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7.目的地

 二日酔いにはなっていないが、夜通し映画鑑賞をして寝不足のまま仕事に行くのは少しまずい。

 頭をすっきりさせる為にも、少し位寝ておいた方がいい。私はすぐさまベッドに入り1時間半ほど仮眠をとった。

 11時前にアラームの音で起こされる。少しでも眠れば、身体も脳も一応回復する。そのままシャワーを浴びて、簡単な朝食兼昼食を作った。


 「出かける準備をしておけって、いつも通りスーツでいっか」


 休日だけど一応仕事だし。専務からパーティーの同伴を頼まれることは、頻繁ではないが珍しくもない。過去3回ほど経験したが、そこまでフォーマルではない集まりだと、女性でも普通にスーツ姿の人はちらほらいた。まあ、少し華やかさがプラスされたスーツだったが。

 この間買った白いスーツはどうだろう。ラインはキレイだけど、人が大勢集まる場で白は勇気いるかしら。万が一誰かにぶつかった時、持っていた飲み物でもはねたらシミになってしまうし……

 よし、やめておこう。ただでさえ専務という目立つ人物の隣に立つんだもの。余計な注目を浴びれば、面倒が増える。私だって出来るなら目立ちたくない。派手な装いはやめて普通の仕事着を身につければいっか。


 普段会社に着て行く紺色のパンツスーツに白のキャミソールを合わせて、13時半には出かける支度を整えた。


 ◆ ◆ ◆


 約束どおり、きっかり14時に専務はうちのアパートに到着した。ジャケットを脱いだシャツ姿で車から降りてくる。彼位の立場になれば、普通は自分で運転しなさそうなものだけが、この人はどこに行くのも一人で行ってしまう。どうやら車の運転が好きなようだ。


 視界に入った私に気づいた彼は、一瞬でその凛々しい眉をひそめた。


 「やはりそう来たか」

 「何がです?」


 私の服装が、彼の予想通りの恰好だったらしい。

 挨拶する間もなく車の助手席に乗せられて、ついでのようにシートベルトまでしめられる。って、ちょっと、子供じゃないんだけど!

 ギョッとしたが、流れるような手際の良さに口を挟む隙もなかった。過保護すぎるわよ、この人。


 「行くぞ」と告げて発車した車が向かった先は、予定しているホテル……ではなくて。高級ブティックやサロンなどが並ぶショッピング街……って、は?


 「仕事の打ち合わせのために早めに迎えに来たんじゃないんですか!」

 「誰がそんな事を言った? 打ち合わせは特に必要ないだろう。今日出席するパーティーはそんな堅苦しい物じゃない。それに、俺の秘書は十分記憶力がいいから、事前に渡した出席者名簿をざっと確認するだけで問題ないはずだ。今日の君の役目は俺のサポートじゃないからな」

 「ええ、ちゃんと存じ上げておりますが。一番の目的は女性避けですよね?」


 モテる男は大変ね。

 呆れ気味な眼差しを向ければ、専務はその精悍な顔に笑みを載せて、ふと笑う。


 「そうだ。よくわかってるじゃないか。さすがにこの歳になると、そろそろうんざりしてくるからな」


 何がだ、女の視線がか。それ、モテない男性からしたら嫌味に聞こえますわよ? 誰が見ても魅力的でいい男だから言えることだろうが。


 「だからと言って、買い物に行く意味がわかりませんが」

 「君には十分着飾ってもらわなければ困る。周りが余計な気を起こす気力も失わせるほどの」


 ちょっと、ハードル上げないでよ!

 一目で同性を牽制(いかく)できるほどの美女になれって、なかなか無茶を仰る。だが、裏を返せば、私ならそうなれると思っての発言だろう。途端にどこかむず痒い気分になった。


 「……さすがに経費では落ちないかと」

 「経費で落とすつもりはないから安心しろ」

 「私の自腹ですか」

 「何言ってる。俺が出すに決まってるだろ。悪いとか思う必要はないから遠慮はするなよ。俺が君に着て欲しいのを選ぶんだから」


 逆にそれは不安になるんだけど。一体何を着せるつもりですか、専務。


 「あまり露出の激しいドレスを選んだら、今度からセクハラオヤジって呼びますからね」

 

 変な服を選ばれたら困る! というか、ちゃんと本人に選ばせてくれるのよね!?

