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1.プロローグ

 小学校の卒業式。私は初恋の人に勇気を出して告白した。


 クラスで一番の人気者ならよくいるけれど、彼は学年一に留まらず、全校生徒の憧れの男の子だった。成績は優秀、スポーツも万能。若干色素の薄い髪と瞳は彼を柔和な王子様に見せていた。

 母方の祖母がイギリス人だとかで、クオーターの彼はとても見目が麗しい。四分の一紳士の国の血が混ざっている所為か、彼は誰にでも紳士的で、どこにいても目立つ存在だ。特に女子生徒から絶大な人気を誇っていた。男子にも同じくらい人気が高く、彼の周りにはいつも人が絶えない。引っ込み思案で、どちらかと言えば地味で目立たない存在だった私は、教室の隅でいつも輪の中心にいる彼と彼を囲うクラスメイトを、羨ましげに眺めているだけだった。


 同じクラスになった4年生の時から、他の子同様、彼は私の憧れの存在になった。それがいつしか恋になり、彼を見るだけでどうしようもなく心が弾むほど好きになった。

 中学から、私は父親の転勤で他県に引っ越すことになる。もうすぐ会えなくなる前に、どうしても彼に気持ちを伝えたい。別にこの恋が叶うなんて思っていない。彼は今までたくさんの可愛い女の子から告白されてきたんだ。それこそ、他校の子からも待ち伏せされるほど。

 だけど、一言でいい。『あなたが好きです』と伝えたい。

 きっと他の勇気ある女の子と同じように、彼は申し訳なさそうに微笑んで『ごめんね、でもありがとう』と言ってくれるだろう。それだけで私も自分の初恋とはおさらばできるはずだ。

 気持ちに区切りをつけられて、新しい生活を迎える一歩を踏み出せる。


 そう信じて、卒業式が終わった後。手紙で彼を呼び出して勇気を振り絞る私に、彼はこう言った。


 『君、誰だっけ? 悪いけど、俺ブスは嫌いなんだよね』


 王子様のような仮面を貼り付けたまま、呆然と立ち尽くす私を残して彼はその場から去った。受け取ってすらもらえなかったラブレターが、足元にひらりと落ちた。

 春風が木枯らしのように感じ、頬に冷たい風を浴びせられた後。ようやく自分の気持ちすら届けられなかった現実を知った。


 その後ショックから3日間高熱で寝込んで、起きた私はもう今までの私ではなかった。

 無残に砕け散った自分の淡い恋心に謝罪をし、生まれ変わる決意をする。熱が下がったその日の朝。爽やかな朝とは言い難いどす黒い感情が、お腹の底から沸々と込みあがってきたのを今でも鮮明に思い出せる。


 『……信じられない。3年間同じクラスだったクラスメイトの名前すら覚えていない男を好きだったなんて。あの笑顔が作り物だった事すら気づかないほど、私の目は節穴だったんだわ……。ふふふ、絶対に許さない……。私を振ったこと、後悔させてやるっ」


 一体誰が”優しくてかっこいい王子様”だったのだろうか。実際は王子の仮面を被ったただの最低男じゃん!

 人の恋心を『ブス』と言って踏みにじりやがって……。乙女の純情を汚した罪を償わせてやるわっ!


 『ええ、そうよ。とびっきりの美人になって、私をメロメロに惚れさせた挙句、盛大に振ってやる……。覚悟してなさい、諫早(いさはや)(そう)!!』


 ――久住(くずみ)蘭子(らんこ)、12歳。この日、私の人生の目標が決まった。


 ◆ ◆ ◆


 「……まったく、あんたの部屋は本当、いつ来ても居心地が悪いわね……」


 そんな失礼なことをのたまう幼馴染に、苦い美容茶を出す。途端に彼女の顔が引きつったが、私はさらりと無視させてもらった。最初はくそまずいけどね、慣れれば飲めるようになるわよ。

 大学から上京し、一人暮らしを初めて早5年。すっかり美容マニアになった私の部屋は、確かに一見若い女性が住んでいるようには見えない。所狭しに置かれた美容と健康器具の数々に、幼馴染の友人は呆れた眼差しを送る。

 彼女――常盤(ときわ)ゆかりは、私の小学校時代からの親友で長い付き合いだ。他県に引っ越した後も、喜ばしい事に付き合いは続いている。そして彼女は実に心優しく、失恋した私を慰めてくれた。しかもとても協力的で、私の為に優秀な情報源となった。(←半分以上は趣味のようだが。)ターゲットは当然、私の復讐相手について。


