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仮想現実の異能奇譚  作者: 蟬時雨 あさぎ
act.1:prelude
8/72

07:異界人


「ま、真琴(マコト)さん……?!」


 視線を向けると、杏津(アンヅ)は困ったようにその眼を決定権を持つであろう社長に向ける。


「真琴さん、どういう意味かしら?」

「二人では心許ない、けれど装置を壊したいという事なんですよね」

「まあ、そうね」


 水無月(ミナヅキ)は真っ直ぐと、真意を図るように真琴を見つめる。


「……だったら、私が助太刀します」


 (ちから)を必要としている人がいて、自分は(ちから)を有している。だったら、手を貸すべきなんじゃないか、と思った。この人智を超えた(ちから)が、何かの役に立つのなら尚更。


「現実世界よ」

「承知の上で申し上げてます」


 じぃっと、視線が交差する。視界の端に、詩織(シオリ)の心配そうな顔が映りこむ。

 盗み見ていた限りだと、交戦中とは言えど(ゲン)(ガク)が攻撃しない限り向こうが攻撃する気配はないようだった。それが本当なら。


(壊すだけなら簡単だし……、そんな建前が聞きたい訳じゃない)


 内心そう独りごちていると、横でその会話を眺めていた浦田(ウラタ)が声を発した。


「社長」

「何」

「絃と樂から聞いています。以前の迷宮(メイズ)内で、真琴様は怖気づくことなく幽霊(ゴースト)相手に上手く立ち回っていたと」


 思わぬところからの援護に、真琴は驚いた。ホログラムモニタの中では、異界人(アナザー)の抵抗によって手古摺(てこず)っている二人の姿が中継されている。


「真琴様の異能を見る、という事でいかがでしょう」


 確かに、クレールクラングの人々の中で真琴の異能をしかと見ているのは、樂のみだったはずだ。他の面々は話には聞いているかもしれないが、実際に見るのとではまた違うだろう。

 真琴が戦地に赴くのに、丁度よい理由が提示された。さてどう動くか。


 真琴と浦田とを交互に見ていたが、振り返りモニタを見ると。


「……そうね」


 決断を下したようだった。


「真琴さん、お願いできるかしら?」

「勿論です」

「じゃあ、杏津の〈転移〉で行ってもらうわ。帰りは二人も回収してきて頂戴(ちょうだい)。杏津、位置を教えるわ」

「承知しました!」

「わかりました」


 社長の言に、それぞれ返答する。横目で浦田を見遣ると、何もなかったかのようにホログラムモニタを見つめていた。


「真琴さん、こちらへお願いします」

「はい」


〈転移〉は、杏津と杏津の近くにいる人しか一緒に異能で飛ぶ(・・)ことができない。机の脚やソファにぶつからないようにしながら、杏津に近寄る。


「……杏津さん」

「何でしょう?」

「万一がありますので、転移したら私から離れないでください」

「はいっ」


 何があるか分からない。万が一を考えてそう伝えると、にこっと花の咲くような笑みを返された。


「では、行きましょう」

「はい」

「真琴さん」


 社長が、名を呼んだ。視線が交錯する。


「はい」

「よろしくお願いします」


「……はい」


「――参りますっ」


 視界が、歪んで回って回って。































 壊せそうにないな、と(ゲン)は思った。


 睨み合う相手――異界人(アナザー)は、ただただ無感情にこちらを見据えるだけ。

 体感にして三分ほど、つまりは五分は経っている。


 異能力を使う仕事についてからまだ日が浅い。にもかかわらず、他の異能者達は芸能活動により不在。普段なら、誰かもう一人と組んで三人で取り掛かるのだが、タイミングが悪かったとしか言いようがない。


 絃と(ガク)のたった二人での交戦だ。正直なところ。


「キッツイなぁ……」


 絃が思わず苦笑いで心の内を(こぼ)すと、樂が不満そうな顔でチラリと視線を寄越した。その手元には、氷で出来た剣が握られている。


(いず)れは二人で仕事するようになる」


 何事も経験。そう言いたいのだろうが、まだまだ経験値が足りないと思われて仕方なかった。


 異界人(アナザー)が背後に庇っている装置には、まだ一撃も叩き込めていない。

 こちらの世界に干渉してくる異界人(アナザー)は、いつも同じではない。時によって、だいたいは大人だが、男だったり女だったり姿が違い、反撃パターンが違う。

 基本的に異界人(アナザー)から攻撃してくることはなく、此方が装置を壊そうとすると反撃してくるのが常だ。


 絃や樂の異能が近接攻撃型で使っているのに対し、今回の異界人(アナザー)は中・長距離攻撃型である。そこに二人は戦いにくさを余計に感じさせられていた。

 球体を真琴と同じような念力で浮かし、動かして反撃してくるので直接装置を叩くことが出来ないのだ。


「どーしよな、樂」


 それでも、最初(とお)は有った相手の武器である球体を、三までは減らしたのだ。


「最善を尽くすだけ」


 異界人(アナザー)は、顔色一つ変えることなく装置を守り続けている。その存在は現実味が無いというよりは、生命体としての活力のようなものが失われているように見えた。


 ふわふわと宙に球は浮いたまま、異界人(アナザー)は此方の様子を伺っている。周囲の風景に似合わない、静寂が訪れたその時。


「――来い」


 響くはずのない、声が聞こえる。次いで、ぱちん、と破裂音が響いた。両の手を鳴らす、彼女の異能発動の引き金(トリガー)

 〈創造〉された黒い物体は〈念力〉によって装置目掛けて真っすぐ加速され、そして。


 球体に突き刺さり、ぱきり、と嫌な音がした。


(よし、当たった)


「……!!」


 異界人(アナザー)の顔に、驚愕という初めて感情らしい感情が見て取れた。


 刺さっていたのは、変わった形状をして小さなナイフのようなもの――遠い昔に忍者が使っていたクナイ(・・・)という武器だった。


 一瞬の出来事に、絃も樂も目を見開いて固まったままだ。二人がゆっくりと飛来した物体の発射元へと視線を動かすと、其処には二人の異能者。


 たったの一撃でのあっけない幕引きに、真琴(マコト)は思わず背後に隠れている杏津(アンヅ)に声をかける。


「杏津さん、これでいいんですよね……?」

「……えっ、あっ、はい! そうです」


 同じく呆気に取られていた杏津は、はっと気を取り直して答えた。異界人(アナザー)の背後では、装置が壊されたことによって、次元を割いて顔を見せる禍々しい色合いの異世界が縮小していく。


 そう、壊すだけなら簡単なのだ。

 正面堂々殴りかかることはない、意表をついて、〈創造〉で創り出した武器を〈念力〉で対象に当てるなり突き刺すなりすればいい。


 ふ、と笑うかのように、飽きるかのように一つ息を吐くと、異界人(アナザー)は振り返って背を向ける。そして、縮小していく異世界の向こう側にゆっくりと足を踏み入れていく。


 そのまま、進んでいくかと思いきや、ふと立ち止まって、チラリ、と顔だけで此方を見た。不気味なほど整った顔立ち、赤と桃色が混ざったような血の色の瞳、人工的な発色の髪が揺れる。


 ここにいる異能者四人、それぞれを順にその瞳に映した後、異界人(アナザー)は言葉を発した。


「……帰還、スル」


 少しノイズの掛かった、くぐもった発音。現在の合成音声よりも、少し質の落ちたもののような聞こえ方だった。


 異界人(アナザー)が再びもう一歩、足を進めると同時に。



 次元の裂け目は、元からそこには何事もなかったかのように異界人(アナザー)と共に消えた。



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