表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

10.理由

 拍手喝采のスピーチが終わり、パーティーでの催し物は大方片付いた。軽いな、チャライな、なんて思っていた愛沢さんは、不思議と人を惹きつける魅力を持っており、一種のカリスマ性を見せた。会場内の視線を浴びても動じないのは、公に出る事に慣れているからだろう。

 話の内容もだけど、話術の才にも恵まれているとか、彼はなかなか引き出しが多い。今まであまり知らなかったけど、これからの活躍が気になってしまう、そんな魅力に溢れた人だった。


 パーティーがお開きモードになるにつれて、会場内の人も減ってくる。時計を確認すれば、そろそろ22時か……。隣の専務も必要な挨拶は終わっているようだし、私達も帰っていい頃合いなんじゃ?

 ふと会場内を見渡すと、ところどころで写真を撮ってもらっている人達を見かけた。あのタレントは確かブロガーとしても人気だっけ。愛沢さんと数名の美女達も一緒だから、少し目立っている。


 「ちょっとしたイベントみたいですね。撮影会がいたるところで行われているなんて」

 「ああ、そうだな。うっかり写らないように、俺達も外に出るか」


 その提案に、私は頷き返した。

 正直言って、モデルや女優、俳優の世界に、憧れはあまりない。愛沢さんをまじえて行われている写真撮影会を見ながら思うのは、羨ましいというより、芸能界はいろいろと大変な世界ね、くらいだ。サインをもらったり写真をお願いしたいと思えるような特別な誰かのファンに、そういえば私はなったこともなかった。

 もしかして、諫早(あいつ)が常にモデル風の派手カワな女の子を連れていたのが、余計興味を失わせた原因かしら……。思春期の多感な年頃に、大多数の女の子があこがれる世界と近しい女の子を見ていたら、可愛いとはしゃぐよりも「負けてられるか!」と対抗意識を燃やしそうだし。無意識に興味の対象から外していたのかもしれない。


 専務の後ろを歩いていたら、なぜか現在ホテルの会場内から繋がる中庭に来ている。そこは季節の花で彩られた庭園で、昼間に来た方が癒し効果は高い。少し歩くと東屋が見え、ベンチなども丁度よく配置されている。

 日が暮れた夜に来ると、どことなく幻想的な雰囲気が漂っているようだ。外灯の光もなぜかロマンティックに感じられる。ひやりとした風が頬をなでて、咄嗟にショールを持つ手に力をこめた。


 「少し酔いを醒ましておくのもいいだろう」


 確かに、人の輪の中にずっといた為、静かなところで休みたいかも。専務が酔ったところは見たことがないが、多分酔ってても顔には出さない人なんだと思う。私が把握しているだけで、先ほど飲んだのはワインをグラスで4杯……確かこの人ならボトル2本は余裕で空けられるし、大丈夫か。

 ゆったり歩く専務が立ち止まり、私を振り返る。


 「さすがに疲れたか?」

 「いえ……、」


 否定したと同時にすっと専務の目が細められ、「俺の前では本音を言え」と実に横暴な台詞が返ってきた。小さく嘆息した私は、素直に頷く。


 「はい、疲れました。人ごみはあまり好きではありませんので」


 寝不足もあるし、お酒も一応飲んでいる。アルコールには強い方だから、シャンパンとワインをグラスで1杯ずつなんて大した量ではないが。

 ふっと微笑んだ専務が、私の本音を満足そうに聞いて頷いた。


 「酒が入ってるからいつもより素直だな。俺も人ごみは苦手だ。ついでに言えば、パーティーなんてのも好きじゃない」


 ――仕事や付き合いで断れないから行くだけだと呟いた彼は、疲れたように嘆息した。

 なるほど、確かに専務はどちらかと言えば静かな場所を好む。社交の場は、愛沢さんの方が積極的に参加しそうに見える。専務は彼のようなタイプではない。

 それでも最低限人当りのいい笑みで会話に混じる位は、社交性もあるが。社内を歩く彼は無表情に近いけど。


 無言で着いて来る私を訝しんだ専務は、すっと私の手を掴んで近くのベンチまで歩き出した。疲れていると言ったから、労わっているのだろうか。こっちはいきなり手を握られてドギマギしてしまったが。


