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6.嵐の翌日

本編再開します。

 「……結局一睡も、できなかった……」

 

 鏡で充血しまくった目を確認して、がっくりと首をうなだれる。洗面台のカウンターに手をついたまま乾いた笑みを浮かべる自分は、現実逃避に失敗した女の姿だ。

 

 ああ、カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい……。清々しいほど爽やかでいい天気になりそうなのに、思わず目を細めてため息を吐きたくなるのは、まだ気持ちの整理が追いついていないからだろう。


 昨晩の騒動から一夜明けた土曜日の朝。無理やり押し付けられたDVDが積み重なるコーヒーテーブルに目を向けると、頼んでもいないのに昨日の記憶が自動再生される。最後に見ていたDVDのケースを一つ手に取り、私は今度こそ重いため息を吐いた。


 ◆ ◆ ◆


 一人で帰ると主張する私に、あの二人はなかなか頷かなかった。仕方がなく「わかりました。それでは駅までお願いします」と言って、渋々納得してもらうまで、余計な体力と気力が消耗された。

 友人(ゆかり)の家に行くのに、専務の車で送られたら、後で何を言われるかわからない。「一人暮らしをしている女性の住所を、許可なく教えるわけにはいきません」とでも言えば、苦い顔で専務はため息を吐いたが。


 ほとんど逃げるように電車に乗り込み、当然アポなしでゆかりのアパートまで押しかけた。金曜日だから外にいるかも、いやもしかしなくても彼氏が来てるかも、なんて遠慮はどっかに捨てておく。だって、そんな事気にしてられる余裕はないのよ! あんた何黙って勝手な事してたのさ!?


 ピンポン、ピンポン!


 彼女の家を訪問する人間で、2回連続で早押しするのは私くらいだろう。せっかちな性格が表れているとでも思ってくれていい。


 「うるさいわよ、蘭子」


 ガチャリと扉を開けたと同時に「てめー2重スパイかこのヤロー!!」と叫んだら、バタンと扉が閉められそうになった。って、ちょっと!?


 「待って、ちょっと待って! 言いたい事もあるけど訊きたい事が多いの!!」

 

 閉まる寸前でドアノブを力いっぱい引っ張れば、めんどくさそうなため息と共にゆかりがドアを開ける。


 「近所迷惑だからとりあえず入って。あと、手短にね」

 

 とか言いながらお茶を用意してくれる所は優しい。口調は淡々としている為、クールでドライに見えるんだけども。

 女性向けのアパートの角部屋は、私の部屋と似た造りになっている。ワンルームだけど、ゆかりは物をほとんど置かないから広々して見える。何事もシンプルで機能性を重要視する彼女らしい部屋だ。

 勝手知ったる我が家の顔でいつも座るソファに腰を落とし、手触りのいいクッションを抱きしめる。普段はめったに出さないカモミールのハーブティーを淹れてくれるあたり、付き合いの長さを感じた。どうやら私がそうとう動揺していると思ったのだろう。(事実だが。)


 「で、どうしたの」


 どうしてここに来たのか説明しろと促してくるゆかりに、とりあえず先ほどコンビニで買って来たスルメなどのおつまみ&缶ビールを手渡した。


 「お茶飲み終わったら、ヤケ酒に付き合って」

 「は?」

 「今夜は飲みたい気分なの。飲まずにはいられない気分なの! むしろ酒の力でも借りないと、今にも叫び出しそうな気分なのーー!!」

 「もう叫んでるじゃない」

 

 んなツッコミは受け付けておりません。


 まあ、いい。一度上昇し始めているテンションを落ち着かせようと、ほどよい熱さのカモミールティーを一口飲む。優しい匂いと味に、何だか少しだけ気分が和らいだ。

 一呼吸し、じっと見つめてくるゆかりに先ほどの出来事を話そうとしたら。観察眼の鋭い友人の方から口火を切った。


 「で? 諫早君がやっと謝りでもしたの」

 「っ!? ……な、何で知って!?」

 「社内で噂になってたもの。『諫早爽の誘いについに久住蘭子が頷いたらしいぞ!』って。ご飯食べに行く約束だけで噂になるって、あんた達相当面倒くさいわね。芸能人じゃあるまいし」

