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仮想現実の異能奇譚  作者: 蟬時雨 あさぎ
act.1:prelude
5/72

04:異能者と異能者


 いつのまにか抑揚のない景色に惑わされ、どこが地でどこが空かも分からなくなった。

 強いて言うなら、自身が歩いているところが地であり自身が見上げるところが空と言えよう。縦横無尽に道が広がるこの迷路は、上も下もないようだ。


 (ゲン)(ガク)の背を見つつ、真琴(マコト)たちはずんずんと入り口から離れていった。右へ左へ、別れ道を幾度も経て歩いていく。


「意外と広いっていうか……、これだけ道の分岐が多いと迷ってしまいそうですね」

「そうだなー。景色も変わり映えしないし、何より道の枝別れが多いもんな」


 真琴が話しかけると、終始無言な樂と対照的に絃が全て受け答えをしてくれていた。似ているようで似ていない、不思議な双子である。


「どう頑張っても一度は迷うから、俺たちは暫定的に迷宮(メイズ)って呼んでるよ」

「そうなんですね」


 この謎の空間――仮想世界とも異界とも考えられる場所の名として、迷宮(メイズ)はあながち間違いでないな、と思わされた。

 此処まで真琴が辿ってきた過程を含めて、まるで人間(ヒト)を迷い込ませるような、そんな構造(つくり)をしているからだ。


「……彼処(あそこ)だ」

浦田(ウラタ)さーん、杏津(アンヅ)ちゃーん! ……と、誰だ? あの子」


 低い樂の、声の矛先を見る。視線の先には、広間のような広い空間の行き止まりに三人の人影が見えた。

 一人は背格好からどうやら子ども、それも女の子のようで、見慣れない服装――和装をしていた。

 一人は絃や樂のように背の高い男性で、黒いスーツを着こなしていた。

 そして、一人はいたって普通の格好をした、真琴の探していたまさにその人だった。


詩織(シオリ)っ!!」

「……真琴(マコ)っちゃ!?」


 驚きを含んだ声と、長い髪がふわりと舞った。見間違えるはずもない、大切な親友。真琴は、思わず駆け出した。その横で、絃と樂が驚愕の表情を浮かべていたことなど気づくはずもなく。

 同じように駆けてきた詩織を、思わず一度抱きしめた。そして、すぐに離れると。


「無事か!? 怪我は、大丈夫か!?」


 どうやら、自分が思う以上に心配していたらしい。出てきた声が、(りき)んでいた。


「何ともないよ、どこかに眼鏡落としちゃったみたいだけど……気が付いた時にはこのお二方が助けてくださってたから」

「そっか……良かったぁ。眼鏡なら、見つけたよ。レンズにひび(・・)が入っちゃったけど、あれくらいなら直せると思う」

「本当!? 真琴(マコ)っちゃ、ありがとう!」


 お互いの顔に、心から安堵の表情が浮かぶ。見たところ外傷もないことから、どうやら見栄を張っている訳でなく本当のようだった。詩織は詩織で、やはり心細さからかこわばっていた顔が話している内にだんだんと和らいできたのだった。


「真琴、その子が探してた友人か?」


 後ろから歩いて追いついてきた絃がそう言う。樂は二人の横を歩き通り過ぎると、スーツの男性と和装の少女と三人で何やら話し込んでいた。


「そうです。助けていただいたようで、有難うございます」

「いやいや、それが俺らの仕事みたいなもんだから」


 真琴が、頭を下げた。お礼を言われ慣れていないのか、絃の視線が彷徨った。そんなことには露程も可が付かず、真琴は続ける。


「それでも、有難うございます。本当に、詩織が無事で良かった……」

「えっと、私からも言わせてください。助けてくれて、本当に有難うございました」


 真琴に加えて、詩織もぺこりと礼をした。


「どういたしまして」


 その様子にむずがゆそうな顔をしてつつも、にっこり笑って絃はそう応えたのだった。


「……あのっ、絃さん!」


 響いたのは、可愛らしい女の子の声。真琴の背後からかけられた声に振り返ると、和装の少女が立っていた。背丈は真琴の胸ほど、真琴と詩織を交互に見てから絃を見上げると、こっくりと頷いた。


