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仮想現実の異能奇譚  作者: 蟬時雨 あさぎ
act.1:prelude
3/72

02:未知との遭遇


 視界に佇んでいた幽霊ゴーストは、真琴マコトに向かって突進をしてきたのだ。躊躇ためらいなどなく、幅広だが逃げ道の無い一本道を、一直線に飛んでくる。


「うわっ……!」


 良いとは言えない運動神経だが、筋肉を総動員し間一髪でかわした。ひゅう、と冷たい風が、真琴の直ぐ傍を通り抜ける。冷たさに、怖気がした。

 幽霊は突き進んで止まったところで、背を向けふよふよと浮遊していた。視界が狭いのか、真琴の姿が見つけられずにいるようだった。


 どうするか、だなんて迷っている時間はない。売られた喧嘩は買うだけである。


(迎え撃つ!)


 幽霊を視界に捉えたまま、強く強くイメージする。鈍く光るその色合い、形状、用途。

 両の手を高らかに打ち合わせて、叫んだ。


「来いっ!」


 両手を離すと、その間に現れたのは――一双いっそうの短剣。何もなかった所に不意に現れたそれは、紛れもなく真琴が生み出したもの。

 生み出した一双の短剣は真琴の手に触れることなく宙に浮いたまま、地面に落ちることもない。


 真琴には、幼いころから不思議な力が備わっていた。

 一つは、様々な制約のもとでではあるが、強く思い描いた物を実体化できる異能力〈複製〉。

 そしてもう一つ、手を触れずとも物を思う通りに動かす異能力〈念力〉。


 多くの人がそういったちからに目醒めている訳でもない。何やら怪しい人体実験の犠牲者という訳でもない。ただ、気が付いたころには、彼女の中にその異能力ちからは存在していたのだった。


(久しぶりだけど、上手くいったみたい?)


 びゅんびゅんと短剣を異能力で操作してみる。身体の周囲を飛び回らせ、思う通りに動く事を確認していると。


「っぶな!」


 こちらの事情で待ってくれるほど、幽霊(ゴースト)に思い遣りがあるわけ無い。

 繰り出された突進攻撃を、ぎりぎり反射神経で飛び退いて距離を取る。視界の端にその存在をとらえると、人差し指をぴんと立て幽霊に向ける。異能力〈念力〉によって、一双の短剣がビュンと飛んで行く。


 しかし、真琴は失念していた。

 所謂、世間一般的な幽霊(ゴースト)なるものの代表的な性質を忘れていたのだ。


 斬りつけんとばかりに飛んで行った短剣は、幽霊の身体をスルリと透き抜ける(・・・・・・・・・)。物理的な攻撃は効かない、ゲームの中でもよく見られる性質だ。


「予想内だけど予定外!」


 苦笑いをしながら、真琴はそう思わず叫ぶ。

 性懲りもなく、何度も刃を向けるが当たる訳もなく。短剣は幽霊(ゴースト)の輪郭に触れるその度に、その身体を透過していく。

 その間、当の幽霊(ゴースト)はふよふよと宙に浮いたまま、ケケケケ、と此方(こちら)をせせら(わら)っていた。もうこれで終わりか、とでも言いたげな嗤い声で、真琴を挑発しているようだった。


 そうした睨み合いがかれこれ十三秒。


 来ないなら、こちらから行くぞ。そう告げるように、また突進を食らわせようと幽霊(ゴースト)は真っ直ぐとこちらへ飛んでくる。


「くっ……!」


 間一髪で無事躱すと、見失ってきょろきょろしているその背中を睨みつけた。これも何度も続けていたら、じきに体力がなくなって餌食になることだろう。


(これはもう……逃げるしかない)


 そうとなれば急がば回れ。というよりかは、相手にしないというだけだが、幽霊(ゴースト)に見つからない内に、真琴は全速力で駆け出した。


 どうやら振り切ったようで、対峙していた幽霊(ゴースト)は追いかけて来ていなかった。


 一旦〈複製〉していた一対の双剣をぱんぱん、と二回手を叩くことで消滅させる。〈念力〉で集中を切らさずに操作し続けるのも体力の消耗に繋がるが、何より誤って己を傷つけてしまっては元も子もない。


 少し広い十字路に辿り着いたところで、後ろをもう一度振り返る。しかし、何の影も形も無いことを確かめて、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。