 冷ややかに告げれば、専務は口角を吊り上げふっと笑った。


 「不特定多数の男に、誰がそんな姿を見せるか。それは俺の前だけでいい」

 「っ!? あ、あなたに見せる気もありませんよ!?」


 間髪容れずに反論すれば、専務は信号が青に変わったのを見届けて車を発車させる。視線は前を向けたまま、「そうか、それは残念だ」とさらりと返した。その言葉を聞いて、さらに脱力したくなる。


 もう、何なのこの人……。普通の会話だったはずなのに、どうして口説かれている気分になるの! 遠慮せず口説くと言ったのは、本気だったのかもしれない。専務に口説かれる所を想像しただけで心臓に悪い。寝不足な身体にこのドキドキは、ちょっと遠慮願いたいわよ。


 ようやく車を駐車させて、助手席から降りる。一歩踏み出すと、ふらりと一瞬よろけそうになった。だが、とっくに助手席側に回っていた専務が、私の肩を抱いて受け止めた。


 「す、いません」

 「いや? 大丈夫じゃないからこのまま行くぞ」


 は?


 「いえいえ、もう大丈夫ですから!」

 「なに、遠慮はするな」


 遠慮じゃねえー!

 抵抗虚しく、上機嫌な上司は半ば強引に私をブティックへ攫って行った。


 ◆ ◆ ◆


 そろそろ訊かれるかもしれないという予感はあった。告白をされてからずっと保留になっていた返事を。それを訊かれた時、私はなんて答えればいいのか、まだわからずにいる。


 「すみません、まだ誰とも恋愛する気はないんです」

 「それは諫早(あいつ)が忘れられないからか?」


 昨日の今日で一番疑問に思っていたであろうことを直球で訊ねられ、一瞬息を呑んだ。だがすぐに首を左右に振り、違うと否定した。


 「私、恋する気持ちがよくわからないんです。何が恋だったのか、もう思い出せない」

 「それなら俺と付き合って徐々に思い出せばいい」


 その自信に溢れた台詞に、私はくすりと微笑み返す。


 「随分と自信があるんですね? それなら、私を恋に落としてみます?」

 「ほう、俺を挑発する気か?」


 するりと私の肩を抱いていた腕が腰に巻きつき、向かい合わせで抱き合う形になる。不敵に微笑みあう姿は、まるで両者一歩も引かない肉食動物のようだ。漆黒の瞳を見つめたまま、私は両腕を軽く専務の首に巻いて、小首を傾げた。


 「試してみます?」

 「試させてほしいのか?」


 くすりと艶やかに笑う私の後頭部を引き寄せる。鋭い光を宿した目で、彼は私の心を撃ち抜くように強く見つめた。視線を逸らさずお互いの距離が徐々に近づき、そして――……




 「――って、ないわ!!」

 「? 何だ、それは駄目なのか?」


 冷静に訊ね返された声を聞いて、はっと覚醒した。試着室の扉から出てきた私を見つめる専務と、手伝いをしてくれていたスタッフは、数着のドレスから視線を外して私を見つめてくる。


 「いえ、ちょっと、スリップが大胆で派手かと……」


 現在試着しているセクシー系なドレスに目線を落として、控えめに告げた。太ももの半ばまで大胆に入っているスリットを手で押されば、じっと見つめてきた専務は一つ頷いた。 

 

 「確かに。見ている分には楽しいが、他の男を楽しませる必要はない。別のにしよう」

 「はい、かしこまりました」


 本人を置いて、再びあれやこれや違うドレス見繕い始めた二人を眺め、思わずため息が零れた。


 いかん、どうやら白昼夢を見ていたらしい。

 専務から告白の返事を訊かれたらどうしよう……と、無意識に考えていたからだろうか。言われるがまま試着を繰り返して、着せ替え人形に徹していた為、目を開けたまま現実逃避のように、頭は脳内トリップしていた。


 まったく、何ていうシーンを妄想したんだ……。あのまま行けば、確実にアダルトな雰囲気に! 食うか食われるかのギリギリ感なんて、私は望んじゃいない。経験値は明らかに向こうの方が上だ。捕まれば最後、がぶりと致命傷を与えられ、頭から食べられてしまいそう……


 ぶるり、と背筋が震えた。あの色気にこれ以上あてられるのは危険かもしれない!

 

 まだ何て返事を返すべきかわからないし、今すぐは無理だけど。慎重に言葉を選んで、くれぐれも相手を挑発するような真似だけはダメだ。自分を追い詰める事になる。

 

 少し離れた場所にいた専務が戻り、私に新たなドレスを押し付けた。

 ああ、まだ着替えるんですね……。

 私はそっと、再び扉を閉めた。









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