホログラムモニタの中で戦いを繰り広げた絃と樂である。何かぴぴっときた詩織と、向かい合わせに座った真琴は、顔を合わせて口を揃えた。


「戦い方が下手すぎる!」

「戦い方が下手すぎる?」


 断定と疑問とで些かニュアンスに違いがあったが、概ね同じ考えだったようだ。


「ね、思ったでしょう」

「まあ、アレはちょっとね……」

「だから、鍛え甲斐がありそうだなっと……」

「鬼の特攻隊長め。仕事病(しごとびょう)ならぬ階級病(かいきゅうびょう)か」

「はははは」


 向けられた冷ややかな視線に、乾いた棒読みの笑い声をリピートして対応していると、店員が夕食を持ってきた。


「お待たせしました! 和風お魚御膳セットのお客様」

「はーい!」

「和風お魚御膳セットのとろろ追加のお客様」

「はい」

「ご注文の品は以上でしょうか? ごゆっくりどうぞ〜」


 店員に頷きで返答すると、目の前の湯気立つ食事に思わず唾を飲みこんだ。焼かれた鮭の切り身の香ばしさ、味噌汁の良い香り。美味しそう。


「では、いただきます」

「いっただきまーす」


 異能力を使うと、何故かとてもお腹が減る。そんな傾向がある真琴が真っ先に箸をつけたのは麦ご飯。ほくほくとした炊きたての温かさ、咀嚼するほど出る甘み。


「おいしい〜……」

真琴(マコ)っちゃは美味しそうに食べるよね……じゃなくって」


 お冷やを口に含んで飲み込んでから、詩織は続きを口に出した。


「決まってるんでしょ、どうするか」

「詩織にはやっぱバレちゃうなあ」


 ふーふー、と息を吹きかけて少し冷ました気分になってから、やっぱり熱々の味噌汁をずずっと啜る。合わせ味噌ならではの赤味噌だけのときより塩味がなく、コクのある味わいがなんとも言えない。

 舌で味わって、嚥下してからにっと笑って告げた。


加入(はい)ろうと思ってるよ」




「両親の手掛かりを探すためにも、ね」




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