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仮想現実の異能奇譚  作者: 蟬時雨 あさぎ
act.1:prelude
6/72

05:異能結社クレールクラング


 驚いて目を見開いていた。真琴(マコト)は紛れも無い異能者である。が、詩織(シオリ)が異能者だなんて。隣の詩織自身にも身に覚えのない話だろう、驚いている。

 そんな様子で困惑していると、呆れたように(ゲン)が口を開いた。


「いや、社長。異能者なのはこっちの真琴だけですよ」

「え? そうなの?」


 その言葉に、此方へと歩いてきながら心底驚いた表情を今度は綾乃(アヤノ)社長が浮かべた。どうやら、情報の伝達に問題があったらしい。認識の食い違いがあったようだった。


「ごめんなさい、てっきり二人とも異能者だと思ってたわ。ごめんなさいね」

「え、ええ。大丈夫です」

「ちょっと吃驚したけど……ね」


 潔さの感じられる謝罪に苦笑いをすると、真琴と詩織は互いの顔を見合った。やはり見知った顔が景色の中に一つ、有るのと無いのとでは心持が全く違うなぁ、と真琴はつくづく実感した。


「さて、本題に入るわね」


 目の前に立った綾乃は思っていたよりも身長が高く、少し見上げる形となった。室内の残りの四人――(ゲン)(ガク)杏津(アンヅ)浦田(ウラタ)のことだ――は無言で此方をただ見つめていた。 


「私としては貴女たちに異能結社の一員になってもらいたいと思うのだけれど……どうかしら? 入ってみる気はない?」




































「ただいま」

「おかえりぃ」

「ただいまー」

「おかえり」


 夕日が落ちかけた、夜の闇が忍び寄る頃合いに、ようやく二人は自宅へと帰ってきた。互いが互いにただいまとおかえりを言うというのは、一種の帰宅時の儀式みたいなものだった。


 東京(トーキョー)近郊、といっても少し距離のある寂れたベットタウンの一角に二人は居を構えている。夕ご飯は、帰宅途中に奮発して外食で済ませた。予定外の出費だったが美味しかったので後悔はしていない。


 部屋の灯りを点けると、見慣れた我が家の家具が出迎えてくれた。どさっと持っていた荷物を床に放る音がする。二人掛けのソファにふらふらと歩みよって、詩織はソファの上のクッションに倒れこんだ。


「とんでもない一日だった……疲れたよ~」


 唸るようなくぐもった声がそう響いた。ぐりぐりと詩織がクッションに顔を埋めるのを横目で見つつ、その傍でラグに座り込む。 


「確かに、盛りだくさんの一日だったなぁ」

「……ごめんね、真琴(マコ)っちゃ。迷惑かけて」

「良いよ。無事でいてくれたから、許してあげる」

「……ありがと」


 なんとなく、この漂う重苦しさのある空気を変えたくて、テレヴィジョンの電源を入れた。流れてきたのは、あまり聞きなれない音楽。弦楽器の独特の響きと、硬質な電子音が入り交じりながらも調和している。ベクトルの違う音質のズレが、癖になりそうだ。


「あ、これ」

「ん?」


 不意に詩織がクッションから顔を上げてテレヴィジョンを見る。何事か分からずに不思議そうに見ていると、すぐさまその理由は判明した。



「“絃樂(ゲンガク)”……」



 そこに映っていたのは、若年層を中心に人気を集める新進気鋭のアーティスト“絃樂”。


 つい数時間前に相まみえたその顔が、画面の向こう側で笑みを(たた)えて歌っていた。最近のアーティストに疎い真琴は知らなかったが、流行(はや)りに敏感なの詩織はどうやら以前から知っていたらしい。


「“Eden(エデン)”で根強い人気を持つアーティストが、新曲発表! ……だってさ」


 にやっとしたり顔をして、横目で此方を彼女は見る。歌声には少し加工が入っていたが、紛れもない絃と樂の声音だった。自嘲気味に口の端を持ち上げて、小さく零す。


「気にも留めてなかったな……」


 あの迷宮(メイズ)の中で出会った時、二人して燕尾服を纏っていたのも何らかの仕事の途中だったのだろう。スタイルも良い、顔も整った方だった。芸能人の端くれであっても、おかしくはない。

 異能結社といっても表向きは芸能事務所。異能者であることを隠して活動し、様々な業界にパイプを持っているようだった。


「ねぇ、真琴(マコ)っちゃ。どうするの、お誘い」

「誘われてるのは詩織も、でしょ?」

「そーだけど。そーだけどさ、真琴(マコ)っちゃがどうするかにもよるもん」


 ソファに座りなおし、詩織はお気に入りのもふもふクッションをギュッと抱きしめた。真琴が両手を開いて詩織に向けると、余っているクッションが一つ、宙に浮いて手元にやって来る。