 「しっかしまあ、よくも10年以上も続くわよね~あんた。その執着心はいっそ尊敬するわ」

 「いい加減あんな奴なんて忘れてしまおうと思った頃に、毎回写真付の近況情報を送ってきたのはゆかりじゃない」


 引っ越す前に、あの男がどんな学校生活を送っているのか、たまに教えて欲しいとお願いしたのはこっちだが。幸か不幸か、彼女は中学・高校・大学・そして就職先まで奴と一緒という、私にしてみたら嬉しくない腐れ縁を築いている。ちなみに情報収集に優秀な親友は、勉強面でも秀でていた。


 あの日、生まれ変わる決意をした私は、あの男に復讐してやる! という決意のもと、周囲が驚くほど大変貌を遂げた。

 色白ぽっちゃりだったが運動に励み、眼鏡はコンタクトに、癖のある髪は試行錯誤の末今では天然パーマを生かした巻髪へ。容姿だけを磨いても奴には勝てないので、勉強だってがんばった。中学・高校の全国模試で常に30番以内に入るほど。教養も深めて、習い事にも節操がないくらい手を出した。大学では一年間の交換留学を経て、語学力もUP。今ではビジネス会話なら、4カ国語はいける。

 資格マニアか! と言われる位資格だって取りまくり、留学の関係で1年卒業をずらした私は、大手商社に見事就職が決まった。しかもこの会社は、私の長年の宿敵であり復讐相手の、あの諫早爽(&親友)が勤めている。

 けっ、嫌味な位エリート街道まっしぐらですねぇえ!

 有名国立大学を卒業後、噂では内定をいくつももぎ取り、その中から一番条件がいい企業を選んだらしい。確か奴の父親はそこそこ有名な会社の重役だった気がする。同族経営をしている会社を蹴り、この会社に入った理由は経験値を磨くため――とかだろう。はっ!


 そして親友(ゆかり)から奴の就職先を聞いた私は、当然の如くこの企業に挑んだ。ライバル企業に就職……という手も考えたけど、それだといつまでたっても私の復讐が成し遂げられない。接点がなさすぎるから。

 だが、同じ職場ならば、多少なりとも近づく事は出来るだろう。


 鏡に映る私が不敵に微笑む。

 ようやく来たわ、この時が! 昔の面影なんてとうに消え去った今なら、イケる。

 今では10人中8人が「綺麗」と私を褒めてくれるほど、見た目は美しくなった。自他共に認める美容オタクになり、肌のトラブルとは無縁。元々色白だったから、日焼けは徹底的に避けた。シミ一つ、くすみもない美肌は、同性から羨ましがられるほどの私のアピールポイントよ。

 睫毛エクステなしでもバサバサの睫毛は、母親譲り。アーモンド形の目はきつくなり過ぎない印象だ。丸顔だった顔は肉も落ちて、今ではすっきり卵型。小顔&リンパマッサージは12歳から毎日続けている。

 見た目だけに気を配って中身のない女にはなりたくない。教養も深め、知識だってふんだんに蓄えた。

 モテ街道まっしぐらだった奴の交際遍歴を聞くところ、あの男は見た目が若干派手な、自信あります系女子とよく付き合っていたようだ。ファッション雑誌に出てくるような流行を追っている感じの女子と。私もその路線でいくかと思ったが、親友が却下を下した。むしろ反対の知的美女で行け、と。


 だが奴の傾向から、ロングヘアが好きだと発覚。その為背中の真ん中まで髪を伸ばした。重くなり過ぎない黒髪を軽く巻いて、品のいいルージュを唇に引き、パンツスーツを身に纏う。小学生だった頃は低い順から数えた方が早いほど小柄だったが、今では身長170㎝弱まで成長した。ジョギングやダンスで適度に鍛えた美脚は、社内では封印。ちなみにこの会社、制服は支給されない。


 「ふふ、ふふふ。覚悟してなさぁ~い、諫早爽。骨抜きになるまで惚れさせて、盛大に振ってやるわ!」


 不穏な台詞を声高に吐く私に、親友がポツリとつぶやく。


 「まずはあいつと再会する所から、でしょ。もうすぐ研修期間も終わるんだし。女子社員(ハイエナ)どもに持って行かれる前に、何とかしなさいよね」

 「当然! でも売買済みにはまだなってないから大丈夫よ。付き合っている彼女もなし」


 入社2年目で営業部のホープとまで呼ばれる位ムカつくほど優秀なあの男に近づくには、やはり私も営業部に配属されねば!

 復讐の神様仏様、どうか希望通りの部署に行けますように!!


 食べたカロリー分をステッパーで消費しながら、私は手を組んでとりあえず祈りを捧げてみた。



 

 

 








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