「……彼女は杏津ちゃん。異能者で、〈転移〉が使えんだ」

「杏津です。あの、ずっと此処に居るのも危険ですから……。一旦、安全なところに移動してからお話ししませんか?」


 伺うように首を傾げたその姿はなんとも可愛らしかった。確かに、絃や樂のような異能者が共に居ても、先程のように幽霊(ゴースト)に囲まれるのはもううんざりであった。ちらりと横を見遣ると、詩織も同じ心持のようだった。


「はい。杏津さん、お願いできますでしょうか?」

「勿論です!」


 では、こちらに来てください。そう告げながら、杏津は真琴の右手と詩織の左手を取ると、樂と浦田、と呼ばれていた男の方へと引き連れていく。

 スーツの男性と視線があったのでおずおずと真琴がお辞儀をすると、丁寧なお辞儀が返ってきた。詳しい会話は後で、という事だろうか。

 この場にいる全員が一塊に集まった所で、杏津がもう一度軽く真琴と詩織の手を引っ張った。


「真琴さん、詩織さん。あまり動かずに、立ったままでいてくださいね」

「はい」

「分かりました」


 それぞれ首肯すると、花が咲いたような笑みで杏津は頷き返した。


「それでは、行きます」


 一度深く深呼吸してから、杏津は右の手を天に翳すように挙げる。


「――参りますっ!」


 それからの変化は、劇的だった。

 見ていた景色の色彩が引き延ばされて混ざり合って。(まばた)きする間にどこかの事務所のような、いたって現実味のある景色に移り変わっていたのだった。


(……これが、〈転移〉の(ちから))


 自分自身以外の異能力を立て続けに見ているが、そのどれもがこの世の理を逸脱しており、常軌を逸しているとしか思えない代物ばかりだ。その事が、真琴には少し恐ろしく感じられた。


「……此処、は?」

「はい、(わたくし)たちの拠点である事務所です」


 詩織の問いに、杏津がそう答える。

 低い長机を挟むようにして置かれたふかふかそうなソファ。事務机には幾重にも書類や本が積み重なり、雑然としている。少し見上げると、天井にホログラムモニタ用の装置が取り付けられていた。


「あれ、社長は?」

「いらっしゃいませんね‥‥…どちらに行かれたのでしょう?」


 どうやら、社長とやらが本来は此処に居るようだが見当たらないらしい。そう話しつつ、絃や樂、杏津がごそごそと耳から何やら外していた。真琴の目には、それはインカムのように見えた。


 そこで、ウィーンと、扉の開く音が響く。続いてコツ、コツ、コツ、とリズミカルなヒールの音が鳴った。


「あら!? お帰りなさい!」

「社長!」


 出てきたのはスーツ姿の女性。いかにも仕事が出来そうな、赤く縁どられた眼鏡の似合う綺麗な人だった。順に室内に居る者たちの顔を見て、見慣れない顔が混じっていることに気が付くと。


「この子たちが今回の迷子(マヨイゴ)かしら? 私は水無月(ミナヅキ)綾乃(アヤノ)。この芸能事務所の社長をしてるわ」

「芸能事務所、ですか?」


 真琴の頭の上に疑問符が浮かび、思わずそう聞き返した。すると、隣に立っていた詩織に脇腹へと肘鉄を入れられる。驚いて目を遣ると、黙っていろと視線が告げていた。怖い。


「……クレールクラング芸能事務所、ですよね?」

「あら貴女(あなた)、よく知ってるわね! アタリよ。ただ、それは表向きの話」


 にっこりと孤を描いた唇は、なんとも色っぽい。


「その実は、異能者が多く所属する異能結社(いのうけっしゃ)よ。異能持ちの真琴さん、詩織さん」


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