 

 おーのーれ~諫早ぁああ~……余計な注目を浴びさせやがって! あんたが懲りずに人を誘ってくるから、些細な事まで噂になるんじゃないのよ!! その噂を耳にしてピリピリしていた上司まで海外出張から帰ってくるんだから、少しは周囲を考えた行動を心掛けてほしい。


 「聞いたわよ、賭けの事」


 胡乱な眼差しでベッドに腰掛ける親友を見れば、彼女はメガネの奥で一度だけ瞬きをし、一言「あ、そう」と言った。


 「口止めはしなかったから、諫早君からいつか言うかもしれないとは思ったけど。結構早かったわね。接点できてからまだ1ヶ月ちょっとじゃない?」

 「ああ、そう考えればそう……って、そうじゃないわよ! 何、人のあずかり知らぬ所で暗躍しちゃってんのよ! 寝耳に水すぎて何が何だかわからないし、奴から謝罪をされたかと思えば何故か告白めいた事もされたし、専務は韓国から帰ってきちゃうし、空気悪くて三つ巴状態の強制三角関係って、何だこれ。一体何が起こってるの!?」

 「私に訊かれてもわかるわけないでしょ。当事者じゃないんだから」


 冷静に返された!

 でも、その目が少し笑っている。今の説明だけで大方の状況は把握できたらしい。


 「へえ、悲願達成じゃない。諫早君が蘭子を好きだって告白したのならよかったわね。後は盛大に振ればいいんだから、がんばんなさいよ」

 「事はそんな簡単じゃねぇ……」


 ぶるりと背筋が震えて、残っていたお茶を一気飲みした。ヤバい、今思い出しても寒気がする。私、よく考えなくても、ものすっごく面倒で手を出しちゃいけない人種に手を出して、咬みつかれそうになっているんじゃ!?


 「触らぬ諫早に祟りなし……触らなきゃ良かったのか。いや、でもそれじゃ復讐が、私の気持ちがっ……」

 「何ぶつぶつ言ってんのかわかんないけど、まあ勝手にいろいろ動いていた事は謝るわ。ごめんね。でも、私も結構ムカついてたのよ、あの男に。あんたよりももっと近くで見ていたから。基本、どうでもいい人間には私も興味ないんだけど、あの男が一度プライドをへし折られる所が見たくなって」

 ――まあ、当人に告白したのは想定外だったけど。


 ずず、とお茶を飲みながら小さく呟いたゆかりの声は、私には届かなかったけど。双方お茶を飲み干した頃に、ビニール袋に入ったままのビールを取り出す。


 「さあ、一晩中飲み明かすわよ! 今夜は泊めてね」

 

 気持ちを切り替えて、もう一つの案件……専務の相談に乗ってもらおうとすれば。ゆかりは無情にも、「先約があるから無理よ」と断った。


 「そろそろ遊馬(ゆうま)が来るから、あんたは大人しく帰って」

 「は、あああ!? 困ってる親友よりも男か!」

 「先約があるのに、アポなしでやって来た非常識に言われたくないわよ。それに叫ぶ気力があれば元気な証拠。こっちだって1ヶ月ぶりに会えるんだから、親友なら私の幸せも考えなさいよね。話ならまた電話でもゆっくり聞くから」

 「一人で飲んでたって落ち着けないーー!!」


 そう喚く私に、ゆかりは数枚のDVDを手渡した。全部名作のラブロマンス物……って、何これ?