 綾乃からのお誘いについて、まず詩織について驚かされた。


『あの、私もなんですか? 異能力も持ってないのに……』

『ええ、勿論よ。異能者について知っているみたいだし……それに、一人だけ爪弾(つまはじ)きにして、また今日のように攫われてしまっては元も子もないわ』

『そういう、事ですか……』


 そう考えると、真琴にとってこの申し出は有難いものであった。異能力という世の(ことわり)を外れた代物を持っている時点で何らかの悪影響を詩織に及ぼしているのはこの事件からしても明らかだろう。これ以上、詩織に危険が及ぶのは避けたかった。


(それでも……)


『……考える時間をいただいても良いでしょうか。加えて、どのような活動をしているのかを後日、伺いに二人で参りたいです』

『確かにそうね、急きすぎたわね……。二つとも勿論、構わないわ』


 そう言うと、微笑とともに考える時間を設けることなどに快諾してくれた。連絡手段を受け取って、なるべく異能力に関連するクレールクラング芸能事務所の話は秘匿するようにと念押しをされ。




 無事帰宅し、今に至るといったところである。


 クッションを置いて立ち上がり、台所に向かう。喉が少し渇いていた。



「正直、どうするかはまだ決め兼ねてる、かな」



 コップを二つだし、麦茶を注いでソファに合わせて置かれたローテーブルに置いた。


「ありがと。でも、なんで?」

「だって、何処かの派閥に属するってことは、何かの目的の為に(チカラ)を使うってことだから」


 初めて自分以外の異能者に出会った。そこにいた人たちは、異能力を使うことに躊躇(ためら)いが無いようだったが、真琴は違う。

 他人(ひと)とは違うということが、己に牙を剥くということを身を以て知っていたから、行使するということが恐ろしいのだ。


「……そっか。でもさ、もしかしたら」


 コップを傾けて、ゴクリと嚥下した茶の冷たさが胃に染みる。視線が絡んだ詩織の目が、底光りしたように思えた。


「何かわかるんじゃない?」

「さあ……どうだろね」


 コップをコトリとローテーブルに戻した。曖昧な返事に、詩織は少し口を尖らせているようだった。

 普段通りのその振る舞いがなんだか安心して薄笑いを浮かべると、そっぽを向いてテレヴィジョンのチャンネルチューニングをしようと目元に手を伸ばす、が。


「あ、眼鏡壊れてるんだった……」


 慣れた行動を思わずして、その顔に笑みが溢れた。レンズにヒビが入ってしまった眼鏡はどうしようもなく、帰宅途中に修理に出してきたままだ。


「もう……今回だけだよ」

「え?」


 こういった時に、無ければ無いで生活に支障をきたす程度に、科学は文明の奥深くまで根付いていることに気がつく。


「……来い」


 強く思い描いて、両手を打ち鳴らす。異能力〈複製〉が、その能力を発揮する。


 現れたのは、詩織の眼鏡のレプリカだ。〈複製〉は性質や用途まで寸分違わず作り上げるので、当分は代用できるだろう。


「はい。多分使えるよ」

「良いの?」


 真琴が異能力の行使を忌避しているのを知る同居人は、少し申し訳なさそうだった。だが。


「たまには使わないとって、今日久しぶりにやって思ったんだ。暴発したら怖いしね」

「そっか。ありがと」


 眼鏡は、有るべきところに戻ったかのように詩織の耳に掛けられた。普段眼鏡を掛けている姿に見慣れて居たから、無いと何か物足りないような違和感を感じていたのだ。


「そういえばさ」

「なに?」


 チューニングされるテレヴィジョンに目を向けながら、会話を続ける。


「『後日また伺います』って言ったけど……いつにする? 早い方が良いよね」

「そうだね。私としては今週の火曜日が祝日だったから、そこで行けたらいいなあと思ったけど」

「良いじゃん。丁度よく日にちも空くし、情報収集もできるもんね」

「じゃあ、その日に都合がつくかどうか、連絡入れて聞いてみようか」

「うん。そーしよー」


 元気の良い返事を聞き終えると、玄関近くに置いてあった荷物を取りに立ち上がる。

 綾乃から貰い受けた連絡手段は、旧型の携帯電話というものだった。昨今では“Eden”で連絡をつけるのが主流だ。が、何かしら問題があるのだろう、簡単な取り扱い説明書とともに二つ折りになった機械を手渡されたのだった。


「さて、これはどうやって使うんだろ」


 片手に説明書、片手に携帯電話。初めて見る携帯電話(おもちゃ)に詩織の目がきらりと輝いた。


「これは二人で頑張るしかありませんな!」


 連絡が取れるようになるまで、先は長そうである。


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