 そっと腰を掛けるよう促されて、とりあえず座っておく。私の隣に座った彼は、ソファにでも座っているかのように足を組んで、寛いで見えた。

 流れる沈黙は、何故か居心地の悪いものではない。星空を見上げて、夜風にあたると心が少しずつ凪いでいく気がする。会場内の喧騒が嘘のように、中庭はとても静かだ。他に人の気配も感じられない事から、次第に睡魔が襲ってくる。

 って、それはまずい。ここで眠りこけるなんてとんだ酔っ払いじゃないの。しかも確実に迷惑をかける羽目になるのは、専務だ。

 気合いを入れ直して背筋を伸ばした。会話がないから眠気がひどくなるのなら、何か喋っていれば頭も活性化されるだろう。


 何か話のネタを――と考えていた矢先に、専務が口を開いた。


 「昨夜は聞けなかったから、そろそろ聞かせてもらえないか。昨日の君と彼の関係を」

 「っ……!」


 こ、ここで本題を持ってくるかーー!?

 いつかは訊かれるかも、と確かに身構えてはいた。でも、昼間訊かれずにいたから安心していたのに、まさか最後に爆弾を落とすなんて。油断していた私は、一瞬で頭が覚醒した。咄嗟に息を呑んで、隣に座る専務を見つめる。


 真っ直ぐに見つめ返してきた専務は、一言「すまない」と言った。


 「今訊く話題じゃなかったとも思うが、どうしても気になってしまい落ち着けない。時間を置けば、君はのらりくらりとかわして逃げるだろう?」


 ……否定はできないわね。

 一応1年間見られていただけの事はある。この調子で私の性格も全部把握されていたらどうしよう。一応外面しか見せていなかったはずだけど。


 「専務がそんなにせっかちな男性だったとは思いませんでした」

 「悪いが俺はもとからせっかちだ。気になっている事の答えはすぐに欲しい。君が保留にしている告白の答えも、な」


 すっと目を細められて、専務の指が私の頬に触れた。輪郭を確かめられるように優しく撫でられるだけで、羞恥と戸惑いが湧きあがる。絡めとられるような力強い視線に、内心たじろいだ。視線を逸らしたい衝動に駆られるのに、彼の目がそれを許可してくれない。

 既に悟られている動揺を何とか最小限にとどめるべく、そっと息を吐く。


 「専務は何故、私に告白を? 一体私のどこが気に入ったんですか」


 あんな風に告白されるまで、この人の気持ちには気づいていなかった。少し過保護だとは思ったが、彼なりの社員を想う優しさなんだろうと。夜の遅い帰宅に難色を示すのは、部下を想う上司の気持ちなんだと思い、特に他の理由を考えた事はなかった。


 外見? 仕事の処理能力? あまりプライベートな一面を見せた事がないのに、どこに惹かれる要素があったのかわからない。趣味の話や、休日の過ごし方もこの人に語った記憶だってないのに。


 数秒思案した専務は、「きっかけは何だったか」と自分の記憶を蘇えらせる。


 「最終面接の後、面接に携わった役員から数名面白いのがいると聞いた。その中の一人を聞けば、履歴書の資格欄がびっしり埋められていたと言う。TOEICはほぼ満点、中国語検定の級もあり、アラビア語を勉強中。秘書検定は準一級、情報セキュリティに実用マナー検定なんてのもあったな。仕事関係が主かと思ったが、ファッションコーディネートの色彩能力や、きもの文化検定に、あとは留学中にバーテンダーと、よくもまあ若いうちにこれだけ取りまくったものだと感心した」