「ケケケケケケ……!」

「ひっ……!」


 ヒヤリと背後から迫り来る冷気に、前方へと飛び出した。

 四つん這いの状態で、くるりと見渡すと。


「嘘でしょー……」


 周囲に、四つの黒い影が浮遊していた。


 まさに幽霊を連想させるその容貌。カンテラに灯された青白い焔が、尾を引いて回る、回る。

 甲高いせせら嗤いが、耳の中で反響する。底冷えするような、背筋の凍る冷たさで周りの空気が淀んでいく。

 一対四というこの状況に余裕を持っているのか、急いて攻撃する様子はない。


(……立たなきゃ。立ち向かわなきゃ)


 ここで、座り込んでいても状態が良くなることはない。このような化物が彷徨(うろつ)いているような所で、詩織(シオリ)が――大切な親友が、助けを待っているのだ。


 立ち上がり、ありったけの記憶の中を探す。双剣が駄目なら、槍でも槌でも、物理攻撃は通用しない。

 ならば、幽霊ゴーストには何が効くのか。


(……やっぱり、オーソドックスに)


 強く強く思い描くのは、清めるという点で思い付いた、身近な物であった。


「来いっ……!」


 両手を合わせて乾いた音を鳴らす。


「うらぁっ!!」


 そして、真琴は〈複製〉したものを回転しつつ思いっきり周囲に撒き散らした。白く、細かな粒子が真琴を中心に放射状に空を舞う。


「キシャァァ!!」


 細かな粒子に触れた幽霊ゴースト達の身体が揺らめき、呻くような奇声を上げる。苦しんでいる隙に、スルリと包囲網から抜け出す。

 塩化ナトリウム。又の名を、()。それを、真琴は〈複製〉したのだった。予想通りに効果は覿面てきめんである。


「よっしゃい!」


 しかし、どうやら追いえるほどの威力を持っている訳ではなかったようで。ガッツポーズをしていた真琴の方をへと、塩の攻撃を耐え凌いだ彼らの怒りの矛先が向く。その思いの丈を体現するかのように、カンテラの焔が一層強く燃え上がる。


(怒らせちゃった……っぽいな)


 地面に散らばった塩一粒一粒を〈念力〉で操作しうることは出来ない。対象をどのように動かすかという事を想定し思い浮かべることで〈念力〉は発動するからだ。尚且つ、物理的な攻撃は効かないときた。


(考えろ……考えろ私!)


 幽霊ゴースト達が、揃ってカンテラを宙に掲げる。青白い焔がぽつりぽつりと新たに宙に灯ると、まるで人魂のように真琴の周囲を回り始めた。不穏な、澱んだ空気が漂い始める。直感的に、逃げなければ、と思わされたが、足が動かなかった。


「くっ……金縛り!?」


 ボォウ、と焔が燃え上がった。背筋に怖気が走る。動かない足、見つからない攻撃手段。辛うじて上半身は動くが、だからと言ってどうこうできる訳じゃない。

 まさに、八方塞がり。


 その時だった。


 乾いた、破裂音が響くと。


 空気が、周囲の気温自体が下がったような。たぐいの違う寒さが、真琴を襲った。

 青白いほむらが、水晶の中に閉じ込められたようになって、ゴトリと地に落ちる。そこからは、冷気が発せられていた。


こおってる……?」


 恐る恐る触れてみると、冷たさが皮膚に刺さる。見間違いでもなんでもなく、焔を丸ごと氷漬けにしてあったのだった。

 不意に気配がして、(おもむろ)に背後を見遣ると、其処には一人の男。燕尾服えんびふくを着こなす、浮世離れしたような赤茶の髪の青年だった。


「……凍れ」


 感情の籠っていない、無機質な声が響くと同時に、彼がパチリと指を鳴らす。四体の幽霊ゴーストが、たちまち氷漬けとなる。


(此奴(コイツ)は……異能者だ)


 現時点での観察で、彼は現実では起こりえない現象を引き起こした。つまりは、真琴と同じような――今までに自身以外見たことがないので確信はないが――異能者だと思わされる。


 金縛りは解けたようで、足は元のように動くようになっていた。


 幽霊(ゴースト)を追い払ったからといって、味方とは限らない。どうしたものか、と相手の次の行動を待っていると、視線がかち合った。


 何の感情も読み取れない、端正な顔立ちだった。


 お互い、見極めるように黙り込む。数瞬、睨み合うかのように静止した後、静寂を破ったのは男の方だった。



マヨイゴ(・・・・)を見つけた。捕まえる」


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