 「それでも観ながら恋愛について考えてみれば? 恋愛映画を観れば、脳も恋愛モードにスイッチできるかもよ。何やら楽しい展開になってるようで私としても根掘り葉掘り聞きたい所だけど。時間ないから、涙を呑んで待て次回」

 「わけわかんないわよ!」


 バッグとコンビニで買ったビール類を持たされて、玄関に追いやられる。ちょっと、本当に私はあんたの親友なんだよね? と問いかけたくなる雑な扱いだ。

 が、親友が恋人と過ごす時間を邪魔するのは気が進まない。金曜日の夜だものね、そりゃ会えるなら会いたいわ。一ヶ月ぶりだって言ってたし。


 玄関扉を開けると、噂の人物がまさにドアベルを鳴らす所だったらしい。びっくりしてお互い固まる。スーツ姿のゆかりの恋人、遊馬は、ゆかりの高校時代の一個先輩だ。特別かっこいいというわけではないが、大らかで、何ていうか包容力があるタイプというか。一緒にいて落ち着ける人だと以前彼女は言っていた。

 

 「あれ、来てたの? 蘭ちゃん」

 「うん、今から帰るけど。じゃあ、お邪魔しました」

 「気を付けてね」


 そう言って手を振る親友に、「リア充なんて爆発しちゃえばいいわ!」とお決まりの言葉を投げつけてやった。

 

 「人間そう簡単に爆発なんてしないわよ。あんたも傍から見れば十分リア充とやらなんじゃないの?」

 「どこがよー!」


 話についていけていない遊馬は笑顔のまま、頭に疑問符を浮かべている。二人の空気にあてられないうちに、邪魔者はさっさと退散するとしよう。

 最後にお礼を告げて、私は駅に逆戻りした。 


 「蘭ちゃんって黙っていれば美人だけど、たまに暴走して面白いよね」

 「そこがあの子の楽しい所よ。本人気づいていないけどね」


 ――玄関扉を閉めた後の二人の会話は、当然私の耳に届く事はなかった。

 

 ◆ ◆ ◆


 そして現在、土曜日の朝8時。苦いコーヒーを飲んで一息ついた頃、一度ベッドに入ろうか思案する。

 夜通しでゆかりから借りた映画を観続けてしまった……。だって、ベッドに入ったって眠気が来るか怪しかったんだもの! それに、寝ようと目を閉じれば、あの二人に言われた台詞がぐるぐる頭の中で渦巻いて、とてもじゃないけど落ち着けない。心臓が、動悸が! 全く、何て身体に悪いんだ。寿命が縮まったらどうしてくれる。


 「夜更かし、いや、徹夜なんてお肌の大敵なのに~……。ビールはカロリー考えて1本でおさえたけれど!」


 糖質、高いわよねぇ。糖質カットの酒を選べばよかったわ……。動揺しててすっかり忘れてた。


 まあ、今日は土曜日で休日だし、救いは月曜日まで専務と諫早に会わない事。とりあえず今日はゆっくり過ごして、明日はちゃんと掃除と買い物に出かければいいわ。


 なんて計画を練って、ようやく睡魔がやって来た午前9時。突然スマホが鳴った。メールの差出人は、私を動揺させた一人の専務。件名と本文を見て、思わず「げっ!」とうめき声が漏れる。


 『忘れていないとは思うが、今夜のパーティーには君も連れて行く。14時に自宅まで迎えに行くから、それまでに出かける準備をしておくように。以上』


 「……ああ、仕事入ってたの、忘れてた……」


 専務が呼ばれているパーティーの同伴を務めるように言われていたのを、すっかり忘れていたわ! むしろ忘れていたかったんだけど!!


 「昨日の今日で、一体どの顔晒して会えばいいと!?」


 しかも14時に迎えって、パーティー始まるの18時からでしょうよ! その4時間何をするつもりだよ! いや、考えなくても、大体わかるけど……


 土日は会わなくても大丈夫だから、少しはゆっくり頭を整理できる――。どうやらそれは、甘い考えだったらしい。


 運命を司る女神に、「一体何の罰ゲームだよ!」と言わずにはいられなかった。


 

  




 

 





……ごめんね。(←

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