 「……学生時代は資格マニアでしたから」


 暇さえあれば勉強していた気がする。興味のあるやつはかたっぱしから手を出して。かなり節操がなかったような……


 「研修期間中、君の噂はどこにいても聞こえて来た。正直どの部署に回すかかなり揉めたんだぞ。海外事業部の部長が是非君を育てたいと言えば、男性社員が多いところじゃ揉めると他所の部が口を出して纏まらず、そこで俺が名乗りを上げた」

 

 初めて聞かされる話に、思わず目を瞠った。

 え、私そんな面倒な揉め事を引き起こしていたの? 確かにあの部長さんにはいろいろと話しかけられた気はするけれど。

 でも、それなら収集がつかないから専務が私を引き取ったって事? 秘書課に勤務するように。

 その考えが顔に出ていたのだろう。専務はすぐに首を振った。


 「人手不足だったのは本当だ。君に興味があったのも。だが、まあ、あの頃はまだ気になる人材というだけだったが。実際会った時、噂以上に君に惹きつけられた」

 「見た目が好みだったということですか」


 感情を抑えた冷やかな声が出ていたと思う。だけど、専務は気分を害した事なく、ただ小さくふっと笑った。


 「自慢じゃないが、美人には見慣れている」

 「……そうですよね」


 短時間であんだけの美女が群がっていたのだ。見慣れるでしょうよ。


 「だがどちらかと言えば、あまり自分に自信のあるプライドの高いタイプというのは苦手な方だな。先ほど話しかけてきた彼女達みたいな女性は、美しいが恋人にしたいとは思えない」

 「それは、意外ですね」

 「人工的な匂いを纏う女性は好きじゃないという理由もある」


 そういえば香水の匂いが嫌いだって以前言ってたわね。私も極力つけないようにしている。


 なら、何故私を? 

 明確な理由にたどり着けず、当初の質問に戻ってしまった。ただ資格マニアで面白そうだったから?

 だが、興味を惹いてしまった内容は、予想外なものだった。


 「煮干しって……私、食べてるの見られてたんですか」

 「予定していた会議が中止になって秘書課に行った時だったか。休憩中の君が煮干しを食べながら一心不乱にノートに書き込んでいるのを見た時、普段は見せないギャップを見てつい笑いが止まらなくなった。見るからに高級菓子にしか目を向けなさそうなイメージが崩れたな」

 「カルシウム不足を自覚しておりますので……」


 いたたまれなくなり、つい視線を逸らす。

 昔から、諫早への復讐を企てながらよく煮干しを食べていた。まあ、入社当時は仕事のメモを整理する事で精一杯だったから、会社で諫早の事を考える暇はあまりなかったが。

 イライラするのはカルシウムが不足しているから、と昔言われた事を思い出し、おやつ感覚で一日分の摂取量を摂っていたのが、まさか見られていたとは……


 「見た目と中身のギャップがある子だとすぐに気づいた。普段は冷静沈着に振る舞っているが、中身は反対なんじゃないかと。常に全力で疾走する君を見ているのは楽しい。君ががむしゃらに前だけを見て突き進むその先が、気になった」

 

 昔を思い出して笑っていた専務が、ふいに笑みを消して私の目を覗き込む。その真剣な眼差しに、息を呑んでしまった。


 「何を見ている? 何が映っている? その瞳には俺の姿も入っているのか。自分の気持ちに気付いたら最後、もう後戻りは出来ない」

 「専、務……」

 「迅だ」


 掠れた声で名前を呼ぶように言われれば、抗う事なんてできなくて。漂ってくる色香にあてられてしまう。

 小さく呟くように「迅、さん」と呼べば、専務は満足そうに頬を緩める。

 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 

 視線を彷徨わせる事も出来ないほど彼の眼差しに囚われていると、専務は最初に尋ねた質問を再度投げた。


 「君が憎んでいると言ったあの彼が、君の心を占領し突っ走る原因なのか?」と。

 

 

 

 


 













誤字脱字訂正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